勇者なんて居ない
レオお兄様に言われて戸惑いながらもミーシャお義姉様と一緒に座ると、バベルが下に車輪のついた黒板をカラカラと音を立てて押してきた。
設置した後、近くに机を置いてそこに資料を用意し始める。どうやらあのカバンの中に入っていたものは全員に配る用のものだったらしい。
「みんなに行き渡ったかな?ならば良し、対策会議を始めようか」
授業みたいね、と思った。
レオお兄様に配布された資料を確認しながら話を聞くと、やっぱり私たちが制作したもの…陰陽石というあの物質は魔物や魔族を消滅させ、魔族の一部に関しては元の妖精や人間に戻す効果があるらしい。
「制作方法はフィーネから聞いているとは思うけれど、簡単に言うと光と闇の能力者の魔力を同量同出力で混ぜ合わせながら妖精石を作ることでできる。これに関して言えば能力者同士の相性にも左右されるらしく、僕とフィーネは問題なく作れたけれど、光の能力者を借りてきて試してみたけれどその彼とは作ることが出来なかった」
「それで、闇の魔法使いであるシュトレーゼ夫人を呼んだのか?」
「それもあるけれど、一番は僕は今回もう少し研究に専念したい。ちょっと気になることがあるから。言っておくけど、今回は別に知的好奇心を満たすためじゃなくて必要に駆られて、だからそこは誤解しないでほしい」
協力したくないわけじゃないんだよ、とクラウス殿下とヒューお兄様に向けて言う。
「フィーネとシュトレーゼ夫人の魔力的な相性は良いはずなんだ。もらったって言ってた妖精石で作ったのがリオンハルト殿下が使ったっていうアレだからね。ということは、フィーネに一日1〜2個の陰陽石を作ってもらってそれ以降はリオンハルト殿下とシュトレーゼ夫人で作ってもらうのが現実的かなと思う」
「なぜずっとフィンとではダメなのかな」
ヒューお兄様がそう聞くと、レオお兄様は瞳を何度か瞬かせてからバベルをみた。
いや、なんで私じゃなくてそっち?
「バベル、君叔父上に何も説明してないのかい?フィンには叔父上から言ってもらった方が言う事聞きそうだと思って説明をしておいたんだけれど」
「説明は聞いているよ。ただ、フィン本人や今日帰ってきたヒュバードにまで話す時間が取れなかった。それだけのことだ」
「今言ってしまっても?」
「必要なのだろう?」
ならば言えばいい、お父様は真っ直ぐに私をみた。え、何。
「フィーネ自身は多分全然全くこれっぽっちも自覚がないと思うけれど、身体が魔力の大きさに負けてきている。適度に発散させてあとは大人しくしていないとそう長くは生きられないんじゃないかな」
呆れたように言うレオお兄様に言葉をなくす。
え?私寿命短いの?
少しだけ怖くなってお父様を見つめると、「大丈夫だよ。私より先に死ぬなんて真似は許さない」とにっこり笑っていた。
「どういうことだ」
「魔法を酷使した場合と全く魔法を使わせない場合はそういう可能性もあるという話さ。だから、あまり長い時間魔法を使わせることは推奨できない。それがヒュバードへの返答だよ。リオンハルト殿下の魔力パターンはフィンと一緒だ。だから二人の相性が悪いってことはないと思う。だから相手も指定した」
「それではわたくし、魔力発散程度にしかお役に立てませんの?」
「うん。まぁ、長生きしたいならやめておきなさい」
その声音はいつになく優しい。
そして、私は自分が動けるし健康そのものだと思っていたので寝耳に水というやつなんだけれど。
「フィーネがいなくとも、みんながいるんだから任せてもいいじゃないか。君まで死ぬことはない。君を大切に思う人がいるのなら尚更だ」
「嫌ですが」
「い、嫌!?フィーネ…嬢!」
クラウス殿下がそう叫ぶ。
だって、待ってたら居なくなってしまったもの。死ぬ気なわけではないけれど大人しくしているだけなんて、そんなこともう無理だ。
「フィンは強情だからねぇ」
「レオお兄様には負けますわ」
「ほのぼのと話していい話題じゃないと思うのですが!?」
ミーシャお義姉様の言葉に微笑んでみせる。
私だって黙って奪われるのはもうたくさん。だから奥の手をたしかに用意しつつある。
現実では何もなく善意で助けてくれる勇者様なんて居ないのだ。