火中の少年を拾う
アーノルド・クレイ伯爵。お母様の従兄弟だった。お父様が信頼するのはそういうわけでしたか。納得出来るような出来ないような。笑いながら「学院にいた当初は仲が悪くてね。グレイヴと家名でずっと呼んでいたら向こうもそうしてきて以来仲良くなってからもなんとなくそのままなんだよ。」と話してくれた。まさかの親戚かよ。
そんなアーノルドさんをお供に馬車で帰っていると、通りかかった通りが炎上していました。
え、嘘でしょ?って思ったけれど、ガソリン撒いたのかってくらい燃えている。
「魔法の炎だな。」
「見ただけでわかるものなのですか?」
「普通はわからない。俺のような神官上がりの闇の魔法使いだと感覚的にわかることは多いよ。魔力暴走を鎮めるのはそれなりに多い仕事だからな。」
アーノルドさんは私に断って馬車を止めた。現場に向かおうとする彼に結界をかけようとすると、「そういえばフィーネ嬢は光の魔法使いだったか。」と言って私の手を取った。
「すまないが、付いてきてもらう。あいつに警護を頼まれている以上、目を離すわけにもいかないし、かといってあれを置いておくこともできない。その上、現場までは結界を張ってもらえる。うん、なかなか良い考えじゃない?」
「アーノルド様、私を守ることを優先しろとは言いませんが、それを良い考えだと言うのは少し無理があるのではないでしょうか。」
とは言っても、一緒に行く以外の選択肢がないわけだけれど。なんというか、お父様ならきっと「フィンを連れて行くのは心苦しいけれど、一緒に来てくれないかい?」なんて乙女ゲームにおける騎士様のように言ってくださる。……よく考えるとお父様がかっこよすぎてお父様を見ていたら婚期が遅れそうな気がしてきた。
結界を張りながら爆心地に向かうと、ボロボロになっている黒髪の少年が死にそうになりながら立っていた。それだけボロボロでよく立ってられるな、なんて思っていると、隣のアーノルドさんが針のようなものを投げる。それは彼の周囲に円を描くように刺さり、「えい。」というなんとも言いづらい掛け声とともに紫色の光が彼を包んだ。
「<沈め、静め、鎮め。闇の針、夜が如く汝を包む。暗き夜は安らぎの時である。>」
その言葉は確か、我が国の神話における闇の妖精王が戦争を無理やり止める時の文だった気がする。4つの妖精王の国が仲違いをして戦争を起こした時に闇の妖精王は世界を戦火より救おうと戦場を夜に変えてしまうのだ。簡単に言うと、「夜とは安らぎの時間である。戦争をやめろ。寝てしまえ。起きたら仲直りしろ。」という感じだった。
「<力を鎮めよ、夜に沈め、心を静めよ。>」
火がだんだんと収まっていく。ある程度弱まったところで、針から光が消えていく。そして、少年に近づいたアーノルドさんは手刀で気を失わせて彼を担いだ。「よし!」とサムズアップする彼に「よし!」じゃねぇよと口汚くツッコミたい気持ちもあるけれど、早く帰ってお姉様たちに会いたいという気持ちが勝ったので自画自賛するアーノルドさんに適当に相槌を打ちながら馬車に戻った。馬車の中で少年にはちゃんと癒しの魔法をかけてあげた。痛いのは誰だって嫌だものね。
家に戻って使用人の休憩室に少年を寝かせると、アーノルドさんは「ギルバードにまた怒られてしまうな。」と笑った。お母様は呆れたような声で、「貴方、職場でもまだそうなの?」と言う。
「失礼な。流石に職場ではもう少しまともにしているよ。神官だった時なぞ、一生分丁寧に生きたしね。」
「高位の神官だったのに辞めてしまったのよね。」
「神官は結婚ができないからね。親父や兄たちが相次いで亡くなってしまったものだから家督を継ぐためには仕方がなかったんだよ」
お母様に苦笑しながらそう言い、「まぁ、愛しき我が妻と我が子を手に入れることができたからそれには感謝しているさ。」と続けた。陰謀的な理由の死でないことを祈る。
心の中でそんなお祈りを捧げていると、少年は目を覚ました。傷ついた美少年を助けるのが趣味なわけではないけれど、こうも連日でそうなると、何のフラグなんだ、とちょっと怯えてしまうのは内緒である。
「目が覚めたか?」
「ここは……?」
「とある貴族の家だよ。」
アーノルドさんに対応を任せていると、ちょっと何故かはわからないけれど小火になりかけていた。
「貴族が俺なんかを何で助けた?俺たちみたいなのを迫害する連中が!」
「いや、貴方の暴走で大火災になるのとかちょっと困るのよ?だって、復旧にたくさん時間と人手とお金がかかるの。もしかしたらたくさん死人が出るかもしれないし……だから貴方を助けたのではないの。」
別に当家は平民を虐げているわけではないし、領地だってそれなりに治めているはずなのでそう言われる筋合いもないような気はするけれど。
「それでも、貴族がそういう印象を持たれるということは、誰かが貴方たちに理不尽な痛みを与えたということでしょうね。貴方たちにそう言わせた者に代わって謝罪します。ごめんなさい。」
「おまえがやったわけ、じゃ……!……悪い。八つ当たりだった。」
バツの悪そうな顔をして、彼はアーノルドさんの求めるままに自分の境遇を語った。
彼は孤児らしい。
元々、教会が運営していた孤児院にどこかの貴族が寄付をする形で成り立っていた。豊かではなかったが、皆で支え合って生きていたらしい。
──その貴族の家が代替わりするまでは。
「いきなり当主が変わって、数ヶ月で借金まで作ったらしい。当然、寄付はなくなった。それだけならよかったんだ。
そいつは、その穴埋めのために孤児院の子どもを人買いに売り渡したんだ!」
「今まで養ってやったのだから、その恩を返せ。」とそいつは言ったらしい。胸糞悪い話である。というか、寄付してたのは先代でしょうに。
そして、世話をしてくれていた神父様とシスターは殺され、数人を除く子どもたちが連れていかれたという。彼は平民でありながら、強い魔力を有していたがために執拗に狙われたらしい。強い魔力を有するのは比較的貴族に多いが、稀に強い魔力を有した平民も現れる。その場合は、魔法省による保護・貴族に養子に入るという手段が多く取られる。なぜなら、無事にいられるならばそれで良いのだけれど、大抵は攫われたり、他国で奴隷にされたりといったロクでもないことになるからである。
「とりあえず、今から王宮に行ってその孤児院と貴族を調べてみるよ。……俺の子もフィーネ嬢や彼と同じくらいの年頃だから他人事とも思えないしね。」
「あまり期待はしないでくれ。」、と言って彼は去っていった。
その後、孤児の少年をお母様が「フィーネの執事にしましょう。」とまるで「うん、良い考えじゃない?」と言った時のアーノルドさんと同じ表情で告げた。
「だって、帰る場所はないのでしょう?うちにいれば魔力の制御のお勉強もできるし、娘と一緒に王立魔法学院に通うこともできるわ。」
「それなら、学院卒業後の将来も見えてきますね。」
私が良いと思うかはともかくとして、彼にしてみたら悪くはないと思う。目の前の少年は少し考え込んでから、「許されるなら、ぜひ。」とお母様の目を真っ直ぐと見つめて言う。
「貴方、お名前は?」
「バベル、といいます。」
こうして、黒い髪に赤い目の火魔法の少年はお母様のひらめきによって私の執事になるべく雇われたのだった。
それはともかく、私の専属執事をそんな軽く決めるのはありなんでしょうか?教えてお父様。