鏡の在り方
杖を奪ったクラウスは指輪のついた手をそっと鐘に翳す。
赤い光が一瞬周囲に満ちて、収束する頃にはそれはクラウスの手の中に剣となって収まっていた。どうやらこの魔道具は「使用者の力を最大限に発揮する」という形で姿を変えるようだ。
なるほど、己を映す「鏡」という形を取った魔道具であると、クラウスは内心で納得をする。
それを握ると、懐に入れていた陰陽石が眩く輝き、それは剣へと広がっていく。
鐘の音が消えたことでようやく立ち上がったグノーシアがクラウスを見据えてニタリと笑った。
「殺してやる…」
そう呟いたグノーシアは剣を握り直し、未だ魔力不足で立ち上がれないフィーネの方へ飛んでいく。
それをクラウスが剣で受け止めると、赤い炎が黒い炎と拮抗するように蠢きあう。
力を込めてそれを振り払うが、幽鬼のように揺めきながら立ち上がって向かってくる。
「クラウス殿下、わたくしのことは放っておいて、御身の無事だけを…」
「ふざけるな!!」
逃げられない自身の状態を憂いながらの言葉を聞きたくないとでも言うように遮って怒鳴る。
それと同時に突進してきた男と剣を合わせたクラウスは叫んだ。
「俺は、お前以上に欲しいものなどありはしない!死んでも逃げてなぞやらん」
「殿下!」
「愚かとでもなんとでも言え!愛する女を犠牲に逃げるなんて俺にはできん」
つくづく、王太子なぞ向いていないなとクラウスは思う。けれど、兄はフィーネ以外に対する興味が無さ「過ぎる」し、弟は死んでしまった。
彼女がクラウスの思いを受け取るにしても受け取らないにしても、それが愛した人の犠牲の上に成り立つのならばそんな国は許容できない。
共に生きることができずとも、せめて弟が願ったという「フィーネの幸せ」だけは叶えてやりたかった。
弟はそれなりに可愛かった。
生意気だろうが、なんだろうが初めて歩いた姿を覚えている。初めて言葉を発しているのを聞いたあの瞬間も覚えている。
いなくなった時の悲しみは大きかった。
はじめての恋は、辛く、厳しく、それでも手を伸ばさずにいられないほど愛おしかった。
一度振られてもなお、こんなにも胸を焦がす。
剣を打ち合わせるその姿をフィーネはハラハラしながら見ていた。
見ることしか出来なかった。
術式の権利はクラウスに移り、少しずつグノーシアの力を削いでいる。
雷が傷つけ、呪いがその動きも抑えている。合わせて、幼い頃からの努力の結果である魔法と剣術はクラウスを裏切らない。
(せめて何か力になれればよかったのに…)
枯渇した魔力と、それによって力が入らない身体は言うことを聞いてくれない。
こんなに力がない、復讐心に囚われた自分を愛する女、と言ったクラウス。今でもそうなのだ、と告げる眼差しを彼は一瞬だけフィーネに見せた。
何も返せない己が情けなくて涙が溢れ、それは杖に落ちた。
その瞬間、杖から眩いばかりの光が溢れて彼女を包んだ。