夢の中でなら
「ここは…?」
周囲を見渡すと光が差す我が家のお庭。
さっきまで私はとても悲しい話を聞いていたはずなのだけれど。
「思い出せない……?」
僅か数十分ほど前の記憶が自分の中から消えているようだ。
どういうことかしら、と首を捻っていると「お嬢様、またこんなところに」とため息混じりのバベルの声が聞こえた。
「もう婚約が決まるのですよ。無防備に一人で行動なさらないでください」
「一人でって…自宅のお庭よ?」
「何があるか分かりませんから」
じとーっとした目で見られて苦笑しながら「わかりましたわ」と返すと、軽く微笑んで「そうしてください」と言われた。
「それにしても、婚約って?」
「……やはり体調でも悪いのですか?あんなに楽しみになさっておられたのに」
怪訝そうな顔でそう言ったバベルだったが、「体調は悪くなくってよ」と返すと表情を戻した。
「それならば良かったです。クリストファー殿下にお風邪を移すわけにも参りませんし」
「クリス、さま……?」
「ええ。早く会いたいともう到着しておいで……お嬢様!?」
名前を聞いて私は意味も分からず駆け出した。
会いたい、会いたいという気持ちだけが先走る。
応接間に向かうと、私を見て幸せそうに笑うクリス様がいた。
「こんにちは、フィー。会いたかっ…」
挨拶をする余裕も私にはなく、クリス様の胸に飛び込んだ。
「会いたかった。……ずっと、ずっと」
私の様子に驚いたのか、一瞬クリス様は困ったような雰囲気を出したけれど、私の顔を持ち上げて優しく微笑んだ。
「僕も会いたかったよ、フィー。これからは、ずっと一緒にいよう」
なんて幸せで、どうしてこんなに胸が苦しいのだろう。
まるで夢のような言葉に私は「はい」と小さな声で頷いた。
悲しいはずではないのに、涙はずっと流れていた。クリス様は「嬉し泣き…だと思っていいかな?」と耳元で囁く。
これが現実なら永遠に続いて。
夢ならばどうか覚めないで。
「好きです、クリストファー殿下」
あなたがいない日々になんて、私の幸せはないのだから。