終幕の鐘は鳴る 1
なんか、一輪挿しを用意するって言ってたのにおっきな花瓶が置いてあって意味がわかんない。毎日違う花が生けてあるし、お母様が楽しそうに選別しているのでまぁいいかな。
でも、あんまり香りの強い花は遠慮してもらった。良い香りではあるのだけれど、ずっと部屋にいる以上はそれなりにきついので。
私が部屋に閉じ籠っている間にも世界は変わっていくようで、つい最近はエメルダが捕まって裁判にかけられたらしい。
貴族法では裁かれなかったらしく、公開での絞首刑になったそうだ。人前で首を吊られることも、朽ちるまで晒されることもあまり可哀想だとは思えないけれど、見たくはない。ヒューお兄様は「遠見ででも見るかい?」と言ってきたけれど。
体調はだいぶ良くなってきて、心なしか背も伸びた。とはいえ、そう日が経っているわけではないので少しだろうけれど。
魔力も安定してきたし、魔法も問題なく行使できるようになってきた。
以前と比べて劣れども、私の魔力量は他者と比べて多いのでまぁ、心配していた嫁ぎ先云々の問題もないだろう。お父様がどうするつもりか知らないけれど。……いや末っ子に婿は取らないと思うけれど。
「お嬢様、今日は何をなさいますか?」
ドロシーに尋ねられて考え込む。
正直言うとそろそろ陽の光を浴びたいところだけれどお父様ジャッジに引っかかる。
無難に本を読むからとお茶の用意をお願いして、開くことのない窓から青い空を見上げた。
「今日も良いお天気ね」
何を失おうと、世の中は恙無く回るのだ。
じっとしているとなんとなく気持ちが落ち込む気がして苦笑する。
ふと、陽が翳った気がして不審に思うと窓が赤く染まる。咄嗟に結界を張ると同時に窓が割れた。
「ああ。さすが、と言うべきか?不意をついたと思ったのだがなぁ?」
ごろん、と何かが投げ込まれてそれが一瞬目に写ってえずく。
それをなんとか押さえて前を見ると、褐色の肌の男がいた。銀色の髪は首元に行くに従って赤へと変化している。紫色の瞳が楽しそうに細められ、その男は投げ込んだ首を踏みつけた。
散乱するものはもはや人としての形を留めておらず、おそらくもう縁者が見ても我が家の庭師の爺やだとはわからないだろう。
「お嬢様、お下がりください!」
私を庇うように前に出ようとする彼女の腕を掴んで、手を前に突き出す。
今出せる最大の魔力で防壁を作ると、そこを残して部屋の周囲が破壊される。
「弱っているらしいと聞いたが、なかなか食いでがありそうだ」
獲物を狙う肉食獣を思わせるその男に、エドから聞いた男の特徴がピタリと当てはまった。
「──グノーシア」
私の大切な人たちの仇がそこにはいた。
呟いた名に、その通りだと言わんばかりの満足そうな顔で男は告げた。
「娘、お前の血肉その全てを捧げよ」