夢での邂逅
家に帰ると疲れて眠ってしまった。
だからこれは、夢だろう。
というか、このなんとも言えない何もない空間で夢でなかったら流石に隕石でも落ちて世界が消滅したのかと思ってしまう。
カラン、コロン──
鐘が鳴るような音がして、その響きに誘われるように足を進める。
鐘の音が導く先にいたのは、金色の髪と溶けるような蜂蜜色の瞳を持つ美少年だった。
「君は……?」
戸惑うような素振りを見せる彼の顔に見覚えがあるな、と考えると心当たりがあった。開いた瞳の色は知らないけれど、その容貌は今日確かに見たことがある。
「リオンハルト殿下……?」
「君は私のことを知っているんですね。では、知り合いでしたか?」
「いえ、私が一方的に殿下を知っただけなのです。私はグレイヴ公爵家のフィーネと申します。」
カーテシーをしてご挨拶する。夢だから無礼講とかないのかな、なんて暢気に考えながら。
「ああ、ヒュバードの妹ですか。金髪ではありませんでしたか?」
「それはロゼリアお姉様かと。私はその下、末の妹ですわ。」
私の容姿もなかなかだけれどお姉様はもっと美人なのでちゃんと覚えてほしいな!その微笑みは女神そのもの、可憐な声と優しい性格。私の麗しきお姉様。
ということを丁寧に丁寧に言葉を重ねて言い募ると、殿下は引き攣ったような笑顔で「君がお姉さんをすごく好きなことはわかりました。」と言われた。「そうですか?」とちょっと嬉しいなーという気持ちとともに言うと、苦笑しながら彼は頷く。
「ええ。私と弟もそれだけ仲が良ければよかったのだろうけど……。私とクラウス…第二王子は母と王妃様が敵対しているから関わり自体が持てませんからね。」
首を傾げて少し考えてから、そういうことかと納得する。要するに、リオンハルト殿下は側妃様の御子、クラウス殿下は王妃様の御子ということだろう。なるほど、お父様が殿下の件を王妃様に隠そうとするわけだ。暗殺の可能性すらあるものね。……物騒。王家怖い。
「王妃様も何を焦ることがあるのか。知っていますか?王位継承権は正妃の子が優先となる。クラウスの下にも弟が2人いる以上、私にはそもそも王の子だということ以外には価値がない。魔力無しの無能だというのに殺す価値などあるものか。」
「……王位継承権のことはわかりませんけど、殿下は光の魔力持ちなのでは?運ばれて行かれる際に金色の妖精をお見かけしましたが……」
「他の誰かの妖精だったのでは?」
いや、たぶん殿下の子だと思う。なんか検査してたもん。神殿で受けさせられたやつと似てるやつ。そもそもあのめちゃくちゃ若い容姿なのに実はお父様の学院時代の同期だったという宮廷魔導師様がちょっと驚くような呪詛を私一人だけで解呪できたとはどうも思えない。
「君に言っても仕方のないことではありますが。」
「けれど、人に話すことで気が楽になることもありますし、整理がつくこともありますから。夢なので何話しても漏れませんし!なので……どうか、貴方が目が覚めたら笑っていられますように。」
殿下の左手を包んで魔力を流す。確かささやかなお守りの術だった。光の魔力はだいたいの人が戦いに向かない代わりにちょっとした加護などを与えたりできるのだ。
「ふふ、たぶん殿下は笑ってらした方が素敵ですよ。」
とても、とても綺麗な少年なのだから無事に青年になれれば素敵な殿方になるに違いない。今回のような呪詛を受けることももしかしたらまたあるかもしれないし、原作で「禁呪に侵され、怨念で国を揺るがす王子」になった原因の何かが起こるかもしれない。でも、目の前にいる彼はそう見えないのだから。
「私に媚を売っても得るものはありませんよ。」
「申し訳ございませんが、媚を売るほど現状は困ってはおりませんし、そんなことをしては家族に叱られてしまいそうです。」
お互いに困ったように眉を下げるけれど、アルお兄様などカエルを御令嬢に投げつけた第二王子様をぶん殴ってお説教していたのだ。嫡子がアレなのに媚びとかどう売ればいいかわからない。それにしてもアルお兄様、注意もするしたまに怒られもするけれど、基本的に手は出ないのによりにもよって王子様殴って良かったのだろうか。
「フィーネ。」
「はい、なんでしょうか?」
「目が覚めたら、現実で君にお会いしてみたい。私が訪ねて行った際に拒まないでくれると嬉しいのですが。」
私の手を取って口付けるその姿は物語の王子様そのもので、精神年齢は私の方が上なのに悔しいことにキュンとしてしまう。
「私に拒む理由などありませんよ。お待ちしております、殿下。」
なるべく、落ち着いた声でそう伝えて笑いかけた。