報復は炎のように 1
三人がグリンディア侯爵領に降り立ったのは数日後のことであった。
王命だと言われて提示されたのはエメルダという少女の抹殺である。
ガウェイン、ヒュバード、リカルドの三人は少人数での撃破を命じられてこの地に立った。無論、目立たぬように兵士もついてきているが。
グノーシアがこの場所を離れていることは調査済みだ。
妙な痣が体に浮き出ているという話であるが、おそらくレオナールお得意の時間が経つほど持ち主の魔力を喰らって強くなるヤバい呪術であろうと推測された。力の強い闇の魔法使いを狩ろうにもそういった存在の多くは王都にて神職に従事していることが多い。おまけにレオナールがかけたほどの呪術を浄化できる術者はそうはいない。平民にはそもそも大きな魔力を持つ存在が生まれにくい事を考えると容易にはその呪術は浄化できないだろう。光の魔力で中和するにしても同様に、術をかけた闇の魔法使いと同等以上の能力が求められる。
そうなれば現在それが可能なのはたったニ人。
現実的な話ではない。
「兄上が来たがっていたんだけれど、嫡男だからね。遠慮してもらった」
「君も次期伯爵だろう」
「俺は代わりがきく。…他人に彼女を渡すつもりはないから死ぬつもりはないけどね」
「うちは嫡男になったからって、手柄あげなきゃそもそも取り潰されたって仕方ねぇからな」
王族が関わっているからとエーリヒの件は伏せられている。だからといって裁かれないかと言えばまた別の話だ。
別にエーリヒと母親だけであれば何という話もない。寧ろ、騎士の誇りを汚す行いをした人間が、友の弟を殺し、妹を傷つけた人間が居なくなってせいせいする。貴族だから何をやってもいいというわけではないのだ。貴族だからこそ、その権力に応じた義務と矜持が必要だ。
だからこそ、リカルドの父は忙しい傍ら領地を走り回っていたのだ。確かに領地には常駐してくれている部下だっている。しかし、最終的に判断を下すのはいつだって当主だ。だからこそ愚かにならぬようにとエーリヒやリカルドだって厳しく育てられた。エーリヒは母親の甘い言葉しか信じていなかったようだが。
それに加えて、ハルヴィン家の血筋でないとはいえ、妹の存在もある。母親は予備であるリカルドを出産した後に平民である舞台役者の男と不義密通していた。妹はその避妊の失敗で生まれた子であったと知った時はリカルドも流石に頭を抱えた。どうりで顔が似てないはずだ、と当人は頷いていた。
確かに妹は自分たちとは違い線の細い深窓の令嬢といった面持ちである。
おかげで彼女は婚約破棄されるわ、ハルヴィン家の分家から追い出せと突かれるわ修羅場である。
ちなみに父は「もうここまで育てれば娘も同然だしな」と養子縁組しているので無駄であるし、彼女は狙っていたらしい商家の長男を一気に落としにかかっている。バイタリティがすごい。
魔物を動かない藁か何かみたいにバサバサ切り倒していった彼らを見ながら部下は「味方でよかった〜!」と思いながら必死に追いかける。
絶対に敵にはなりたくない。
そもそも、彼らは特に自分たちより低位の貴族に対してもそう対応は変わらず、寧ろ平等に仕事を振ってくれるので、騎士たちからの評判は低くはない。これが他の家のとある貴族などであれば突っ込んで死ねとあっさり戦場に蹴り出される。だからギルバードはそこそこ人気が高いという側面もあったりする。
それはそれとして、と地面の焦げ跡を見てゾッとしながらガウェインの背中を見る。
「なんで騎士にならなかったんだろうなぁ」
魔物を消し炭にしながら進む青年はとても文官には思えない。進む瞳の冷たさを見てもギルバードの再来としか思えない。全てを凍てつくす氷が全てを焼き尽くす炎に変わっただけの話である。
そんな風に思われていると知らぬまま、彼らはほぼ三人で屋敷へと入っていった。
(最終的にここは一片残らず燃やす)
ガウェインの気持ちに呼応するかのように剣に纏う炎が青く揺らめいた。