そして復讐の鐘は鳴る 4
青年の髪に刃が掠めた。それを青年が避けて、その相手をいなし足を思い切り蹴飛ばして宙に浮かせバランスを崩した男の首筋を殴打して沈める。
その様子を玉座に座る男は憎々しげに眺めていた。
「父上、何のおつもりでしょうか」
赤銅色の瞳が男を射抜くように細められる。
自身に若干の怯えを見せたパーシヴァルにクラウスの唇は弧を描く。その様子は冷酷に見えながらも、色気が滲む。
コツコツと音を鳴らしてパーシヴァルに近づいていく。魔法を使って攻撃しようとしたところでそれはクラウスの目の前で霧散した。
「火の愛で子に、そんな火力のない火の魔法が通じるわけないじゃない」
「化け物が…!」
そう言いながら、パーシヴァルはクラウスの母であるアーデルハイドに短剣を突きつけた。
どちらが化け物だ、とクラウスは舌打ちする。
「これ以上こちらに来てみろ」
そう言うパーシヴァルに反して王妃であるアーデルハイドはいつものように美しく微笑んでみせた。
(殺れって言ってそうな顔だな)
そう思いながらも立ち止まる。そんな彼に近衛兵が弓を射掛けた。心臓に刺さるかと思った途端に懐の人形がそれを折り、射掛けた兵士は心臓を押さえて泡を吹いた。
そのまま驚いた様子の彼に追加で射掛けた瞬間、彼らの腕が、足が凍る。
一気に部屋の温度が下がり各方向から悲鳴が出た。
パーシヴァルの足も同様に凍り、自らの魔法で溶かそうとするものの、彼の妖精はどこかに行ったきり帰ってこず、若い時は騒がれたその魔力も彼を助けてはくれなかった。
どうしてだ、と混乱するパーシヴァルに反してクラウスは「遅かったな、友よ」と告げる。その言葉とタイミングを同じくしてパーシヴァルの短剣ごと腕が凍り始めた。
アーデルハイドの周囲をバチ、と雷が爆ぜる。
妻から離れたパーシヴァルは隠し通路より現れたギルバードに剣を突きつけられた。アーデルハイドはアルヴィンとレイの背に隠されて、クラウスの前にはリオンハルトが立つ。
「貴様等、何をやっているのか分かっているのか」
「それをあなたが言うのか、パーシヴァル」
射抜くような瞳でギルバードが問う。
通路の奥の扉が開き、エドワルドに付き添われながら一人の老爺が謁見の間に足を踏み入れた。途端に空気が変わる。
信じられないようにパーシヴァルは目を見開く。
「どうしてここに、父上」
「王が玉座に戻るは当然であろう」
正式に位を渡されていないパーシヴァルは唇を噛んだ。さっさと殺せていれば、という思いが脳内を過ぎる。
厳しく、そして自分よりもギルバードやアーデルハイドを認め、最後までパーシヴァルを認めることがなかったモルドレッド。
兵に捕まったパーシヴァルは暴れるものの、「パーシヴァル」と呼ばれた声でピタリと止まる。
「お前が、お前なりに良い世を築くのであればそれも良いと思っておった。だが、結果的にお前が望むのはお前にとってだけ良い世であって民のための統治ではないことがわかった。お前は王の器ではない」
自らの父の言葉に憤るパーシヴァルは妙な風を感じて地面に転がる金色の石を見つける。兵を一瞬振り切ってそれを掴み力を行使しようとした瞬間だった。
髪が白くなり、身体はどんどん老けていく。細くなった足が身体を支えることができずに崩れ落ちた。
「お前に生きる価値などありはしない」
彼にだけ、そう声が二重に響く。
一つは冷徹に、一つは憎悪に満ちた声。
フィーネは自宅で王城から金色の光の柱ができるのを見て兄がセシルを連れて行ってくれたことと、セシルがあの小石ほどの妖精石を置いてくれたことを感謝しながらそう言った。
祝福の力は彼が奪ったクリストファーへの贈り物に作用し、反転した妖精石の作用を増幅させて生命力を奪い尽くし、力の飽和によって割れて消えた。
手が白くなるほど強く扇を握ったフィーネは流れるオルゴールの音色に耳をすませる。
「お前をのうのうと生かしてたまるものか」
呟かれた言葉に、バベルは悲しげに目を伏せる。せめてその心が安らぐように、とハーブティーを用意した。
それから、少し離れた土地でクリスと同じように透けるような金の髪をもった青年が水晶を見つめる。その美しい緑の瞳は憎々しげにパーシヴァルを見つめる。彼が風を吹かせて妖精石に気づかせた存在だった。
美しく広がる緑の羽根が彼の正体を示しているようだ。
風の妖精王、そう呼ばれる彼は愛で子であったクリストファーの死に対して思うところがあった。
「簡単に殺してやりたくはないが、生きていた方がクリスの愛した人間の害になる」
魂になってから、その痛みを刻んでやろうと彼はゾッとするような声音で口に出した。
その場にいたパーシヴァルの姿を見た人間は震えた。
いつ自分がそうなるかと。
少女と妖精の願いは重なって、一つ復讐を成した。