兄の憂慮2
金色の髪がふわりと舞う。
彼の好きな少女には蜂蜜のように甘やかに見えるその瞳は、今は獰猛な獣のような光を見せていた。
フィーネという少女が自分を選んでくれなかったのは残念だけれど、彼はそれでも構わなかった。
彼女が幸せに生きていくことがリオンハルトの望みだ。
彼女に命を助けられてから、リオンハルトにとっての光はフィーネという名の愛らしい少女である。
彼の辛く厳しい冬のような人生に春を運んできてくれた愛しい人。
彼女が幸せになるのならなんだってできるし、やろうと思っていた。
だというのに、実の父親がそれを邪魔する。
「今日も素晴らしいお力ですなぁ、殿下!」
「そうですか」
「それでなのですが、私めの娘が一度…」
「次にその話題を出してみなさい。どんな手を使ってもここにいられないようにしてあげましょう」
感情の籠らない声音に、細められた目が不快感を訴えてくるようだ。
その生まれ持った環境からか、それとも弟との仲が改善したことによって擦り寄ってくる連中が増えたからか。
リオンハルトは身近な人物以外の他人に興味が持てない性格になっていた。それどころか、若干の嫌悪すらある。
(悪い意味でそういうところは父親似なのでしょうが……)
その言葉に一旦は引いた神官だったが、その目には野望が透けて見えるようだ。
彼らが気が付いていないだけでリオンハルトは各貴族の弱みなどをそれなりに握っていた。彼が婚約を避けることができていたのにもそういうわけがある。
潰そうと思えば潰せる──その意味を察した貴族はリオンハルトにそういう目的で近づくことを徐々に諦めていった。
だが、こうやって諦めの悪い者もやはり居る。
曰く、現王陛下は恋に狂った男である。
そうであるならば息子だってそうだろうと彼らは思い込んでいる。
(そもそも、前提が間違っている)
隠れて向かった先で、クリストファーの荷物の中に結界を作る魔道具を用意しながらそう思考する。
自分が関われば、より楽しそうにそれを踏み躙る父が予想できた。
パーシヴァル・リディアは恋に狂った男ではない。
あれは、たった一人の男を屈服させたいという歪んだ感情で狂ったのだ。
ギルバード・グレイヴ公爵。
彼は優秀だった。
優秀過ぎた。
だからこそ、比較し、妬み、憎んだ。
ギルバードはパーシヴァルのライバル心にも、憧れにも興味を持たず、ただ未来の王という形で接した。
だが、それを不服としてパーシヴァルは多くの問題を起こした。
彼が側妃ソフィアに手を出した理由が、魔力量がディアナよりも大きかったからであることを知る人はそう多くない。おそらくギルバードですら本当には理解していないだろう。好きになったから無理矢理に妃にした、そう思っているだろう。
魔力量だけはリオンハルトの母がその世代で一番だったという事を知る者は少なかった。
アーデルハイド・ネフィリウム。
当時最も優秀だった公爵家令嬢が婚約者だったパーシヴァルは彼女の能力を愛していたけれど、彼女自身を愛していたわけではなかった。彼女は心から彼を愛していたけれど。
魔力が高い。
それだけでソフィアはパーシヴァルの毒牙にかかった。かつての婚約者だった男は今もなおソフィアだけを思っている。
婚約破棄騒動を起こしはしたものの、パーシヴァルからは現王妃であるアーデルハイドが自分から離れるわけがないという傲慢さも垣間見えたという。
(何としてもギルバードに勝つものが欲しかったというのは分からなくはないけれど、伴侶や子供で勝ったって仕方がないでしょうに)
結果として生まれた三人の王子が妖精の愛で子となったものだから、彼の意識は変わらずそのままだ。
リオンハルトとしては、魔力量や能力で妖精たちが自分を選んでくれたわけではないように思うのだけれど。
「さて、私にできることなんてそう多くはありませんが」
彼女を苦しめるような国なんてどうでも良いのだけれど、とリオンハルトは溜息を吐く。
国も父も、自分を助けてなんてくれなかったが、一人の少女は損得なしに自分に手を差し伸べて微笑んでくれた。自分の世界を変えてくれたたった一人の女の子を守りたいと願う。
その願いと、弟の無事を祈って彼は雲のかかる月を見上げた。
リオンは教会の連中が自分たちが必死に制作・設置している魔道具を掠め取っている事に勘付いているから彼らが嫌い。
機会があれば潰してやろって思ってる。