希望の芽
リオンハルトとリカルドの向かった先には、赤茶の癖っ毛の小柄な青年がいた。
無表情で結界に衝撃を加える様はただ作業をこなしているだけと言った様子だ。
リオンハルトは盾を展開して結界をより強固なものにすると、青年は面倒そうに溜息を吐いた。
そして、彼が気怠げに目を開くと悍ましい植物の魔物がその影より現れる。
「何者だ」
「それを聞いてどうするわけ?」
不快そうに目を細めた彼はそっと青い花のついた魔物を撫でると、それはリカルドをロックオンしたかのように向かっていく。
リカルドはそれを切り捨てると、その隙を狙って触手を伸ばした魔物がリオンハルトの結界に弾かれた。
「ふぅん。まぁ、人間にしてはまあまあか」
「まるで自分が人ではないような言い方ですね」
「は?お前たちと一緒にしないでくれないかな。人間って本当嫌。魔人だか魔族だかも嫌。みんな死んじゃえば良いのに」
彼が憎々しげにそう言うと地面が割れ、そこから牙のついた花が顔を出す。
黒い魔力を纏ったそれらは毒々しい。
グノーシアの力で黒に染められたことから彼は妖精でなくなってしまった存在だった。
かつて、人に……エメルダに気持ち悪いと言われた犬の妖精。それが彼だった。皮肉にも力が増してしまったことで彼は人型となった。小柄で愛らしい容貌をしていたことからエメルダの近くに置かれたが、彼自身はすでに人も魔も同じように煩わしく憎い存在であった。
かといって、魔王に逆らうこともできない。その身はかの男の手によって魔族へと変貌を遂げていたからだ。命令に逆らえば酷い苦痛が彼を襲った。
名前もなく、自由もない。
妖精にとってそれはとても辛いことだった。
元々、妖精とは自然から発生し、好きな魔力を持つ人間がいれば擦り寄り共に生きる。それが良いことも有れば悪いことになるものもある。
悪い方に転んだ妖精が人間に悪感情を抱くのも仕方のないことで、その原因になった魔族にも悪感情を抱く事は当然だっただろう。
だが、それはそれとして苦痛を齎されるのは嫌だから彼らを襲った。
「ほら、逃げないと死んじゃうよ」
黒い魔力は魔物を生み出し、彼はそれをリオンハルトたちにけしかけた。
リオンハルトはそれらの身体の間に結界を作って真っ二つにすると、リカルドは「えっぐ」と小さな声で思わず口に出した。
そういう彼も大地を割って根を落とし、バランスを崩させて剣で真っ二つである。
「君に言われたくはありませんね」
「まぁ、確かに」
背中合わせでそんな事を言い合う二人の元に、「追いついたわ!」という声がした。
「ベル?なんでここにいるんですか!」
「カリオンったらうるさいわね!フィーネからよ」
ぷいとそっぽを向いてリオンハルトに石を渡す。
金と紫が複雑に絡み合う模様のそれからは強い魔力を感じる。そっと魔力を通すと、それはリオンハルトの持つ剣に螺旋状に広がっていった。
それで魔物を切れば、砂のように崩れ落ちていく。
「何だよ、それ……!」
青年は表情を変える。
そんなことができるものがあるなんて知らない。
リカルドはその隙をついて植物を操り青年を捕らえた。そして、リオンハルトが剣を向けると、金と紫の光が彼の周囲に渦を作る。
悲鳴は上がらない。
青年はその光の心地よさに驚いて少しずつその光が当たる方へ歩き出した。
少しずつ、少しずつ。彼は本来の姿を取り戻し、そして周囲に魔物は消えて一体の妖精だけが残る。周囲を見渡してその犬の妖精は嬉しそうに一鳴きすると、リオンハルトに向かってオレンジ色の石を差し出した。
山沿いの方へ妖精は消えていく。
黒い魔力からまるで解放されたかの様子を見て、二人は視線を合わせた。
「フィーネ嬢から詳しく話を聞く必要があるな」
「ええ。……ありがとうございました、ベル」
「私のフィーネはできる子なんだから!」
腰に手を当てて誇らしげに胸を張るベルをカリオンが後ろからどついた。