その茨が消えるまで 10
グノーシアと戦うことは一応想定していたものの、彼らは出会うことなくグレイヴ公爵領へと辿り着いた。
領地に踏み入れた瞬間、空気が清浄なものへと変わった事を感じた彼らは一瞬目を合わせた。
「フィーネ嬢の作った魔道具ですか?」
「はい、あの子がクリストファー殿下を待つ間少しずつ作ったものをこちらに送っておりました」
娘を誇りだと言うギルバードにレイも頷いた。
引き篭もりがちであったフィーネではあったが、昔からバベルのこともあってか、福祉的な活動には多少関わることがあったため、フィーネが作った魔道具と聞いたグレイヴ領の領民や働いている人間達も進んで魔道具の設置を行なっていた。
数多く必要であったそれを、ほとんど一人で賄ったフィーネの魔力量。
(あの父が目をつけるわけです)
クリストファーに渡すのが惜しくなって、結果的に死んでも良いなんて思ったのだろうと容易に想像がついてしまった。パーシヴァルにとって女という生き物は自分の子という名の道具を生み出す胎でしかないのかと考えると苛立たしさが増す。
グレイヴ領に入ってからは魔物などに遭うこともなく順調に進み、その屋敷にたどり着いた。
リオンハルトはこの場所に来るのが初めてであったが、きっとフィーネが元気であればもっと明るい雰囲気なのだろうと思う。
ギルバードが扉を開けば、バベルが出迎えた。
「フィンの様子は」
「お変わりありません。ただ…とても穏やかな寝顔でいらっしゃいます」
表情が抜け落ちたようなバベルはギルバードに「今はリズベット様が見ておられます」と告げる。
リズベットはフィーネの結界に弾かれなかった一人だ。幼い時から面倒を見ていたため、家族のような感情を抱いていたのだろうとディアナは考え、交代で面倒を見ている。
リオンハルトを連れて、フィーネの部屋へと向かう。
リオンハルトがその部屋に入った瞬間、カリオンがそっとフィーネに近づく。
「……うん。入れそうです」
「よかったです。干渉はできそうですか?」
「可能だとは思いますが……」
難しい顔をするカリオンに、「とりあえずこれをフィーに渡して欲しいんだけどよ」とセシルがひょっこり顔を出した。
「なぜリオンがそんなものを渡さなければならないんです?」
「いや、クリスの形見だぞ。フィーも要らないとは言わねぇだろ」
「貸してください」
セシルから妖精石を受け取ると、リオンハルトはフィーネ自身の妖精石でできた繭のようなものの中に手を入れた。
抵抗なくその中に入ったリオンハルトにディアナは目を見開く。
そっと枕元にクリストファーの妖精石を置いて、フィーネの手を握った。
魔力をそっと、願うように彼女に循環させる。
「帰ってきてください、フィーネ嬢。私の光」
祈るような言の葉に、クリストファーの遺した妖精石が淡く光を放ち、彼女の中へと光は吸い込まれていった。