兄の憂慮1
しばらく第三者目線です。
王太子クラウスは王である父に掛け合ったが、クリストファーの遠征視察は覆ることはなかった。
確かに恋愛で遅れを取った事は悔しくはある。だが、弟に死んで欲しいだなんて思ったことはない。
自分程度の功績や能力なんて、クリストファーが生きてさえいれば普通に用意ができる。そのはずだった。
性急に物事を進める王への不信感は募るばかりだ。
クラウスはアルヴィンに父を探れるか、と問う。
「クリストファー殿下の遠征にはおそらく間に合いませんが、こちらでも探らせてはおります」
読めない表情と声音で淡々と告げる近臣に「そうか」と思いの外落胆した声が出た。それにアルヴィンは眉間に皺をつくった。
「殿下。今は勝負時です」
「分かっている。外では上手くやるさ」
苛立ちを鎮めるように少しだけ目を閉じて、次に開いた時の瞳にアルヴィンは表情には出さずに少しだけ驚く。
強い意思の込められた赤銅色の瞳が一瞬だけ燃える焔のように見えた。
「こちらからは手が出せない。下手に動いて、俺がクリスを妬んで殺したと疑われては洒落にならん。そうなれば余計な危険を呼ぶ」
「私たちもいくつか手を打ってみます」
「任せる。…母上の実家に関しては俺も舐められたものだ。クリスよりも扱いやすいと思われているようでな?」
「それは見る目がない」
「こちらは……あぁ、任せられるやつに心当たりがある。心配せずとも良い」
クラウスは執務室の窓から外を見る。
もう秋から冬に移り変わろうとしている。
季節も狙ってのことだろうか、と考えるとさらに苛立たしさが増す気がした。
「恋のために、力を欲する俺をお前は父と同じ愚か者と蔑むか?」
「いいえ」
クラウスの問いに即座に否定の言葉を返し、アルヴィンは口角を上げた。
「アプローチの仕方と他者を思いやれる思考と理性があるのならば、それは愚かとは呼べないでしょう」
その答えに苦笑しながら「そうか」と言った途端にアルヴィンの背後に数人分の死体が落ちる。一つの苦悶の声だけが残り、気配がスッ…と消えた。
すぐに靄がかかってその死体も掻き消えて、二人は「かかったな」と目を合わせた。
城にクラウスの動かせる手駒は少なく、今回潜んでいた人間も彼の動きを掴み、制するためのものだろう。
「凡愚には優秀な影は向かわせなかったようだよ、アル」
「優秀でないのならいくつか情報も取れましょう」
防音の魔法を使ってはいるから人を向かわせざるを得なかった部分もあるだろう。
クラウスの自由になる影もいない。
しかし、アルヴィンはまだクラウスの近臣として側に置かれているし資格を剥奪もされていない。公爵家の影もいる。
時折、アルヴィンを連れ去ろうと考える人間もいるようだが、比較的多い4属性の妖精のうち水の妖精は彼に危害が加えることを許さない。
「まぁ、それでもアルを離したりはしないだろうね。フィンを奪われた時の君たちの顔を見たがっているようだし」
「返り討ちにしてやりますよ」
しれっと言われた言葉に少しだけ、クラウスは楽しげな笑みを見せた。
クラウスの「私」はよそ行き。本来は「俺」。