今回怒られるのは理不尽
アルお兄様にしこたま怒られた。
解せぬ。
私が決めた事じゃないのに。
プンスカしながらクリス様に愚痴ると、「それだけ大切にされてるんだよ」と苦笑された。
「けど、王家と騎士団からのほぼ断れない類の頼まれごとでしたのよ?わたくしが怒られるのは納得いきませんわ…!」
「それはそうだよね」
何か実感のこもった同意だった。クリス様もその身に襲いかかる理不尽が多いのかもしれない。
そうやって文句を言いながらも手を動かす。何って刺繍です。衣装の。
衣装係になった子達が絶望の表情で衣装を眺めていたから何かと思えば、予算内で衣装を発注したら地味だった。刺繍は苦手だし血塗れにするのは避けたい。でも刺繍を入れなければ地味。みたいな訴えをされた。
…やっぱり籤ではなく、適性で役割を決めるべきでは?
そう思った数秒後に静かに首を振った。
学院の籤だからこそ不正がないと言われているのだ。不正がなくなるような魔法もかけられているらしい。
狭い世界と侮るなかれ。稀に犯罪に手を染めても良い役、良い立場を得ようとする人間がいるのだ。この制度も馬鹿にできない。
「フィー。君、ちょっと刺繍速すぎない?見本にならないんだけど」
「あら。……そうかしら?」
割とこういう細々とした作業は得意だ。というか、お勉強の後、無になりたい時とかってある。そういう時は読書よりもこれである。図面を無心になってなぞるのが良い。
そういうわけで今ではちょっとした特技である。
「そうだよ」
「特に言及された事がありませんでしたから気がつきませんでしたわ」
ふふ、と笑うとノックの音。返事をするとドロシーがお茶を運んできてくれる。今日はいちごのタルトも一緒だ。
「ありがとう、ドロシー」
「もったいなきお言葉です」
ちなみにバベルは女子寮から出る時だけの護衛なので、使用人寮に引き続き入っている。ドロシーは身の回りのお世話してくれてるからかちょくちょく二人は喧嘩している。私の教育方針で。あなたたちは私の親か!?
その後も黙々と刺繍をさしていたら、窓の外が赤くなっている。
もう夕方ね、と思っていたら見慣れた人が窓の外にいた。
(バベル……?)
黒い髪が夕焼けを反射して赤く見える。
何でそんなところに、と思ったところでカーテンが閉められた。
「この時間は少し日が眩しいですね」
溜息を吐くドロシーに「そうね」と返す。
「さっき、向こうにバベルが見えたのだけれど」
「お嬢様が暮らすこの場所のゴミ掃除でもしているのではありませんか?ああ見えて、お嬢様の周囲に関しては…より一層、人一倍目を光らせておりますので」
意味ありげな目でクリス様を一瞬だけ見てから、ドロシーは口角を上げた。
まぁ、お父様が知ってるんだもんね。情報共有してるかぁ……そっかぁ……。
ところで、ゴミ掃除って本当にゴミだよね?生き物じゃないよね?
生き物(人間)です。