妹(side アルヴィン)
私には姉と弟が一人ずつと、二人の妹がいる。
姉は隣国、セレスティア帝国の公爵家への嫁入りが決まっている。私から下の弟妹たちには婚約者が決まっていない。
……クラウスが「好みじゃないんだから仕方がないだろう!」とか言って婚約者を決めないせいでもある。伯爵家以上の御令嬢は資格だけはあるから、各家の考えもあり、なかなか決まらないのだ。
我が家は父が宰相を務めていることや、私がクラウスの「友人」とやらに収まっていることもあり、妹二人を王子の婚約者へしようという考えはなかった。
ロザリアは、再従兄弟であるクロイツとの婚約の話が出ていて、最近父同士が話を詰めている。だが、ローズ。フィーネは可愛いが、だからといって洗脳はやめろ。……ここ最近はクロイツまで兄として振る舞い出した。そういう奴はレオナールだけで手一杯だというのに。
その下の妹、フィーネなどはうっかり第一王子リオンハルト殿下を助けて婚約を打診されたり、和国の王族と親交を深めたりしていたので王族に嫁にやる気などなかった母上が頭を抱えていたが、フィーネが王子妃など向いていないと思っている父上が婚約も一緒に過ごそうという打診もなるべく断ってきた。
断ってきたが。
「大丈夫か?」
「大丈夫ですわ。ありがとうございます、クラウス殿下」
「えっ……」
人が恋をする瞬間というのはああいうものを言うのか。
私に言い寄ってきていたエメルダ嬢に転ばされ、飲み物をかけられたフィーネはその騒ぎを聞きつけたクラウスに手を差し伸ばされた。フィーネが手を取り、クラウスに向かって微笑みを向けたその瞬間、瞳を見開き、耳まで赤く染まった。
本人は不思議そうに私の顔を見ていたが。
城の者に着替えを頼んでくれたのは助かった。だが、妹はおまえのことなど好きではない。
「アルヴィン、あの日の妖精のように可愛らしい少女はどこの御令嬢だったんだ。俺にもいい加減教えてくれないか?」
「え、クラウス……まだ気がついてなかったの!?」
あの夜、名前を聞くのを忘れていたクラウスは何度か催促をしてきていた。
ケビン・ホーンスが余計なことを言いそうだったため、止めようとすれば脳筋のリカルドに止められてしまった。
「へぇー……俺以外は知ってるんだ?」
不機嫌そうに私たちを見回すクラウスに、ケビンは「アルヴィンさんは言わなくてある意味当然だからねぇ」と呆れたように言った。
「フィーネ・グレイヴ。アルヴィンさんのとこの末の妹さんだよ」
「アルヴィン」
「うちの妹を王家にやるつもりはありませんので」
「彼女が望んでもか?」
女は全て自分に惚れるとでも思っているのだろうか?
「本気ではないでしょう?」
「本気だ」
「そういう人に限って学生になったら婚約者を蔑ろにして“真実の愛を見つけた”とか言って他の女に転ぶのですよ」
「父上の話はやめてくれ」
途端に顔を青くした彼を見て、その場にいた二人は「言い過ぎだ!」と言う。
思い当たる節がなければそうはならないだろう。
「フィーネ自身が望むのであれば、学院卒業の際に告白でもどうぞ。まぁ、あれがあなたを受け入れるかは知りませんが」
少しは株を上げたとはいえ、妹の中でのこの人は“令嬢にカエルを投げつける男”だ。応えたりはしないだろう。
「……わかった。それまでは俺は婚約なんぞしないからな!ギルバードにもフィーネの婚約者を決めるなと言っておけ」
「それと」
「なんだ!」
「妹の理想の男性は父です」
そう言うと、三人揃って「理想が高すぎる」と呻いた。
まぁ、その日からクラウスに限っていえば家庭教師の授業も剣の訓練もサボらなくなった。父上は他人から見ても完璧超人なのか、礼儀作法の勉強も必死だ。
「王太子殿下が、そんなことを?」
父上にクラウスの言っていたことを報告すると、「これならローズを望まれた方が気が楽だった」とボヤいた。
その日から、フィーネのスケジュールが母上によって完全管理されて、王妃教育みたいになっている。
フィーネの部屋を通りかかった際に「何が……何が起こっているの……こわい……」という嘆きが聞こえた。
恨むならクラウス・リディア王太子殿下で頼む。