箱娘ギルド
「ガヤガヤ……ワイワイ……ワイワイ……ガヤガヤ……」
箱娘ギルド……そこは酒場……というより、少しアンティークなカフェのような場所だった。看板にも『箱カフェ』と書かれている。その場所に、少女たちは居た。
「………………ちょっとメルル」
「ガヤ?」
「そのさ、人がたくさん居てにぎわってるって感じの擬音……やめなさいよ」
「ワイワイ?」
「私たちしか居ないでしょ!」
「うにゅ~~~~だって寂しいじゃんっ寂しくないの?エリたんは」
「逆にでしょ!逆に寂しいでしょ!そんな疑似ガヤは!」
「ここには私たち5人、メルルにリオナにクロエにシフォンさん……そして私、エリカの5人しか居ないのよ?もう現実をみなさいよ」
「う~~ん切なか~切なかーね~」
なるほどそこは、さほど大きな店ではなかったが、5人だけではいくぶん広すぎる部屋だった。
「シフォン姉さまー、ここって前はもっとたくさん居たんだよね?」
「ええ……おそらく……」
「そか~ここがまた、にぎわう日が来るんかね~」
「来ます!来ますとも!来させなくっちゃ!」
「だよねー、だけど……アイツ、あの男子、いつになったら来るのやら~ほら、もうリオナちゃんってば戦いたくってうずうずしてるし!」
「し、してませんよ!わ、私は……こ、怖いの苦手なんですから!」
「へ?剣士なのに?」
「剣士でもです!」
「戦いになると目の色変わるのにねー」
「エリカさんまでヤメテください!」
カランカラ~~~ン
その時、ドアが開くベルの音が聞こえた。
「え?」
「あっ」
「わぁっ!」
そこには誰かが立っていた。
「え?誰だしっ あんた何者だし!」
しかし、その姿はまるで背後から太陽が指しているように影になっていて見えなかった。
「・・・・・!!!!・・・・・?・・・・・・・・???」
「えっとー、影の人~あんた、何言ってるか分からないし、てか何者?だし!リオナ!斬っちゃいなさいよ」
「え?いやいやいや無理ですよーこんな黒くて顔がなくて得体がしれないモノなんて斬れませんよ~~~」
「で、でも……これって……領主様(仮)だよね?」
「う、うん……でもでも……なんで顔ナシ、言葉ナシなの?これ???」
「もしかしたら……まだキャラ設定ができていないのかもしれませんねえ~」
「あー、じゃあまだまだってことかな?」
「そうですねえ……出直してもらうしかなさそうです」
少女たちが諦めたような表情を見せたからなのか、その影は激しく首を振りながら、また何か伝えようと口を動かした。
「・・・・・!!依頼……が……ある……んだ」
「お?おおーーーーーーっ!【依頼】キターーーっ」
「姉さま!【依頼】ということは!」
「え、ええ……でも……なんででしょう?こんな不完全な状態なのに……」
ガラガラガラガラーーー
5人の箱娘が高揚と混乱にガヤっていると、カウンター奥の扉が開いた。
「あっ!ジルゥ〜ひっさしぶりーーー相変わらず決まってるねー、そして帽子!曲がってるねーっ」
「いえ、あ、ハイ」
そこにはキッチリした制服姿の……それでいて帽子は少し曲がってかぶっている少女が立っていた。
箱庭案内人のジルだ。
「あらためまして皆さん…………【依頼】です」
「うぉおおおおおおーたぎる!たぎるねえ〜リオナっちゃん!」
「い、いやあ私は別に…………で?ジルさん……この人が……やはり……」
「あー、そうでしたそうでした!さあ!ハルトさん!【依頼】を!」
ジルが大げさな身振りを影に向けた時…………
シュワンッ
と、その影は消えてしまった。
「あ………れ?れれれ?どーした?どーした???ハゲト!カゲトだっけ?」
「ど、どうしたのでしょう?ジルさん……」
「おかしいですねえ〜私のサンドウォッチによると、まだまだ1分は残っているハズ!おそらく彼は…………オッチョコチョイですね!」
「え?」
「タイマーを2分とかに設定したのでしょう」
「えええええーーーーっ!じゃ、じゃあ【依頼】は????」
「こ、このままだと……私達の時間が……………」
「そ、そうですねえ…………仕方がありません!今回は特別に私から【依頼】内容をお伝えします」
「おおーーーっジルジル使えるゥ〜」
「ハイっ!今回の【依頼】はーーーコレです!」
---------------------------------------------------
【依頼】
---------------------------------------------------
*獣魔討伐*
北の林道を抜けたあたりで失踪者多数あり。家畜も同じ場所で姿を消している。
付近に獣魔のものと思われる痕跡を発見。獣魔による襲撃と思われるため、これを討伐してほしい。
ただし、いずれの場合も死体は発見されておらず、生存者があれば救出を優先のこと。
---------------------------------------------------
「おお、楽勝じゃん楽勝!あそこじゃあモンスターというより獣じゃない?ジャイアントベアーとかさ」
「エリカさん……そうでしょうか……」
「そうよそう!そうに決まってる!なんなら一人でOKなんじゃない?リオナ一人で!」
「いやいやいや、私一人なんてムリです。ムリムリムリムリ」
「クマたんなら~~~ウチ行く~~~~クマたんとモフモフしたーーーい」
「メルルさんっ 被害者がいるのに不謹慎ですよ」
「は、はぁ~~~い~~~」
「で、領主様……ハルトさん……ですか?と連絡が取れない場合、配置とかどうしたらいいのです?ジルさん」
「ああ~そうですねえ~~……って、またお呼ばれされてます!……ったく……一人じゃあなんにもできないんですから!!!でも確認しときたいことがてんこ盛りなので行ってまいります!」
ジルは箱娘たちに手を合わせ、謝罪の気持ちを伝えると、シュワンッと消えてしまった。
実際、領主からの呼びかけに応えるも、応えないも案内人であるジルの自由ではあった。しかし、こちらから勝手に出向くことはできない。だから、呼びかけにはたいてい応えることにしていた。
ジジジジジジジーーーーーーッ
ほんの少し前の地球……日本……空木邸……ハルトの部屋……
目覚まし時計のアラームが響いている。
「アイタタタタターーーーッ な、なんだなんだ?どうしたんだ???」
俺……箱娘ギルドにちゃんとアクセス……【箱入】?をしていた……はずだよな???だのにどーして喋れない!どうしてはじかれる!!!!
「お、おい!ジル!ジルーーーっ」
俺は箱を掴むと叫んだ。
”お呼びですか?何用なんですか???ハルトさんっ!!!”
「え?なんかキレてない?」
”いいえ!”
いつもの丁寧な口調とは違って、ジルの声は苛ついて聴こえた。
”どうかなさいましたか?ハルトさん”
「あ、ああ……な、なんであの娘たちと会話ができなかったのかなあ……と……」
”はあ…………って……も、もしかして……指輪……はめて無いとか?ですか?”
「指輪?」
”【古い指輪】ですよ。ゲットされてますよね?あの初回収穫イベント、選択肢があるようでなくって、最終的に【古い指輪】を絶対入手できるように大人調整されているやつです。だから最初は違うのを選んで、最後に【古い指輪】を選ぶのがおすすめルートになります。他のアイテムも手に入りますしね”
「う、うん……普通に最初に入手したけど……」
”なるほどなるほど……残念な人ですね”
「あ、ああ……じゃなくって、指輪なんか……関係あるの?」
”それはもうありますね。ありまくりですね。メインディッシュと言っていいくらいあります”
「そ、そうなんだ……詳しく……」
”ハイ!【指輪】っていうのは【眼鏡】とならぶ特殊なコンタクトアイテムでして、コンタクトアイテムっていうのはこちらの世界、あ、違う違う、そちらの世界に現実化されます。で、【古い指輪】こそはハルトさん待望の箱娘たちとの会話を可能にする特殊アイテムなのです!フタの裏側に出現したはずですが?”
「あ……うん………」
”どうしましたか?顔色が悪いようですが……
「い、いやあ……」
”どうしましたか?【古い指輪】は必須アイテムなので処分等はできないはずですが???”
「……落とした……」
”……………………”
「ゴメン」
”意味が分かりません……お、落としたのなら拾えばいいだけなのでわ?”
「そ……それが……○×▼*#%に落としたんだ………」
”ええっと……肝心な部分が聞き取れませんが?ワザとでしょうか?”
「ああ、いや、そうじゃなく、いやいやいや……ゴメン」
”ええっと……聞いてますか?大事な箇所が聴こえないといったのですが?ハルトさんは困ったことがあると逃げるタイプの男子なのでしょうか?”
「は……箱の中に……落とした…………」
”……………………”
「な、なんか言ってよジル」
”そ、そ、そうですか………そ、それでは失礼します。よ、良き生活をお過ごしください”
「え?いや……え?ジル?良き箱庭生活じゃなくて?ジル?ねえってば~ジル~~~~」
ジルは消えてしまった……や、やっぱまずかったのかな?指輪落としたの……
ーーーー 再び箱庭ギルド『箱カフェ』 ーーーー
シュワンッ
「あああああーーーーーーーーっあのバカ候補生!落としやがった!!!!」
ジルはカフェに現れるなり叫んでいた。
「ど、どうしたのです?ジルさん……キャラ崩壊してますよ?」
「ハッ こ、これは失礼しましたリオナさん。し、しかし……これは……マズイ、マズイですねえ」
「どうしたのでしょう?ジルさん。教えていただけますか?」
「ハ、ハイ……シフォンさん……失礼しました」
本来、箱娘たちは【指輪】の存在など知らない。知る必要がないからだ。しかし、今回ばかりは異例だったからジルは箱娘たちに本当のことを告げた。
領主候補者が箱庭世界にアクセスするためには【指輪】が必要であり、その【指輪】のランクによってできることが変わる。【指輪】がなければ会話どころか……【箱入】さえもままならない。
「その超絶大切なアイテム【古びた指輪】を落としたと!無くしたと!言いやがるのですよ!彼は!!!」
「ま、まあ落ち着いて落ち着いて~ですけれど……では、なぜ不完全な形でこの場に現れることができたのでしょうか?」
「それなんですけど……たぶん……ヤツは……いいやハルトさんは……【箱入】の瞬間に落としたのではないのかと……だから中途半端な【箱入】となったような……」
「な、なるほど」
「なるほどってメルルあんたわかったの?」
「ん?ぜんぜん」
「やっぱし」
「じゃあ、エリたんはバッチリスッカリ完全無欠に分かってるの?」
「あ、当たり前じゃない!要するに、そのクソ領主候補が落とした【指輪】を私達で探さなきゃってことでしょ!」
「まあそうなんですが……ほら、討伐もやらないと……期限すぎると……名声が★一個ですからね、今」
「え?そんなに低いのこの箱庭?ヤバイじゃん」
「あ、コレは言っちゃあまずかったかな?エリカさん……内緒でお願いします」
「なるほど……そうですかあ……となると【討伐】も【捜索】も同時にやるしかなさそうですねえ」
「ハイ、シフォンさん、すみません、私の指導不足で……」
「いいえ、ジルさんのおかげで助かります。重ねてすみませんが、人の割り振りは私達でできませんので……なんとか領主候補様をお導きください。討伐は…………で………捜索は………、もしくは…………の人選がベターかと………」
箱娘たちの打ち合わせは長くかかった。外を見ればもう夕日がこじんまりとした丘の縁にかかろうとしていた。
「……と、こんな感じでお願いします」
「ハイ!やってみます!」
ジルがシフォンから人選の候補を受け取った時には、星が瞬きはじめていた。
【討伐】にせよ【捜索】にせよ、人選は領主の仕事である。領主不在の現在ではそれはハルトの役目だ。しかし現状、ハルトは箱娘の属性を知ることができない。だから、適材適所というわけにはいかない。それをうまく導く必要があった。しかし……案内人であるジルは聞かれたこと以外答えられない。いや、実際には多少は聞かれた以外のことも言える。そのギリギリのところでハルトが人選について質問してくるように導く必要があった。
「…………って、こんなときに限って呼ばれない!ったく使えない領主様(候補)ですね!」
その頃、現地時間で夜になっていたのでハルトは寝てしまっていたという。