終幕の鐘は鳴る 5
分岐点
「なんだ。本当に逃げるのは止めにしたのか」
あの男も浮かばれないな、とグノーシアは嗤う。付着した血液は彼のものだろうか。
けれど、死んだとも思えず私はそっと胸に手を当てた。うん。死なない。バベルは死んでいない。そう信じよう。
「言っておきますが、あなたに食べられてあげる気はなくってよ」
出した声が震えなくて何よりだ。
大丈夫。別に何もして来なかったわけではないでしょう?
死ぬと決まったわけでも、死んだと決まったわけでもないでしょう?
鞄から幾つかの妖精石を出していてよかった。
近づくグノーシアは結界とそれを覆う雷に「ほぉ?」と目を細めた。
一人で違う属性のものにもう一つの属性を重ねるその技術に瞳の色を変えた。
怪訝に思いながらも鞄をひっくり返して自分の妖精石を足元に。
この魔力を全て吸うことは今の私の器ではできないけれど、これを使った魔法の行使であればなんとか可能だ。
「輝きの旅路。我らの願いは夢の中に」
あの「鏡」が光を放つ。
なんらかの手段で私の手に現れた鏡は強く金色を放つ。それを見てグノーシアは焦燥の色を見せたけれど、結界は壊れない。ここは光の妖精の聖域のようなものだ。あの洞窟でのバベルと同じく、私の魔法だって底上げされている。
ふわりと舞った金色の光は何故かリオン様からもらった妖精石から放たれ、砂のように崩れて消えた。
「暗闇の底。眠りは等しく、万物に捧げられる」
紫色の光がブレスレットから鏡についた紫色の石へと向かう。
レオお兄様の妖精石がぱきりと音を立てて崩れた。
「揺らめく炎。心を焦がす想いよ」
赤い光が同じように鏡へと向かった。
これは確か、クラウス殿下に渡されたものだ。「君を守る力になれば」と仰った。
「水底の鏡。全てを映し、知恵とせよ」
青い光が鏡へ向かう。
アルお兄様が私の無事を願ってくださったものだ。
「豊穣の大地。実り豊かであることこそが繁栄を招く」
オレンジの光が鏡へ向かう。
ユウが旅が終わる頃に私に握らせたものだ。
「吹き荒れる風よ。我らに知らせを運べ」
これは、遠征に行く前にクリス様がくれたもの。砕けて放たれた光に寂しさを感じるけれど、私は止まらない。
ようやく結界に罅が入る。
ああ、よかったわ。全て終わった後で。
「クソ!やめろこのガキ……ッなんだ、この光!!」
鏡が放つ光が触手のようにグノーシアに絡みつく。その腕を戒めるように雷が「体内」から彼を傷つける。
(守ってくださるのね、クリス様)
ウェンティ様の言っていた妖精王より与えられた魔道具の欠片であろうものがレイピアの形をとって突き刺さっているように見える。
そして鏡が鐘のような形に変化していく。手を前に出すとルミナス様より賜った大きな杖が姿を現した。
「やめろ、フィーネ……!!」
少し先に、私を呼びながら馬に乗って駆けて来る彼の姿が見えた。
それでも私は全部の魔力を杖に乗せて思いきり鐘を揺らした。
これだけ。自分の全てをかけたのだもの。もしかしたら命も危ないかもしれない。けれど、まだ舐められている今しかないの。今じゃないと仕留めきれないと思う。
だからごめんなさい。
声を上げ、必死に手を伸ばす「彼」のその姿が、泣きたくなるくらい。
嬉しくて、悲しかった──。
【分岐】
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