星に願いを(side 優斗)
拐われてきた彼女を見たとき、人形かと思った。
柔らかく波打つ長い髪、宝石のような緑の瞳。
俺の真っすぐな黒髪と黒い瞳とは全然違う。フィンはそれを「黒曜石みたいで綺麗だと思いますけど」なんて言うんだけど。
小さく可愛らしい姿とは裏腹に、誘拐犯の隙をついて脱走してしまう姿を見て、目を離せない子だな、と思った。
まぁ、頼りきりになってしまった気がするけど、それだってフィンは「私、山道で手を引いてもらえなかったら動けなくなっていた自信があります」と言う。
俺が王族だと知ってからも、和国に来てからも、彼女は変わらずお転婆でちょっとドジな可愛い女の子だ。母上が気にいっている点を見てもきっと良い子なんだと思う。
そんな彼女に明日、迎えが来るらしい。
先触れに聞いて、「お父様が直接来てくださるの!」と嬉しそうに笑う。そういえば、彼女は父親が大好きなんだっけ、と事あるごとにお父様お父様と言う道中の彼女を思い出した。
「では、安心して七夕を過ごせますね」
「はい、サヨ様!」
今日は七夕。一年に一度、空の恋人たちが再会できる日だそうだ。その日に星に願いを捧げると、願いが叶うとされている。
逸話はどうあれ、ロマンチックな行事だと思う。
夜になると、笹に願い事を書いた短冊を吊るす。
「どんな願い事をするんだ?」
「もちろん“お父様のような素敵な方と出会って恋に落ちますように”です!
……ええ、黒幕系だとか、闇堕ち系とそうなっては困りますからね?」
何か思い詰めた顔をしていた。周囲にそんなのやばい男がいるのか?聞くのも怖い気がする。
「ユウは何と書きましたか?」
「んー?ナイショ」
人差し指を唇に当てて片目を瞑る。父上が母上にやるときの仕草だ。
ぷくっと頬を膨らませる彼女に笑うと、「淑女を笑うものではありません!」と怒ってしまった。淑女はそもそも頬を膨らませないんじゃないか?
翌日、リディア王国よりギルバード・グレイヴとその嫡子であるアルヴィン・グレイヴが到着した。
彼女と同じ色の髪、知性を感じさせるアイスブルーの瞳。眉目秀麗な貴公子は人形のように整った姿がフィンの血縁であることを感じさせる。その隣のアルヴィンもまた、金色の髪が優美さを引き立たせた美しい少年だった。
「お父様!アルお兄様!」
駆け足で彼らに近づくフィンは輝くような笑顔だ。彼らの容貌に比べるとコロコロと表情を変えるフィンはよほど人間らしい。
「無事でなによりだ。おまえが拐われたと聞いて生きた心地がしなかったよ」
「大丈夫です!ユウ様が手を引いてここまで連れてきてくださいましたから」
フィンがそう言えば、アルヴィンは俺を値踏みする様に見る。ふ、と笑った彼はフィンを引き寄せ、抱きしめた。
父上たちが大人だけで話をしている間、俺とフィンとアルヴィンは3人で部屋にいることになった。
「ユート殿下、貴方は妖精王の愛で子ですね?」
「おまえもだろう、アルヴィン・グレイヴ」
フィンもだったが、彼もそうだ。周囲に淡くだがキラキラとした光が見える。
「お兄様もなのですか!?」
「ああ、おまえが拐われたくらいに水の妖精王に招かれて、おまえが誰に拐われたかなど教えていただいた」
細めた目から、犯人は生きてないかもな、みたいな雰囲気を感じる。本当に妹を大事にしているようだ。
その後、現時点で分かっている妖精王の愛で子とかいうものについて説明を聞く。
その説明が終わった頃に、グレイヴ公爵が迎えに来て、彼らはそのまま帰って行った。
会いに行かない限り、もう会うことはないだろう。
「そういえばセレスティアのアルス皇太子が15歳でリディア王国の学院に入る予定だっけな」
昨晩飾った短冊の願い事が風でふわりと揺れる。
「星に願いをかけるだけでは、ダメだろうな」
これがどういう気持ちかはわからないが、もう一度会いたいのは本当だ。