終幕の鐘は鳴る 3
困った人だ。無理難題を仰る。
そう思いながらバベルは目の前の魔王を睨みながら剣を握りしめる。
バベルは実際のところ生きて戻れるとも思っていなかったけれど、彼のお嬢様があまりにも悲痛な顔で生きて帰れと言うものだから少し意地を張ってあんな事を言ってしまった。
手がかかるのは本当だけれど。
幼い頃から見守ってきた、世間知らずの可愛いお姫様。バベルにとってフィーネとはそういう存在だ。
彼女がどう思おうと公爵にとっては自分など、フィーネのための盾以外の何者でも無い。
そして、実際にそうあるために研鑽を重ねた。
胸元にあるペンダントは魔力が少なくなる前のフィーネの力作だ。
彼女の作った魔道具を持っているのは主に家族と恋人という枠組みにいる人間だけだった。そんな中、彼もまた家族の枠組みに入っているのか、いくつか渡されている。
危険だからと、守ってくれているからと渡され身につけている量だけで言うとおそらくギルバードよりも多い。ギルバードやロザリアはそのほとんどをきっちり金庫にしまい込んでいたりする。数個は身につけているけれど。
バベルはグノーシアの動きを封じるように立ち回りを続ける。
──お嬢様の元になど、行かせてやるものか。
どこか彼に似た黒い狼の妖精が赤い瞳でグノーシアを睨む。
やっちまおうぜ、と言うようにそれは吠えた。
グノーシアは意外に手強い護衛に苛立ち始めていた。娘を逃がしてからの青年の猛攻は凄まじい。これほどの男であれば、その身に力を与えて世界を滅ぼす力だって与えてもいいと思えるほどだ。真っ直ぐに少女だけを守ろうとする意思さえなければと惜しくも思う。
とはいえ、だ。
「人にしては確かにやる。だが、それだけだ」
クリストファーのように妖精の愛で子というわけではない。確かに剣の腕はあるが、魔法の力量差を考えるとそういった結論になる。
引き止めには成功しているだろう。けれど、それはあの忌々しい呪術を抑えることを考えてのことだ。
せっかくの強者と鍔競り合う機会だったのだが、と少しだけ不服に思い彼はその腕を振り上げた。
──赤い。
赤い、液体が空を舞った。
同時に。夜になろうとする薄暗闇の空に、異常を知らせるかのような紅蓮が広がった。