眠り姫に口付けを
何か、声が聞こえた気がした。
不思議な感じに何かあったのかしら、と首を傾げる。
何も不安はなく、不満もないはずだ。
だってここにはクリス様がいて、ずっと側で笑ってくれるのだもの。
なのに、何をどうして。
「わたくしは、何かを間違えているのかしら」
そっと口に出した言葉に世界が揺らいだ気がした。
そんなはずはない。
だって、幸せが間違いだなんてそんな事、考えたくもない。
「いいや。間違いだよ、フィー」
その声が聞こえた瞬間、周囲の景色が歪んで弾けた。
何もない、ただ白いだけの場所に立つその人に、忘れてしまっていた辛い事や悲しい事を思い出す。
ベルが抗議をするように私とその人の間に立った。
「なんでフィーネを起こそうとするの?私はちゃんと、ここで幸せを夢に見せていたのに!」
悲鳴のような声だった。
あなたのいない世界が苦しすぎて、夢に閉じ籠ってしまった私をベルは必死に守ろうとしてくれていたのだろう。
「うん、そうだね。けど、フィーはいつまでもここに居てはダメなんだ。だって……僕と違って彼女は生きているんだから」
そこに立つクリス様は悲しそうにそう告げた。
ぼろぼろと涙を溢すベルに「ごめんね」と言って私に手を差し伸べる。恐る恐るその手を取ると、立ち上がらせて抱き締めた。
「帰って来れなくてごめん」
その言葉に、偽りかもしれないその温もりに涙が出て止まらない。
そんな言葉を聞きたかったわけじゃない。
「わたし、は」
何を言いたいのかも整理が付かないまま、唇が唐突に重なった。
驚いて目を見開いて、それから彼に身を委ねるようにそっと瞳を閉じる。
「どんな手を使ってでも、君が欲しかった。その権利を手に入れたかった。それを後悔はしていないよ。心から君を思っていた」
「クリス様……」
「君に恋した事を後悔なんてしない」
クリス様はそっと指先で私の涙を拭い、頬に手をあてる。
「君は、そうではないの?」
「わたくし、わたくしは…ただあなたに笑っていて欲しかった。生きていて、ほしかった」
「うん。そのために頑張ってくれたね」
「わたくしも……どうしてあなたを好きになった事を後悔できましょう?今だって、こんなに」
こんなに、あなたが愛しいのに。
そう言葉にすると、クリス様は私を抱き締めて「悔しいなぁ…」と呟いた。
「せっかく君が心をくれたのに、僕はもう君の隣に立てない」
「けど、」
「ダメだよ、フィー。僕の可愛い人。君は帰らないといけない」
ここでなら一緒にいられると思った私の弱い心を、彼は叱咤する。
「忘れないで。僕は君の幸せを心から願っている。生きて」
瞳がかち合う。
酷い人。生きて、なんてそんな。
「君の未来だけを、僕は願ったんだから」
最期に向けられた微笑みを、私はきっと忘れる事はないだろう。