その茨が消えるまで 3
捕まった男の名はエーリヒ・ハルヴィン。
ハルヴィン伯爵家の嫡子であった。
騎士団団長の父を持つ彼は、リオンハルトの側付きであったが、ある日そこから外された。
母親であるオリヴィアが父であるウィリアムに頼んでも彼は戻ることが出来なかった。
なぜなら、彼はリオンハルトの側付きであったにも関わらず彼を邪魔に思う第二王子の派閥の者に頼まれて何度か側を離れているからだ。
「もう来ずとも結構ですよ」
リオンハルトにそう笑顔で言われた時のことをエーリヒは屈辱に思う。
たかが側妃の子。死んでも喜ばれるだけの子。
それなのに自分ではなく向こうが切り捨てた。
父は父で「仕えるべき人間を危険に晒すとは何事か!」と怒ってきた。
唯一の跡取りであるはずの自分が、スペア如きを危険に晒したところで何が悪いのだろう。
その的外れな怒りをバネに彼は騎士団でのし上がっていった。
リオンハルトを危険に晒したことは母の実家が金をばら撒いて隠蔽したお陰かエーリヒは順調に出世を重ねた。実際に、リオンハルトの暗殺未遂などで腹を探られたくなかった連中の多さもあるだろう。無かったことにした方が都合が良かったのだ。
そんな中で、彼は王直々に呼び出しを受ける。
「我が息子、クリストファーが持つ国宝とも呼べる魔道具を余に献上せよ」
いわば王命である。
王はそれが手に入るのであればクリストファーの生還の有無は問わないと言った。
だから責められるはずがない。
そのはずだった。
「ウグアァアアアアアア!!?!??!」
水色の髪を柔く結んだ青年が、柔和な笑みを浮かべながら爪と指の間に氷を差し込む。
一本一本、甚振るように。
エーリヒが怨嗟の声を叫ぼうが、失禁しようが、彼は優しくすら見えそうな笑みを浮かべたままである。
「それで、その時あなたはどうしたんですか?」
エーリヒの身柄はライナルトからレイに引き渡され、彼はゆっくりとエーリヒを甚振っていた。
なるべく急げとは言われていたが、急いている事を彼に悟られればまた鬱陶しく喚き散らし余計な手間がかかることは容易に見当がついたので、「こちらはいくらでも時間がある」と言うように爪をゆっくり剥いでいる。幾つかの指は凍傷になっているかもしれないが、最終的には殺しても良いと主人より承っている。それ故に彼は「次は骨を折るか皮膚を削るか」と思いながら尋問を続ける。
ハルヴィン伯爵は今回の件で完全に嫡男と妻を見限っている。おまけにオリヴィア夫人の実家は明日にはこちらに構っていられない状態になるだろう。
義に厚いあの男からどうしてこんなポンコツが出るのだろうか、と一瞬だけ思ったが、その辺りの素養は次男に出たのだろうと結論付ける。
「王命」。
きちんとした命令書や目撃者がいれば良かったのだろうけど、彼が受けたのは密命。
要するに彼はすぐに切り捨てられる蜥蜴の尻尾だ。
かつての学友の息子すらその扱いだと言うのだから、恐ろしい。
(まぁ、証拠なんて直ぐに出てきてしまったんだけどね)
面白いくらい材料が出てくる辺り、「幸運の低下」という光の魔法の逆転反応は確実に周囲を蝕んでいるようだ。
「生命力の吸収」までの逆転反応が出てしまえばおそらくもう助からないだろう。助からなくても構わないが。というか、ここまで来たら早々にそれで消えてくれないかなぁなどとレイは考えていた。
クリストファーという少年のことに関しては正直言ってレイにとっては全くもってどうでもいい存在である。けれど、フィーネは別だ。
仕えるべき主人の娘であり、その次代の妹であり、心優しくわがままな愛すべき少女だ。
内心で舌打ちしたいのを隠しながら笑顔でゆっくり爪を剥いでいると、足の爪を2枚剥がした辺りで己の行いを自白し始めた。
──意思まで弱いのか、この愚か者は。
そう蔑みながらきちんと魔道具で録音をする。水晶の奥ではきっと、レオナールが更なる苦痛を味合わせる方法を吟味していることだろう。
その翌日、オリヴィア夫人が実家と共に行っていた悪行や浮気の判明により、彼女たちは彼らの思惑通りにエーリヒなんかに構っている暇はなくなった。
ハルヴィン伯爵は居なくなった息子を「行方不明」「犯罪に関わった可能性がある」として廃嫡と貴族籍の抹消の手続きを行う事になる。