震えながら駆け出して
公爵令嬢を王命で危険地帯に追い出す王様って何なの?
怖いよーと泣きつきたいけど、まぁ仕方ないんだよね。王族の命関わってるからね。でも後でお父様に絞られろって思っちゃう。怖いから。
それにしても、ゲームにこんなイベントあったかな。一応隠しキャラまで一通りはクリアしたはずなんだけど、学院祭あたりは割と平和なデートイベントだったはずだ。
血のような赤い毛並みの熊…ブラッディーベアの攻撃を防ぎながら、そんなことを少しだけ考える。別なことを考えると死にそうだけれど、現実逃避しないと震えて動けるかどうかも分からないかもなんて思う。
隙をついて足元に結界をつくり、動きを止めると、バベルがそれを炎を纏わせた剣で斬った。肉が焼ける臭いと血の臭い。それでも、気丈に見せなくてはいけない。
腰が抜けている男子生徒に本部の方を指さす。
「あちらにお逃げなさい」
必死に首を振る彼は震えながらも必死に走っていく。陛下たちのいる本部に近づくほどに兵が多くなるのでおそらくはなんとか辿り着けるだろう。もしかしたら万が一もあるかもしれないけれど、私ではそこまで面倒を見切れない。
「お嬢様にも早く避難をしていただきたいのですが」
「わたくしもそうしたいの。……けれど」
バベルの言葉を受けて周囲を軽く見渡した。
まだ魔物は多く、みんな必死に戦っている。その体の治癒をしながら回らなければ、戦線の崩壊もあり得る。なんと言っても、陛下と三人の王子殿下、他国の次代が奥にいるのだ。国のためにも引くわけにはいかない。……本音を言うと私そんな大層なこと考えてなくって、王命に反してお父様たちが罰を受けることがただただ心配なだけなのだけれど。
「ヒュバードお兄様たちと合流します」
「はっ」
少し震える手を抑えてそう言うとバベルは恭しく頭を下げた。
アルお兄様は後継ぎだからと中に押し込まれたけれど、ヒューお兄様は戦っていらっしゃる。ハルヴィン様は「こんな時に戦わずして何が騎士団長の息子だ!」と無理矢理出てきている。
ミーシャさんもヒューお兄様に中に押し込まれていた筈だ。
手を引かれて走りながら怪我をした人たちを治したり、祝福をかけたりして進んでいく。
普段沼地にいるはずのマーシュスネイクやライクモスが撒き散らしている毒も厄介だ。幸いというか、私の治癒は一応それらも消し飛ばせるのでそこら辺も力配分のペースを考えないとキツくなってきそう。かといって出し惜しみするとみんなまとめてお陀仏だ。リオン様は結界が得意だし剣も扱えるけれど、毒性を消し飛ばすほどの治癒術は扱えないからつくづく「陛下はどこまで考えて私を選んだのか」と考えなくはない。
「お兄様!」
オークの群れをハルヴィン様と斬り伏せているヒューお兄様に呼びかけると、ヒューお兄様は唇を噛んだ。
「フィン、魔法を!」
要請に応じて祝福の魔法をかけるとハルヴィン様に目配せをする。バベルに「お嬢様と俺に結界をかけてください」と小声で言われて頷いた。ハルヴィン様がタイミングよく飛び退いた瞬間に高出力の雷が一帯の魔物を消しとばす。
「あ…っぶねぇだろ!!」
「君なら避けられると信じているからこそだよ。俺と競える男なんて君くらいだ」
薄く笑みを浮かべながらそんなことを言うお兄様にハルヴィン様が少し驚いた顔をして、
それから、口角を上げた。
「はっ……ようやく気づいたかよ」
「うん?いや、割とずっと思っていたけれど」
そんな風に話しながらも、彼らは背中合わせに剣を振るう。
今いる近辺に大分魔物が少なくなったあたりで、少し遠い場所から凍っていく様子が見えた。遠くにはまだ魔物が多くいたはずなので、新手かと身構える。
白い氷の中に、不自然な赤が見える。寒さからか動きが鈍くなったそれを、一人の男性が薙ぎ払う。
その後ろに軍隊が見えた。
「動きが鈍くなった魔物から順に始末しろ。手に負えそうがないものがいたら報告せよ。私が相手をする」
静かな、よく響くその声に先頭に立つ人を見つめる。
「お父様」
私と同じ色合いの髪が風で煽られる。
アイスブルーの瞳が細められ、「生徒は避難させよ」とその声が聞こえた。