今、そこにある世界
ハッ
朝……俺は目を覚ました……自分の部屋のベッドの上で。
「……ゆ……夢?」
あのモンスターとの戦闘……助けを求める少女達の顔……風や匂い、空気が幻とは思えなくて、俺は混乱していた。
ガバァッ!
すると、突然ドアが開いて、妹が勢いよく布団をひっぺがしてきた。
「おっにぃちゃーーーーーん!朝!朝ごはんだってばよーーーーいっ」
「ふおおおおぉおおおお な、何するんだヒナ」
「ふに?何を慌てているのかな?さては……思春期的なアレ?」
「ちちちちちち違うし!ってなんのことだよ!」
2歳年下の妹……ヒナは天然なのか、俺のプライベート空間にズケズケと侵入してくる。そして、この歳の妹としては妙に馴れ馴れしくベタベタとひっついてくる。
「あれ?もしかしてハルハルお熱さん?発熱男子なの?」
「あ、ああ……ちょっとな」
ヒナに言われて気がついたが、カラダがだるく、汗をかいている。熱……が、あるのだろう。するとあれは高熱による幻覚?だったのか………
ちなみに俺の名前はもちろんハルハル!……などではなくて空木遥斗16歳だ。したがって妹は空木緋奈14歳だ。
「ハッ マズイ! ハルハルはインフレ男子なのね!」
ヒナはすかさず口を押さえると、1階にすっ飛んでいって母親に報告を入れた。
「ママ~~~お兄ちゃんインフレだって~~~停学だって~~~」
ヒナよ……気を使ってくれてありがとう……だが、いろいろと間違ってるぞ。
インフレとはインフレーションの略で、モノの値段が『2倍3倍は当たり前!』って具合にどんどん上がっていく恐ろしい経済状態のことだ。そして停学じゃなくて休学な。しかも病気で短期間休むときはあんまり休学とも言わないぜ。
「おにーにぃ~新東名めっちゃ混んでれば火の元用心だよ!」
「ん?………し、心頭滅却???心頭滅却すれば火もまた涼しか????」
「あー、そうとも言うねー」
「いや、そうとしか言わねーし」
「ってことでゆっくりに寝ててー」
妹はなにげに距離を取りながら、慌ただしく出かけていった。そんなにインフルが怖いのか?
「それじゃ~ちゃ~んと病院行くのよー」
そう言って母親も仕事にでかけていくと、俺は家に一人きりになった。確か……インフルエンザは異常行動をする場合があるから、一人にしてはいけなかったんじゃないか……とも思ったが俺は深く考えるのはやめた。
「ふ~~~~ しかし………アレは本当に夢だったのかなあ~」
俺は結局ベッドに倒れ込むと意識を失うように、また眠ってしまった…………
「ど、どうだったかな?今回の作戦」
「いけてるんじゃない?私の演技チョー完璧だったし!まっ毎回だけどね!」
………声がする…………
「それにウチのゴーレムたん、迫力マックスだったっしょ」
「うんうん!マジビビったわ私。マジやられると思ったし」
「あの戦いっぷりを見て燃えないなら男子としてクソだわね。クソ男子だわ。生ゴミポイッだわさ」
「だよねー男の子はバトル好きって決まってるもんねっ」
「ま、私の華麗なターンも見せつけられたしね!」
「エリたんスゲー衣装だもんねー あんな装備ないっしょよ」
「うっさい!」
「スケスケ~」
「うっさい!!」
「エロエロ~」
「メルル!だ~か~ら!うっさいってーの!!!」
「はいはい~メルルもエリカも喧嘩しない~喧嘩しない~」
「シフォンさん……でも……これで彼が領主になってくれないと……」
「リオナさん……そうですね。ですからほら、私達の魅力をこれからも見せつけてさしあげなくちゃ!ね?」
「は~い~」
声がした……また……声がした。
これは………そう………昨夜聞いた声だ
そして風が頬を撫でる……
「う……う~ん……」
俺はうなされながら目を覚ました。
「こ、今度は声だけだったけど……間違いない。同じ夢の続きだ」
俺は重い体をなんとか持ち上げて、フラフラと机の方に向かうとドッサリと椅子に座った。
「あ…………れ?なんだコレ?」
ぼんやりと投げた視線の先には箱があった……
今まで、見たこともない箱だ。
それは一辺が約10cmくらいの真四角の箱で、素材は木のようでもあり鉄のようでもある。花とか草みたいな模様が全体に刻まれた、少し古びた箱だった。
「誰が……置いたんだ?ヒナ?それとも母さん?」
俺はしばらくその箱を調べてみた。
しかし……
「あっかねーなあ〜コレ、中身は何なんだよ」
俺は各面を引いたり押したりしてみた。
が、箱は開かなかった。
諦めかけて箱を机の上に放り投げた時、どこからともなくファンファーレのような音が鳴り出した。すると箱の模様が勝手に動き出し、箱の天井部が少しだけズレて開いた。
「な、なんだこの箱は!」
それは不思議な箱だった。覗き込んで見れば、中には小さなちいさな山があり、森があり、街があり、川があった。そして……箱の中の上の方には雲さえが流れていた。
”箱庭世界へようこそ~はじめまして!お名前は?”
その光景に驚いていると、ドコからともなく声が聞こえた。
「へ?え?ええーーー?」
”箱庭世界へようこそ~はじめまして!お名前は?”
「え?な、名前????う……うつぎ……はると……だけど……」
繰り返すメッセージに思わず答えてしまった。
”登録ありがとう!ハルト……さん?クン?…それともハルト……サマ?”
「え?いや、さん……で、いいけど……っていうかキミは誰?ドコにいるの?」
”質問の意味がワカリマセン……ので、先に行くね!”
「いやいやいや、なんだよそれ」
”箱を開いたアナタ!ハルト……さん……は、この箱庭世界の領主となる定めとなりました!おめでとうございます!それでは、この箱庭世界に名前をつけることができます。っていうかつけてくださいねっ”
「え?意味分かんないんだけど?」
”エイミワカンナインダケドウ……で……よろしいですか?”
「いや、よろしくないよ!」
”イヤヨ ロシクナイヨ……で……よろしいですか?”
「………わ、わかった……考えるからちょっと待って」
俺は考えた。それはもういろいろと考えた。
この箱はなんなのか?この声はなんなのか?
だが、答えは出ない。
だから仕方なく、”声”の案内通り進めることにした。
「ア……アルカディア……で」
”ほほう、アルカディア……理想郷ですか?ハルト…さんは物知りですね!」
「い、いやあ……あはは」
”それに、夢見がちですね!お年頃ですね!”
「な……」
”失礼しました。それでは登録完了です。よき箱庭生活を~”
「え?そんだけ???」
”……なにか?”
「いや……もっと……こう……説明とかないのかなあ~と……」
”課金しますか?”
「え!なにこれ!そーいう感じなの?」
”冗談です”
「…………」
”あれ?スネちゃいました?ハルトさんは心が狭いのですね”
「い、意味わかんないし」
”この箱庭世界にルールはありません。ご自由にどうぞ~……と、言いたいところですが、仕方ありませんね。少しだけ教えてあげましょう。特別ですよ?……箱のフタの裏側にメガネが取り付けてあります。鑑賞モードの時、このメガネを装着すると、見たい箇所の拡大映像がご覧いただけます”
「あ、ほんとだ」
”声”の言う通り、フタの裏側を見ると折り畳まれたメガネが取り付けてあった。レンズの部分になにやらレバーがいくつもついている骨董品のようなメガネだ。
”それでは、よき箱庭生活を~”
「え?お、おい箱!まだ聞きたいことが!」
それから何度か呼びかけたが”声”は返事をしなかった。