与えられた悪意
「セレスティア帝国との国境。そこの視察を命ずる」
楽しそうな父親の姿を見てクリストファーは内心で舌打ちをした。
ますます激しくなっていると聞く魔族と名乗る者との戦争に自分を駆り出そうとしているようだ、という事に思い至ったからである。
(下手をすれば生きて帰れないな)
きっと、王家の人間が自分たちをどこからか監視しているだろうという事は分かっていた。だが排除したいと思われるほどのことをした覚えはない。
少なくともこの男の察知する範囲内では。
(となると、僕達の想定以上にフィーを求めていたか、ギルバードをコケにしたいか)
両方の可能性もある。
王子だからこそ、その命令には逆らえない。
逆らった瞬間、フィーネから遠ざけられることを察してクリストファーは命令を受けざるを得なかった。自分に足りなかった功績が手に入るチャンスだという一面もある。
──どうしても欲しいものが、初めてできた。
思いを返してくれた一つ年上の女性の笑顔を思い浮かべる。照れたような、愛らしいその表情で他でもない「クリストファー」を求めてくれた彼女。
例えばその相手が兄にであっても渡したくはないと思ってしまった。
「今回は諦めて、次回のチャンスに備えた方が良いのではありませんか?」
「あの男が、次回なんてくれると思うのか?」
自分を思って言ってくれていると知りながらクリストファーがそう言うと、侍従は唇を噛む。
戦場で死ぬか、ここで死ぬかを選ばされたに過ぎないのだ。
何故かは分からないが、パーシヴァルはクリストファーを死んでもいいものと判断した。
分かることはそれだけだ。
それにきっと、ギルバードがどう動くかまでは予測していないが、愛娘の恋のために彼が行動するだろうことへの嫌がらせも含まれている。
「僕が死ねば、ギルバードが悔しがるだろうと踏んでいるんだろうね」
そうなるつもりは毛頭ない。
「どちらでも良い」、そう考えているだろう父親である男。
「……賭けになるな」
向こうで死んで王が嗤うか、生きて帰って彼女を手に入れるか。
全てを失うか、全てを得るかの二つにひとつ。
それがクリストファー・リディアに与えられた試練だった。