長兄の婚約者
「ごきげんよう、フィーネ」
目の前でポニーテールにした真っ直ぐな美しい銀色の髪がふわりと揺れる。紫色の瞳は爛々と輝き、宝石のようだ。
その後ろでアルお兄様が頭痛がする、というように頭を抑えていた。
「ごきげんよう。アナスタシア様」
「わたくしの妹になるのですもの!ナーシャと呼んでくださっても構いませんわよ」
そう胸を張るアナスタシア様は大層可愛らしかった。
お兄様は結局、アナスタシア様と婚約した。
どうしてもアルお兄様と結婚したくなってしまったアナスタシア様はお父様とお母様、アルお兄様に自分を迎え入れることによってどんな利点があるかを資料まで作って説明したらしい。
割とすんなりと婚約は整った。資料作ってまでプレゼンテーションする令嬢は流石に初めてだったとお兄様は笑っていた。
「こちらにはアルお兄様に会いにいらしたのですか?」
「そうよ。わたくしがアルヴィンに愛されていると知らしめて、寄ってくる者たちを牽制しなくてはいけませんしね」
「アナスタシア様との婚約ですのに横槍が入るのですか?」
少し驚いてそう問うと、「この国ってば愚かな女が多いのね!」と笑っていた。
笑い事じゃないぞとアルお兄様を見ると、「特に興味もないが」とげんなりしていた。
「わたくしには他の女狐と比べ物にならないくらいの興味をお持ちくださいませ!」
「持っているさ。でなければ婚約に頷いたりはしない」
これはこれで良い関係を築いていけそう……かもしれない。攻略対象と攻略対象の妹が婚約を結ぶってそんなことあるんだなぁ。まぁ、今の私もそんな感じですけれど。
「まぁ、わたくしほどの人間が容易く蹴落とされるなんて有り得ませんけどね」
ふふんと自慢げな顔をするアナスタシア様は冷たいように見える顔立ちではあるのに愛らしさを感じる。
ふと、アルお兄様に会いにきたのなら私のところになぜきたのかしら、と疑問に思う。すると、彼女は楽しそうに微笑んだ。
「ほら、先日の事件で危ないからと寮ではなくタウンハウスや自宅から通う事をお勧めされていましたでしょう?わたくしとお兄様ってば王宮に呼ばれたのですけれどね、まぁなんとすり寄ってくるお馬鹿さんが多い事か。わたくしにも兄にも婚約者ができましたのに適切な距離を保つことができない方がおられるのですわ」
「それで、ナーシャが私の婚約者になった事を理由に公爵家にと招いたのだ。王宮の掃除はそれなりにしているのだが、それでもそういう者はいるのでな」
「というわけで、離れにわたくしとお兄様は滞在しておりますわ!」
アルお兄様の腕を掴んで、楽しそうに「お茶会などありましたら呼んでくださいませ!アル、行きますわよ!!」と嵐のように去っていったアナスタシア様。
義兄と義姉がセレスティアの貴い身分の方なので争いになった時なんかが怖いな。
お父様が私たちが不幸になるような繋がりは基本的に許さないだろうけれど。
「フィーネお嬢様、王宮から招待状が届いておりますがいかがいたしましょう?」
「体調不良で断れないようなものですの?」
「妃殿下からでございます」
はちゃめちゃに怖いところからじゃないの。というか、相手が相手だけに出ざるを得ないな。
「お返事を書きますわ」
使う便箋とインクを指定して、溜息を吐いた。
何言われるのかっていう恐怖しかないわ。