04.安寧卿ミハエリスと補佐官ミレーナ
「あぁ、今日も我がゴールデンクレストの霊峰は光を浴びて麗しいな」
「ソーデスネ」
キラキラしい主が今日もきれいごとを言っているぞ、と安寧卿ミハエリスの補佐官ミレーナは適当に返事をした。
安寧領を支える重要な資金源、グリマリオン鉱山が襲撃されたのだ。「麗しい」とか暢気なことを言わないでほしい。
盛大に漏れそうになるため息を深呼吸でごまかして、先遣隊の報告を精査するミレーナ。
ゴールデンクレスト山脈にあるグリマリオン鉱山が襲撃されたとの報告を受けたのは4日前のことだ。この鉱山で産出するネレアラピスは安寧領を支える資金源であると同時に、魔獣除けの魔導具の原料でもある。ネレアラピスはメリフロンドで魔導具に加工され、聖ヘキサ教国全土に送られているから、ここを奪われれば被害は安寧領だけにとどまるまい。
万一、鎮圧に失敗すれば非難ゴウゴウの責任問題で、代わりの利かない安寧卿ミハエリスに代わって副官であるミレーナが処刑台へGOGOだ。
「こんなことなら、サフィア王国なんてほっといてこっちに兵を常駐させればよかったよぅ」
「はっはっは。心の声が駄々洩れだぞ、ミレーナ。それにいくら兵士を割いたって、なんの役にも立たなかったさ。この清貧なる聖地ではね」
げっそり顔のミレーナと、今日も今日とて煌びやかなミハエリス。
魔素枯渇地帯の手前に陣取っているとはいえ、だいぶ魔素が薄いというのに元気なことだ。安寧卿に選ばれるだけあって、よほど魔力保有量が多いのだろう。
ネレアラピス鉱脈があるせいで、ゴールドクレスト山脈は魔素枯渇地帯になっている。魔素が希薄で魔力の回復が望めないから、魔獣ほどではないにしろ人間はもちろん動物も、無意識に身体強化をしているような生き物はここではまともに動けない。
植物だって似たもので、この辺りには巨木はほとんど生えていない。肥料や水をやるなどの手間暇をかけなければ作物がまともに育たない、マグスの基準でいえばとても貧しい土地なのだ。
代わりに魔獣も存在しないから、ミハエリスはここを“清貧なる聖地”なんて勝手に呼んでいるけれど、聖都は別にあるというのに、枢機卿ともあろうものがそんなことを言っていいのだろうか。
「今は暢気な上司の相手をしている場合じゃなかったですぅ。偵察隊が持ち帰った情報を分析しなくちゃ。……よかった、見た目は派手に壊れていますが、おそらくは入口付近だけ。鉱山の被害は想定以下ですね。これなら採掘量への影響は低そうです」
「ふーん。おや? まだ襲撃者が残っているみたいだね」
襲撃の報告が届くまでに2日、大慌てで兵をかき集め最速でグリマリオンに来るのに4日。合わせて6日もかかってしまった。
それでも兵士の選定や兵站の手配に1日、移動に3日というのは、ミレーナだからこそできた驚異の速度だが、襲撃から6日というのは目的を遂げて十分逃げられるだけの期間である。
「あちゃ~。魔力感知に引っ掛かったんですね。ってことは待ってた系かー」
「待っていた? 僕をかい」
「ですです。ここじゃ魔力回復しないですからね。安寧卿に魔力大食いな聖遺物を使わせて、魔力切れになったところを打ち取ろうとかいう魂胆が濃厚ですね。でもなぁ、なーんかひっかかるんデスヨネー」
凹凸の少ない丸顔をクシャッと歪めて考え込むミレーナを、ミハエリスは「おもしろいなー」と言った表情で眺める。女性に対する視線というより、変わったペットを愛でる表情だ。
ミレーナはミハエリスのお気に入りの補佐官だ。
生まれながらに裕福で家柄も良く、顔も体格も魔力も秀でた一見完璧超人に見えるミハエリスだが、大変残念なことに頭脳は今一つなのだ。
個人戦力としてはずば抜けているから、大抵は力技でゴリゴリ押して勝ってしまうが、軍の指揮など任せた日には、付いて行けない兵士が続出する。
だからミハエリスを頭脳面で補佐し、ミハエリスがやらかした時、代わりに責任を取るために補佐官が付けられる。
もっとも、自分より賢い部下にあれこれ指図されるのは誰だって面白くない。折り合いが悪く解任されたり、やらかしの責任を肩代わりさせられたりで、ころころかわる補佐官のなかでも、ミレーナは異例の長さで着任している。
「とりあえず、ここから『安寧の聖槍』ぶっ放そうか?」
「ダメ、絶対。私の首がぶっ飛びます、物理的に」
理由はこの性格だ。
ミレーナだって初めからこんなタメ口で話していたわけではない。元から心の声が漏れやすいたちではあったが、思わず漏らした心の声を偶然聞いたミハエリスが面白がって、半ば強制的にしゃべらせるようになって以来、言いたい放題言う補佐官と、それを面白がる上司という関係が続いている。
「ほらほら、頭だけはいい補佐官、頑張って」
「誰が貧乏な平民で魔術もろくに使えないチビのチンクシャだ! ミハエリス様はなんでも持っててズルイですぅ。羨ましいから母と弟妹7人養ってください!」
「はははは。ボーナス査定に付けとくよ。で、襲撃者は魔人なんだろ? 僕が行って片付けるのが手っ取り早いんじゃないか」
「さすが金のミハエリス様! さす金! ボーナス期待してますよ。んで、ミハエリス様が突入したら相手の思うつぼですよ。実行犯は、魔素枯渇地帯にある鉱山を襲撃できた時点で魔人の線が濃厚ですけど。壊すだけ壊して逃げるんだったら、単なるネレアラピス狙いの襲撃、悪くて鉱山にダメージを与えることで安寧領、ひいては聖ヘキサ教国にダメージを与える目的ってことで、よかったんですが」
「君、僕のこと、しれっとカネとか呼んだよね。で、なんでよかったんだい?」
「そりゃ、分かりやすい馬鹿の犯行の方が、制圧も簡単ですから。犯人からすれば入り組んだ鉱山っていう地の利を活かして戦うっていうのがセオリーでしょうが、こちらは連れてきた兵隊一気に突入させて、場所を特定して、そこにミハエリス様が特攻すれば片が付くんですよ。
”わが軍の物量と安寧砲の威力を見よー!”みたいな。そう思っていっぱい連れてきたのになー」
ミレーナがポロポロこぼす暴言に、ミハエリスはニヤリと笑う。
安寧砲、発射! なんて作戦を平気で立てるのだ、この補佐官は。「指揮官は前に出るな」なんて言わない当たり、ミハエリスの性格をよく分かっている。
「僕が狙いなら、出向いてやればいいじゃないか」
「ダメですよ、あの手この手の絡め手なんて、ミハエリス様、一番苦手じゃないですか。ミハエリス様狙いなら、嫌がることめっちゃしてきますよ、きっと。ストーカーとか嫌いでしょ?」
「それは嫌だな」
そして、ミハエリスのコントロールも上手だ。
「それで、何が引っ掛かるって?」
「そりゃ、黒幕と動機ですよ。6日も魔素枯渇地帯の鉱山でおとなしくミハエリス様が来るのを待ってる魔人ですよ? そんなの、かなり正気が残ってないと無理じゃないですか。その辺の村から逃げた野良魔人とかじゃない、ザウラーン帝国の魔人部隊、サラーブ兵団とかのレベルですよ。サフィア王国がサラーブ兵団を雇ったって情報もありますし、じゃあ黒幕はザウラーン帝国かサフィア王国なのかって話ですが……」
「ベルヴェーヌを奪還するのに、僕が邪魔だったんじゃないかい?」
「だとすると日程的におかしいんです。魔人を動員できるならベルヴェーヌにだって投入するはず。それなら魔人の力が最大になる移ろい月が満ちる頃、盾の月の半ばあたりを狙うでしょ」
「今日は盾の月1日か。鉱山の襲撃を片付けてからでも、ベルヴェーヌ侵攻には十分間に合う」
「ですです。だからザウラーン関係ないかなって。どうやって我々に気付かれずグリマリオンまで来たんだって話もありますし」
「じゃあやっぱり聖都の連中が言ってるように魔王が復活した? 古の魔王が僕に会うために鉱山で待っててくれているなんて、滾るね!」
「ハイハイ、ドウドウ、落ち着いて。それだとなんで魔王が鉱山で待ってるんだって話ですよ」
「僕に会いたくて?」
「自信過剰キタ! なわけないでしょ。あと、魔王くらいになったら、鉱山でこそこそ戦わなくたって、他に有利に戦える場所があるはずでしょ。ここ、魔素枯渇地帯で魔力回復しないんだから。ここに引き付けるんじゃなかったら、魔人が選ぶ戦場としては最悪の場所ですよ」
わかんないなぁ、と顔をしかめるミレーナを、こんなくしゃくしゃした顔の犬がいるなぁとミハエリスが眺める。性格然り、顔然り、実に飽きない副官だ。というか、ミレーナが今まで話したことが正解なのではなかろうか。この副官の導き出す答えは、だいたい当たっているのだから。
「つまり、僕をここに引き付けるために、魔王が鉱山を襲撃し、今なお立て籠もっているんだな」
「何でそうなるんですぅ」
「ミレーナがそう言ったんじゃないか」
「そうですけど。そうだったら、何のためにって話ですよぉ。もぉ。魔王ですよ、魔王。やりたいことがあるんなら、魔力に任せたバーンとかズギャーンってやるんじゃないですか? ミハエリス様みたいに」
「ひどいな、僕ってそう言うイメージなのかい? 魔王の目的か。……うーん、意外とさ誰かを助けるためかもしれないね」
「だから何でそうなるんですぅ!」
お湯がしゅんしゅん湧きそうなほど頭をひねるミレーナと、結論は出たとばかりに考えるのを止めるミハエリス。
彼らの至った推論が、実は正解していようとは、ミハエリス意外はこれっぽちも思わなかった。
お読みいただきありがとうございます。
ミハエリス、意外と面白いキャラに仕上がりました。これならオネェと双璧張れるw
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