報復は炎のように 6
エメルダは裁判にかけられた。
貴族ではなく平民として。
彼女が自身が守るべき侯爵領の領民や当主夫妻を率先して害したことが妹のルヴィアから証言されたことが大きく影響している。
そして、被害者である彼女は「ただのエメルダとして厳罰を」と訴えた。
現状唯一の侯爵家の生き残りである彼女、次期侯爵としての認可を受けていた少女の言葉はそのまま侯爵家とその領民の遺志として認められた。
そして、何も知らないエメルダは裁判所で妹を見た途端、助けろ、妹だろうと喚く。
それを蔑んだ目で見た彼女は、隣にいる青年の腕を取って去った。
「よかったのかい?」
「何が、でしょうか」
「いや、恨み言の一つや二つあったんじゃないのか、と思っただけだ」
「ございますが、言うだけ無駄でしょう」
そっと溜息を吐いたルヴィアに青年は苦笑する。怒りに震えたその手に手のひらを重ねて微笑みかけた。
「ユーシス様は、こんなわたくしはお嫌でしょうか?」
震える声に、ユーシス・アリステアは「いいえ」と否定の言葉を口に出した。
「俺は君さえ良ければそれでいいよ。あれが君にしたことを思えばこの手で切り捨ててやりたいという気持ちすらある」
アリステア家の次男はそう言ってルヴィアに語りかけた。
彼は騎士団に勤める青年で、リカルドにとってはエーリヒよりも兄のような存在であった。アリエッタが彼女を連れてきた際に、領地へ戻った父や兄の代わりに部屋の手配や王への訴えの手続きをしたのも彼である。
共に過ごす中で少しずつ距離が縮まった二人はやがて婚約するに至った。
その頃、グノーシアはエメルダを助けようとはしていなかった。
正直、落胆していた。
もっと悪辣になってくれると期待していた。堕落するだけ堕落して、他人を陥れる力を失ったのだろう。
「手に入れるのであれば別の者だったか?」
そう呟くと、胸に広がった痣が痛んだ。
チッと舌打ちをすると打ち消すように自らの魔力を注ぐ。
魔力を通せば、その痛みは軽くなり痣は薄くなる。だが、日を追うにつれてその消費量は増している。
レオナール・グレイヴ。
彼はたしかに優れた魔法使い、いや呪術師であったらしい。
それにしても死を前提とした呪術を躊躇いもなく行使するなんて、とてもまともとは思えなかった。
グノーシアが把握している「人」という生き物はもっと生き汚い生き物であった。
追い詰めれば死にたくないと、助けてくれと泣き喚く生き物であった。
「まぁ、死ぬのは望んだことだけど、ただで殺されてやるほど可愛い性格してないんだよねぇ」
レオナールならそう言っただろう。
灰色の髪をした青年を思い出して、その居城であった場所の壁を殴る。
「まぁいい。あれの大切のしていたという小娘の死体でも食らえば多少はこの呪いも薄らぐだろうさ」
この呪術を消すだけの魔法を使える魔法使いは厳重に守られていた。それ故に、まだその身に呪術は宿ったまま。
けれどその身はヒトではない。
光の魔法使いの血肉を食らえば闇の魔法を中和していける。そしてその量は術者の力量による。
王子よりは、その娘の方が食らいやすいだろう。力が弱まっていることは知っていたが、それでも他の魔法使いより、よほど魔力は高い。
王子は娘を食らい、力が強まってからでも良い。
舌で唇を濡らしたグノーシアはにぃと口角を上げた。