再会は山の中 3
腰まであった髪が後ろで軽く縛れる程度にまで短くなっている。
和国では女性が髪を切るのは成人の儀の時と出家の時である。
だから、その髪を見たときに皇優斗は痛々しさに表情を歪めた。それが彼女の愛が零れ落ちた結果だというのだから救えない、とフィーネを守れなかった自分やリディア王国の人間に苛立たしく思う。
フィーネ本人は「旅に邪魔だし目立つわね」と切って行っただけなのだが。特に髪の長さはリディア王国においてそこまで重要視されていないが、豊かさの象徴でもあるので女性で短くするのは騎士を目指す人くらいのものだ。我が子が大好きな両親、特に夫に似た髪色に手入れをするのが好きだったディアナはとても嘆いたけれど特に問題はなかったりする。
ユウトは国に帰った後も公務や魔物の討伐にかかりきりになっていた。そのため他国の情報収集もあまりできていなかった。
そのために彼女たちに情報提供の代わりにと案内を申し出た。結果として齎された内容には胸を痛めたが、魔物を消滅させる陰陽石の存在などは非常に有意義なものだった。
「けれど、あれは細かい調節が必要ですので周囲が思うより作るの大変なのですわ。ほぼ同じ大きさの魔力を相当時間維持するのって意外と出来る方少ないのですよ」
実験に相当数付き合わされたフィーネは唇を尖らせながらそう言った。再会した頃はすっかり淑女の顔になったと思っていた少女の昔と変わらぬ様子にユウトは表情を緩めた。
辿り着いた地下通路の先でオレンジの光がゆっくりと灯っていく。
土の魔力が満ちるその通路の奥地に祠はあった。
ドロシーの後ろにいたポメラニアンみたいな妖精と、ユウの肩に留まっていたアークが嬉しそうに祠の前へ出る。
オレンジ色の魔力の光が集まり、ゴリゴリのマッチョが現れた。
妖精王ディオスその方である。
茶色い髪にオレンジ色の瞳が私たちを見て少し揺れた。
「あー……久しぶりだな。光の子よ」
「お久しぶりにございます。ディオス様」
バツの悪そうな表情で頭を掻いて、彼はガバッと頭を下げた。
「すまん!うちの妖精の宿主が要らんことをした!!」
「うちの……?」
よくわからずに瞳をぱちぱちと瞬かせたフィーネに、魔王と共にいる女の名前を告げる。
一瞬、憎しみに染まる瞳を見たバベルはそっと名前を呼んで正気に戻した。無理に微笑んで「ありがとう」と告げるフィーネにそっと頭を下げる。
「妖精王様に謝っていただくことはありませんわ」
そう言ってフィーネは首を横に振った。
ディオスや妖精に罪はない。
けれど、その女だけは話が違う。
(ただでは済ませないけれど、今すぐどうこうできる問題じゃない)
優先させるべきはあくまでも魔王を倒すこと。
そう自分に言い聞かせてフィーネは鏡を取り出した。
「……なるほど、ノクスの」
「はい。どうかこの鏡に加護をいただけませんか」
フィーネが差し出したのは美しい鏡。最初は影を感じさせたそれは光と闇の魔力を纏い神秘的なものとなっていた。
金色と紫色の石が輝いており、窪みがあと4つある。そこにディオスが加護を与えると淡い光が集まってオレンジ色の石が現れた。
「わかってると思うが、これが完成したとして相当量の魔力が必要になるぞ」
「わかっております。それが不可逆のものであることも」
最後の仕上げに大きな魔力を注がなくてはならず、それに使用した魔力は回復することがない。それが払う代償なのだと教えられた。
それに柔く微笑む。
それは髪よりも余程、令嬢としての価値を落とすことをフィーネは知っている。
けれど、それと同様にもう一つ、レオナールのおかげで知ったことがある。
──強すぎる魔力が身体を蝕んでいる。
「ですが、必要なのです。私が生きるために」
代償を聞いた時、フィーネは「これだ」と思った。
強すぎる魔力が身体を蝕んでいるのだとすればその絶対量を減らすことができさえすれば生きられるはずなのだ。そして、旅をするうちに、魔力が身体に与える影響というのを感じるようになってきていた。
まず、朝起きた時の魔力が満ちた状態が一番に身体が辛い。妖精石を精製して魔力を減らしてから同行する皆の前に出ている。
辛そうなその様子を知るドロシーは日々少しずつその数量が増えてきていることにも気がついていた。
軋む身体は魔力を減らさなければ苦痛を与えるようになってきている。
フィーネの二人の祖母もであるが、彼女の身体が小さいことも、魔力が大きすぎて成長を阻害していることが大きく影響していた。
それでもまだフィーネは幸運だった。10代のうちにそれがわかったこと、両親にとっての彼女が政略結婚のための道具でなかったことがフィーネの選択を後押しした。
そのおかげで彼女は自分の生きるための選択を探し当て、決行する準備ができているのだから。