その茨が消えるまで 8
妹程ではないけど不憫なお兄様
「ダメ!絶対ダメ!!アルヴィンが死んだらこの国くらい水の底に沈めてやるんだからぁ!!」
えぐえぐ泣きながら物騒な言葉を叫ぶ幼女をあやしながら、こういうのは苦手なのだがとアルヴィンは溜息を吐いた。
そもそも彼は身近な人以外の我が儘は苦手である。アナスタシアの我が儘は国から離してしまうしな、というところで許容しているところがある。
青い髪に珊瑚の髪飾り。瞳は濃紺。
昔の妹が着ていたようなふわふわの愛らしいドレスがよく似合うその少女はどこからどう見ても幼女だ。
領地内の泉を根城にしていることは知っていたので場所がわかるのは結構だが、彼女の権能のせいで海底のような空間になっている。普通の人間にとっては清らかな泉以外でなくとも、アルヴィンにとってはもう一つの海であり、水の妖精たちにとっては楽園である。アルヴィンは人間なので彼女の許可なく外に出れば普通に戻れぬまま死ぬ。
妖精王マリン。
どこからどう見ても可愛らしい幼女である彼女は水の妖精の長である。幼少時のアルヴィンを「まぁ!なんて美しい子なの!!」と泉に引き込んで、無理矢理愛し子にした彼女は、その後もアルヴィンに協力してくれているが、マリンはアルヴィンが心底好きなので死ぬ危険があると知って外には出せないと泣き叫んだ。
アルヴィンは何かと我が儘な女の子に好かれる節があった。
「いえ、妹をどうにかしてやらないといけませんし……」
「そんなの、あの無色の子と赤い子に任せていれば良いのよ!」
キッと睨む少女は可愛らしいけれど、その恐ろしさも知るアルヴィンは溜息を吐いた。なんかもう交渉できる気がしない。
アルヴィンにとっては大切な妹の一大事であっても、マリンにとってはそんなこと関係ない。アルヴィン以外は有象無象らしい。
仕方なく、彼はマリンと共に情報収集と人材派遣に努めることにした。
だけれど、婚約者に手紙を送ろうとしたら「なんでアタシの許可を得ずに婚約してるのぉ!!」とまたギャンギャン泣き出した。抱きしめてよしよしと頭を撫でてやっているが、アルヴィンの顔は虚無である。
妹が二人いた彼だけれど、こんなに我が儘でもなければヒステリックでもないのでちょっと辛かったりする。
しかも婚約者からの手紙に妖精王宛に一筆入っていて、「アタシのアルヴィンを我が物面してぇ!!」とマリンがキレ散らかした。我が物面も何もアナスタシアからすれば我が物そのものである。
アルヴィンは静かに胃の辺りを摩った。
(フィンではないが、なんかもう父上に助けて欲しい)
自分まで苦労をかけたくはないので口には出さないが、アルヴィンは心労と戦いながらこの場からできることを始めた。
「アルヴィンはどこからこんなに情報を送ってくれているんでしょうか」
ギルバードやレイ宛に飛んでくる数々の水の妖精たちを見ながら、リオンハルトはそう呟く。
レイのところにはたまに弱音というか愚痴というかそういうものも混ざっている。レイはそっとそういうものは焚き火に焼べていたりする。妖精王の挙動とか別に知りたくはないし、アルヴィンもレイなら黙殺してくれると思って送っている。
「妖精王マリン様がアルヴィン様を危険に晒したくない一心で各地から情報を集めてくださっているようです」
「それで、アルヴィンは?」
「妖精王様は事態が収拾するまで返さないおつもりのようです」
リオンハルトの中の妖精王はルミナスが基準となっているので、「まぁ、妖精王様は慈悲深い存在のようですしね」なんて口に出したが、レイはちょっと誤魔化すように微笑んだ。
知らなくて良いこともあるのである。