02.人形の少女
『ドールズ』。教皇エウレチカに使える巫女であり、目が見えず聖都を離れられない教皇に変わって聖ヘキサ教国を見て回る、『教皇の人形たち』。
(ドールズ、人形たち……。俺と共に旅をしたドリスは、あの肉体を借りていただけだったのか)
おそらくは憑依のような状態だったのだろう。だから状態異常を回復する魔法で別人、いや、本来の人格に戻った。
「ただ『ドールズ』の人格が変貌したという話は聞いたことがありません」
困惑気なライラヴァル。
そんな力があることを、彼女は隠していたのだろう。
じっくりと時間をかけて準備をしてきたのは、彼女の目的が今の世界にそぐわないからだろうか。
「教皇エウレチカの人形か。たしか聖ヘキサ教国ではサラエナを聖女として崇めていたな。教皇が聖女の生まれ変わりといった話はあるのか?」
「生まれ変わり、ですか? 比喩でなく? ヘキサ教はサラエナを聖女として崇めていますし、信仰の受け皿として代々教皇は見目の好い乙女が選ばれ、聖女の再来のように扱われますけれど……。実際のところは我々枢機卿と同じく、聖遺物を使えるかどうかが選定基準です。教皇の証である『超越の宝冠』を扱える娘の中で、もっとも都合の良い者が選ばれるのです。
……少なくとも私には、エウレチカ教皇は目が見えない以上に世の中が見えていない、傀儡の娘に見えました。ドールズを使ってこの国の実情を知っていたとは思えない、神殿の中しか知らないような、そんな都合の良い人物です」
ずいぶんと辛辣な評価だ。しかし都合の良いとは誰にとっての都合だろうか。ライラヴァルは、教皇の後見あるいは所属する派閥を指したのだろうが、ヨルには別の人物が思い浮かんでいた。
(『超越の宝冠』に憑依能力などはなかった。教皇もまた傀儡か、それとも愚か者を演じているのか……。彼女かどうかは結局のところ、会ってみなければ分からないわけか)
考えこむヨルに、ライラヴァルがおずおずと問いかける。
「あの、どうして聖女サラエナが? 没後800年ほどたっていますし、……聖女サラエナは魔王シューデルバイツを滅ぼした宿敵、なのですよね? 少なくとも教皇エウレチカはヘキサ教の教えの通り魔王を悪だと信じています」
教皇エウレチカの手の者が魔王の復活に手を貸すはずがない。そう思っているからライラヴァルはドリスが『教皇の人形たち』だと確信が持てなかったのだろう。
ヨルはライラヴァルとニャンコ部屋から顔を覗かせ話に耳を傾けるルーティエを順に見る。
(話しておくべきだろうな)
魔晶石を与えた配下は魔王を裏切らない。真実を伝えたとして、それが彼らにとって不都合なものだったとしても、裏切ることは絶対にない。
(裏切らないから話すんじゃない)
裏切らないよう強制された相手に感じる感情。それは、信頼ではなく安心だ。
配下を心や人格のある一人の人として見ていない。
(俺はいつか日本に帰る。その判断をルーティエもライラヴァルも反対しない。どれほど嫌でも反対できない。ならばせめて、彼らには誠実でありたい)
彼らなら、いつかヨルが下す決断を、理解してくれると信じたいから。
だから、ヨルはライラヴァルとルーティエに、ドリスが何者かを告げた。
「ドリスに憑依し俺を目覚めさせた人物、それはおそらく聖女サラエナ――、魔王シューデルバイツの最愛の女性だ」
「魔王を滅ぼした聖女サラエナが、魔王と恋仲だった!? ですが……、それならば、魔王を滅ぼしたのはサラエナではなかったのですか?」
ヨルの言葉にライラヴァルが目を見開く。
「まさか」と口にしないのは、ヨルへの信頼ゆえだろう。
逆に、人の世に伝わる魔王と聖女の伝承をあまり信じていないのか、ルーティエの反応は微妙だ。こちらは「どうしてとっくに死んだ人間が?」と言ったところだろうか。
「いや、魔王を滅ぼしたのはサラエナだ。……理解できない、といった顔だな、ライラヴァル」
「は、はい……」
ライラヴァルの反応から、今の世に、魔王と聖女がどのように伝えられていたのか想像がつく。
当然だ。
あの時魔王が抱いた希望は、当時と後の世に生まれる魔人たちの絶望だった。
シューデルバイツはあの選択に後悔なんてしていない。けれど、はたして正しかったのか。
その答えが、今、この異世界マグスにいる理由な気がして、ヨルは答えを持てずにいる。
「サラエナは……。共に生き、共に死にたいと願ったたった一人の女性だ。魔王シューデルバイツの、かつての俺の願いをサラエナと、時の臣下たちは叶えてくれた。
――サラエナと出会って俺は、魔王シューデルバイツは、自ら滅びたいと願ったんだ」
今に伝わる聖遺物。
それは不滅の魔王を滅ぼすための魔人たちの英知の結晶。
聖遺物の一つ、『魔滅の聖典』をもつライラヴァルの手に力がこもる。
ヨルが見る限り、ライラヴァルは枢機卿でありながら信仰深いたちではない。聖ヘキサ教国を守っているのが聖遺物であり、それをもたらしたのが魔人であると薄々気付いていたからだろう。
それでも魔人を悪とし聖女を崇める教えを教導する立場にあった者からしても、魔王のいない世界で苦しんできた魔人としても、この事実は衝撃だったに違いない。
「……やはり、やはり、そうでしたのね」
うつむいたまま絞り出すように漏らすライラヴァル。
その声どころか肩までも小刻みに震えている。
ライラヴァルを支配するのは、枢機卿としての困惑か、それとも魔人としての怒りだろうか。
(シューデルバイツはあの時代と、後世に生まれる魔人すべてを見捨ててサラエナを取った。責められたって仕方ない)
そう思っていたヨルだったが。
「魔王シューデルバイツと聖女サラエナの禁断の恋!! 君がいない世界なら生きている意味がないと、魔王の地位も力も、永遠の命すら不要だと、そう思うほどの恋に身を焼かれたのですね! あぁ!! なんて尊い!!!!!」
辛抱たまらん! とばかりに叫ぶライラヴァル。
ライラヴァルは、やっぱりただのライラヴァルだったようだ。
「少しでも悪いと思った俺の感傷を返せ」
斜め上を行くライラヴァルのリアクションに、ヨルの心の声が口から洩れる。
その言葉を聞いたライラヴァルは、ほんの一瞬驚いたように目を見開いた後、いつもと変わらぬ満面の笑みを浮かべて見せた。
(あぁ、分かっていて、気付かってくれたのか)
ライラヴァルの表情に、ヨルは先ほどのライラヴァルのおふざけが、彼の精いっぱいの強がりだと気付く。
道化のように振舞っているが、ライラヴァルは聡明だ。
たったあれだけの説明で、彼は気付いてしまったのだ。
魔王シューデルバイツが当時の配下を置いてこの世を去ったように、ヨルもまた、いずれこの世を去ることに。
行かないでくれとすがることも、魔王がいれば理性を失わずに済む、これから生まれる魔人たちを見捨てるのかと責めることもしないライラヴァル。その姿勢は、魔王シューデルバイツの望みを叶えるために尽力してくれた当時の腹心たちを思わせた。
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