願い星 燃えて、流れて、そして 8
残されたエドワルドのことなんて興味がないと言うように、グノーシアはそのまま帰って行った。
震える体を叱咤してエドワルドはクリストファーに近づいて、微かに息をしていることに気がついて彼を背負った。
そんな中、パラパラと雨が降り始める。
「合流地まで行けば光の魔法使いが手配されているはずです!帰りましょう!」
走りながら必死に叫ぶ。
流れる血のせいか、それとも強くなってくる雨のせいか。どんどん弱くなっていく鼓動と、なくなっていく体温。
それでもクリストファーを励まして、あるいは自分を鼓舞するかのように話しかけ続ける。
帰ったらあなたの愛する方の元へ行きましょう。
帰ったら婚約発表ですよ。
兄君に伝えたいこともあると言っていましたね。
力の抜けていくクリストファーの身体は雨にも濡れて酷く重い。
それでも、彼の盾にもなれなかったことを悔やむように必死に走り続けた。話しかけ続けた。
「エド」
「殿下、もう少しすれば」
「もう、いいよ」
弱々しくもはっきりとした言葉に立ち止まる。
「僕…は、助から……」
「そんなことあるものか!!そんな事があっていいはずがない!!」
そう叫ぶエドワルドの声は悲痛だった。
「好きな女を望むのがなぜ悪い!何かを強く願うのがなぜ悪い!!思い合う二人がなぜこんな事で引き裂かれなければならない!!こんな結末、認めない……俺は、絶対に認めない!!」
その幼馴染の声にクリストファーは「ふ…」と笑いを漏らした。
そうだ、自分の信頼する男はこういう人間だった…というように。
「ダメ、だ……もう。だから、…託し…」
話の途中で咽せたクリストファーの口から出たのは血だった。
もう話すな、と言おうとするエドワルドの言葉を遮ってセシルは「…降ろしてやれ」と言う。
「魂が離れかけてる。もう、それこそフィーが居ても助かるか分からねぇレベルだ。並の魔法使いが癒せる状態じゃねぇ」
「やってみなければ…」
「分かる。俺がお前らよりどんくらい長く生きてるって思ってるんだ!!」
妖精は自然の中に発生する超常的な存在だ。この世界では人と共に生きる妖精も多く、一人一人に専属の妖精がつく。
しかし、そうでない妖精もいる。気に入った人間のいない妖精は自然界でのんびりと生きる。時に気まぐれに人を助け、時に悪戯をする。
基本的には長い時間をかけて成長した結果、段々と人に近い姿を形取る事が多い。
それ故に、人の形を取るものは元々の力がとても大きいか、長寿のものとなる。
ベルは前者、セシルは後者だった。
ゆっくりと大きな木の根元にクリストファーを降ろすと、その前に跪く。
「エドワルド、グノーシアという男のこと国に伝えよ」
それと、と続けられた言葉にエドワルドは震える声で「はい、必ずや」と返す。
「帰れなかった事は残念だけど、看取ってくれるのが友であるのならば、まだ救いがあるだろう」
「俺はあなたを守れなかった、帰せなかった。どのような咎も」
「咎など、ないよ。ああけれど、フィーに……彼女に、どうか末長く幸せに、って伝えて……」
そう、言葉にして彼は力尽きる。
深い森に、エドワルドの嘆きの慟哭が響く。
「クソ!クソォォォォォ!!王よ…!!お前は何のためにある!!それは…息子を!我が友を犠牲にしていいものだったのか!?」
クリストファーの亡骸を抱きしめて、彼は夜が明けるまで泣き続けた。
朝になると、彼はそれを抱きしめて歩き出す。
エドワルドはクリストファーが冬の間、大切に作っていた妖精石をセシルに託した。
その日、彼は邪悪を打ち倒すほどの力がなければ願いは叶わないと知った。