その茨が消えるまで 9
アルヴィンがびぃびぃ泣くし叫ぶし、構え構えと膝の上を占領する妖精王の世話を虚無顔で頑張っていた頃、王城は更に混沌を極めていた。
側妃ソフィアが行方不明になったのである。
王は王妃に詰め寄ったけれど、彼女は「知りませんわ」と呆れたように言った。
「姿を変えているだけで王城内にはいるんだが。格好を変えたくらいで気が付かないなんて陛下は目が腐っているのか?」
「まぁ。クラウス殿下は辛辣でいらっしゃるのですね」
ほわほわと笑っていれば、やはりどこか兄と似ているなと侍女の服を着たソフィアを見ながらそう思う。
そう、ソフィアは服と髪型と化粧を変えているが、王妃アーデルハイドの侍女として普通に側にいた。アーデルハイドは久しぶりに楽しそうに笑っていた。
クリストファーが居なくなって悲しんでいるのは何もクラウスたちだけではないのだ。
「息子を失った母親の気持ちも理解できぬのなら、父親なんて必要ありません」
そう言って微笑んだアーデルハイドも目に映っているものは憎悪であった。
美しい母にそっくりな弟は、思っていたより愛されていたらしい。
王妃の実家もそれなりの権力を持っていたものの、アーデルハイド自身の怒りによって徐々に権限を失いつつある。
祖父がクラウスに面会を求めてくるが全て断っている。クリストファーに対してやっていたことを許容できない。
「わたくしも陛下が右往左往している様子は胸のすく思いですけれど」
そう言って微笑むソフィアにリオンハルトの怒っている時の笑顔を思い出して、クラウスは無意識に腕を摩った。
ちょっと、いやかなり、好きな女の子の笑顔が恋しかったりする。フィーネは良くも悪くも腹芸の苦手な少女であった。
「ところで、あなたにはこのまましばらく母上と一緒にいてもらうことになっているがそこは大丈夫だろうか?」
「ええ。最近ではわたくし達、とても仲が良いのですよ?」
(ああ、うん。父上を引き摺り落として一回地獄を見せてやりたいっていう話をしているのだったか)
それは良かった、と返事をしながらリオンハルトに聞いた内容を思い出した。人間は往々にして共通の敵がいると結託する事が多い。
こんな時にアルヴィンは妖精王に攫われてしまったし、レオナールはエーリヒで遊んでいるらしいし、困ったものである。とはいえ、アルヴィンに関しては本人のせいではないので何とも言えない。
(それはそれとして、王宮内の統率はある程度しておかねばな)
幸いにも。
ギルバードの協力で多くの貴族は王ではなくクラウスの方へ関心を寄せつつある。
今まで考えられなかったようなちょっとした失敗を繰り返しているパーシヴァルであるが、それは仕方がないことだろう。
光の妖精石を使ったアミュレットの逆転反応だけではない。愛し子二人の感情に引っ張られた光の妖精やその長も何かをしているらしい。
元々が簒奪したようなものの王位。であれば求心力が落ち込めば、さらに焦りが増すだろう。
最近では、宝物庫の奥にあった封印されし秘宝の一つをパーシヴァルが使用したということも調べが付いている。
(周囲を馬鹿にしすぎたな)
絶対に使用してはいけないと言い伝えにあったものを解放してしまったのだ。
最近では火の妖精王がクラウスを監き……保護したいと申し出てくれているが、クラウスは中央の掌握をしたい、と火の妖精王へと申し出て、その情熱に感動したらしい彼女は「リオンハルトから渡された不気味な人形を身につける」ことを前提に、何かあったら王を燃やすと宣言して去っていった。
ペレストが良くも悪くも、魔法使い本人の感情を優先させる性質からこれが叶ったが、アルヴィンは死んだ魚のような目で日々マリンの相手をしていた。
「それにしてもあの人形、そんなに凄いものなのか?」
ソフィアが帰った後にそう呟く。
改めてそれを見たクラウスはどこをどう見ても呪いの人形のそれを静かに懐に戻した。見えなければ気にならないはずである。
胃薬常備の王太子。