05.ヴォルフガングの部下たち
話は少し遡る。
メリフロンドでグロースプラガーが大量発生してから3日後、槍の月20日。
グロースプラガー襲来のどさくさにメリフロンドを離れたヨルたちは、押しかけ合流してきたライラヴァルを加えて、ヴォルフガングの部下が捕らえられているだろうグリマリオン鉱山へ向かった。
こんな豪華なメンバーで苦戦するはずがない。もともと、死者や行方不明者が多発している鉱山ということもあり、特に騒ぎを起こすでもなく生き残っていたヴォルフガングの部下5名をひっそりと救出した。
そう、最初は大っぴらに襲撃なんてしなかったのだ。
グリマリオン鉱山の労働者は囚人や捕虜ばかり。そんな鉱山に普通の冒険者が来るはずはなく、近くの街に立ち寄った時点で不審者ですと喧騒しているようなものだ。
めんどくさいアリシアの兄貴、安寧卿ミハエリスがすっ飛んでくるなんてまっぴらごめんのヨルは、魔王様とは思えないスニーキングミッションで人目を避けて行動していた。
君子危うきに近寄らず、金持ち喧嘩せずだ。
魔素枯渇地帯は魔力が回復しないだけで、魔術が使えないわけではない。
魔王ボディーをナメちゃいけない。並みの人間ならばすぐに魔力を使い切り力が出なくなる場所でも、魔王の魔力保有量なら無問題。逆に魔術がかかりやすくていいくらいだ。
監視をサクっと催眠にかけて連れてこさせてハイ終了。その後、ヴォルフの部下たちもこれまた催眠。
おかげさまで超目立つ聖ヘキサ教国の魔滅卿ライラヴァルを始め、幼女に駄ネコに駄チョウを連れた怪しさ満点のヨルのことは、「偶然出会った商人一行だから気にしないように」と力技で納得させることができた。
(このメンツで、「実は俺、魔王なんです」なんて言っても逆に信じてもらえなさそうだけど。説明が面倒だし)
余計な手間は省くべし。
ここまではスマートかつスピーディーな展開だった。
「俺たちはいない者として扱ってくれ」
いない、いないよ、イナイイナイバア。
更に追加の暗示が効いたおかげで、ヨルたちのことはマルっと無視して感動の再会劇を繰り広げるヴォルフ部下と、ヨルたちが気になるヴォルフの温度差が少しだけ面白かったが、彼らの話す内容は微塵も笑えるものではなかった。
「ヴォ、ヴォルフ将軍、よくぞご無事で。サフィア王国はザウラーン帝国の魔人傭兵、サラーブ兵団を雇い入れました。王は、……王は民すらもその支払いに充てるおつもりなのです。将軍がいて下さればこんなことには……。我らの嘆願むなしく、逆に怒りを買う始末。無謀な前線に送られた末、捕虜としてこの鉱山へと送られ……」
「王は民を、支払いに充てると……?」
ヴォルフガングの表情が険しくなった。
(あー、魔人兵、雇っちゃったか。魔人殺しとして国民の評価も高いヴォルフガングを敵国の虜囚にしたままなのも、魔人を招き入れるためだったか? なんにせよ、国民を魔人の餌に差し出す王様ときたか)
なんでも今のサフィア国王――ヴォルフガングを将軍にまで引き立てた先王の息子――は、選民思想が強く、平民出のヴォルフガングを良く思っていなかったらしい。
確かに魔人は強力だから部隊として機能する程度に正気を保った魔人を引き込めるなら、ヴォルフガング一人より強力な戦力になるだろう。それで聖遺物を持つ聖ヘキサ教国と渡り合えるかと言えば疑問だが、少なくともサフィア国王は勝てると信じたのだろう。
仮に勝利が得られるとして、支払う対価がそれに見合うとは到底思えないけれど、サフィア国王にとっては民の命はそれほど軽いものらしい。
魔人を招き入れるのに “魔人殺し”が邪魔だったのか、単にヴォルフガングを排したかったのか、いずれにせよ邪魔なヴォルフガングとその部下を無謀な戦に向かわせて排除した。ヴォルフガングがその身を犠牲に助けた部下は、帰国後再び戦地に送られ、このグリマリオン鉱山に行きついたというのが、彼らがここにいる経緯のようだ。
生き残ったのは、たったの5人。
失われた命の数がどれほどかは、ヴォルフガングの険しい表情から推し量るほかはない。
「伝言は受け取った。“銀髪の国母に蜃気楼がかかる――”。王はベルヴェーヌを奪還するおつもりなのだな」
「はい。再度前線に送られる前に仕入れた情報によりますと、サフィア王国軍をベルヴェーヌ南方に展開し占拠中の聖ヘキサ教国軍を引き付けている間に、カラントから湖岸伝いに船で魔人部隊を送り込む作戦のようです」
「魔人を街に送り込むなど……! 王は逃げ遅れたベルヴェーヌの民を見捨てるおつもりなのです。あそこには、将軍のお嬢様もおられるというのに……!!」
「魔人など血に狂ったケダモノ。街に放とうものなら、女子供から嬉々として殺すに違いありません!」
涙を流しながら拳を地面にたたきつける部下たち。「うぉのれ、魔人め」みたいなノリになってきたが、悪いのはそんな作戦を承認した王様だ。
部下の話を聞いていたヴォルフガングが、ちらりと申し訳なさそうな視線をヨルに送る。
魔人組に配慮してのことだろう。
「魔人殺しが魔人に気を使うなんて変わったものねぇ。
それにしても、サフィア王。こんな作戦を立てるなんて、バカだバカだと思ってたけど、ミハエリスよりバカなのかしら。ザウラーンの魔人部隊が暴れたらミハエリスが出張って来るわよ。あいつ、ただでさえ頭のネジがユルユルなのに、魔人なんて出てきたら『安寧の聖槍』使って魔人も兵士も民間人もお構いなしで街ごとぶっ潰すわよ。魔人の被害とどっちがマシって事態になりかねないわ」
ヴォルフ達には聞こえない小声でライラヴァルが漏らす。サフィア王だけでなくミハエリスのこともディスるあたりさすがだ。
魔人は聴力も優れているから少し離れた場所にいてもヴォルフ達の声は丸聞こえだが、小声で話せばこちらの声は聞こえない。
(魔人を雇うことも馬鹿げてるけど、作戦自体もダメ……というか、なんだか違和感があるんだよな)
ライラヴァルによれば、聖遺物『安寧の聖槍』を持つ安寧卿ミハエリスは、枢機卿随一の戦闘力を誇るものの、狙いが甘く出力制御もへたくそらしい。
ヨルの脳裏に1日1回しか使えない魔剣をいきなりぶっ放したアリシアの姿が蘇る。
流石は兄妹。兄の方もポンコツか。それもパワー系ポンコツ。そんなのが枢機卿で大丈夫か。パワー・イズ・ジャスティスなのかもしれないが、配下の事務方は大変そうだ。
「ポンコツ卿に名前を変えるといいです」
「それいいわね、ルーティエちゃん。でも、ザウラーン帝国を牽制するにはお役立ちだったのよ。国境辺りが砂漠だからね、サラーブ兵団が近寄ってきたらぶっ放して追い返すだけの簡単なお仕事だったわけ。でも、市街戦は致命的に向かないのよねぇ」
ポンコツ卿にオネェ卿。聖ヘキサ教国は個性豊かだ。
それはさておき、あまりに悪い状況にヴォルフガングが遠い目をしている。
障害物の多い街中で魔人をぶつければ安寧卿を倒せると踏んだんだろうが、魔人とポンコツ卿がベルヴェーヌで戦えば、住人もろとも街が滅びる。ベルヴェーヌにいるというヴォルフの娘も無事では済まないだろう。
それに戦いに勝とうが負けようが、サフィア王国にはザウラーン帝国の魔人部隊が入り込み、対価と称して民を喰らっていくのだろう。
「将軍、どうかベルヴェーヌの民をお救い下さい!」
「王を諫め、魔人からサフィア王国を取り戻してください!」
そりゃあ、部下たちはヴォルフに懇願するだろう。だが、それはあんまりではないか。
魔王シューデルバイツであれば違う判断をしたのだろうが、ヨルからすれば異世界の戦況よりも目の前にいる友人の方が大切だ。
「そこまでだ。《皆、疲れたろう。今日はもう休むがいい》」
ヴォルフガングが部下たちに返事をするより先に、ヨルが割って入り、部下たちを眠りにつかせる。
将軍だから、偉いんだから、何とかしてよ、助けてよ。
言いたい部下の気持ちはわかるし、こんな風に懇願されたら、ヴォルフガングは何とかしようとするんだろう。出来る出来ないは別にして。失敗したら今度こそ命がないとか、そう言うことまで別にして。
使命感なのか、責任感なのか。それとも、家族を魔人に殺された恨みや復讐心に根差した動機なのか。
(いや、そもそもこんな選択肢、ヴォルフガングにはないんだろうな)
だったら、一人くらいこういう道を用意する奴がいたっていいのではないか。
「ヴォルフ、もういいんじゃないか。娘を連れて逃げればいい。部下たちには自力で脱走したと暗示をかける。彼らだってヴォルフがいなければ、逃亡するか、誰か他の者を頼るさ」
もう、十分頑張ったんだから、逃げたっていいんだよ。
どうしようもない国も王も、被害者にしかなれない部下も民も、全部背負い込む必要なんてない。
ヴォルフガングがどうこたえるかなんて、聞かなくても分かっていたけれど、その選択肢をヨルは告げた。
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