01.ドリスの正体
浮上橋を登った先には、エンブラッド大湿原と打って変わって穏やかな景観が広がっていた。
標高があまり高くないせいか、それとも魔素が薄いせいだろうか、植生もサイズ感も因の感覚に近い。
平穏で平凡だ。
穏やかであるということは、実に素晴らしいことだ。
なぜかって?
大変残念なことにその穏やかな情景は、荷運び蟹セキトの外側のことだけで、ヨルが今いる室内は、たいへんギクシャクした状態なのだ。
「ヨルさまにはルーティエが付いているので、ライラはとっとと帰るです」
「あらぁ~、メリフロンドの被害があの程度で抑えられたのは誰のお陰なのかしら? あたしが! ヨルさまのお考えを読んであの場所に居合わせてあたしが! ヨル様から直接! ご指示をいただいたからこーそーの、ファインプレーだとは思わなくて?
やっぱり、ヨルさまのお側には戦力的に頼りになる側近、つまりアタクシも一緒に侍るべきなのよぅ」
おーほほほ、と今にも笑いだしそうな様子で勝ち誇るライラヴァルと、ぐぬぬと歯噛みをするルーティエ。
ライツ葬送で部下の遺体を確認したヴォルフガングは、他の部下たちが捕らえられているであろう鉱山襲撃の計画を練っているのだろう、一人部屋にこもって出てこないし、ミーニャは一段高いニャンコ部屋で大あくびをした後、尻を向けて眠っている。
ドリスがいたなら上手く場を治めてくれただろうに、彼女は帝都に帰ったというか、ヨルの魔術で帰しちゃったというべきか、不在だからこの場はヨルが何とかするしかない。
ライラヴァルVSルーティエは、武闘派側近を自称するライラヴァルが優勢だ。
今のルーティエはミリィの肉体に寄生した状態で、戦闘力は期待できない。普通の人間に比べれば十分強いが、グロースプラガーの大軍相手に無双する、なんてことはできないだろう。そこを突いた攻撃はルーティエにはてきめんだったようだ。
ルーティエには長所も、ルーティエにしかできない役目も当然あるのだが、男女平等にして文武両道を地で行くライラヴァルは舌戦だって上手なのだ。
「ルーティエだって、ルーティエだって、本体を呼び寄せたら!」
「落ち着けルーティエ。城を任せられるのはルーティエだけだ。それからライラヴァル、休日を返上してまでの参戦、助かったぞ」
「はい、ヨルさま」
「まぁ、もったいないお言葉!」
キレて力業に出ようとするルーティエを、慌ててヨルがフォローする。なでりこ、なでりこ。
ルーティエは子供だからか、なでなですると大人しくなる。
ルーティエをなでりこしていると寝ていたはずのミーニャもやって来てグリグリ頭をぶつけて来る。
なんだよ、ミーニャ。かゆいのか? もふりこ、もふりこ。
それを見ていたライラヴァルがじりじり距離を詰めて来るが、大人は我慢だ、ハウス、ハウス。
待機モードのライラヴァルをみて、ルーティエの機嫌が直ったらしい。
(あ゛~~~~、ルーティエの機嫌が直ってよかった~~~~~)
だらしなく安堵するヨル。だがしかし、今日も今日とて魔王の死んだ表情筋は無表情のままだ。ありがとう、表情筋。今日も君は良い仕事をしてくれた。
見た目はクール、中身は庶民で小市民。それが新生魔王ヨルである。
(ライラヴァルよー、お願いだからルーティエを煽るのはヤメロクダサイ)
ルーティエの本体がやってきたら、進路上の村々が壊滅しちゃうじゃないか。
暴走状態のルーティエを止めるのは魔王でも大変なのだ。この魔王ボディーは不死身なせいか痛覚が鈍いが、それでも溶解液にダイブするのは二度とやりたくない。目とか鼻とか滲み滲みなのだ。
ついでに言うと、ライラヴァルがメリフロンドのエビの襲撃地点にいたのは偶然じゃないか。リゾート全開な服装でよくもしゃあしゃあと言えたものだ。
そのことをやんわりと突っ込むと、笑顔でかわされた代わりに、ルーティエいじりもやめてくれた。ちょっぴり納得いかないが、話の分かるオネェで助かる。
「ミーニャ、ハウス。ルーティエもミーニャと一緒にお昼寝しとけ」
「うにゃ」
「ふぁい」
ヨシヨシ効果で軟体化したルーティエとミーニャを、ニャンコ部屋で抱き上げると大人しく中に入ってくれた。
とりあえず、子供の喧嘩は収まった。
次は大人の時間である。……もちろん、相手はライラヴァルだからして、アダルティーな時間ではない。理性的にいこう、うん。
「それで、報告があったのだったな」
「はっ。ヨル様にお伝えしたいことがありまして参上しましたの。……機を逸してしまったようですが」
言いづらそうに言葉を選ぶライラヴァル。おそらくはヨルが今最も知りたい人物――ドリスの話だろう。
「ドリスのことか。遠慮は不要だ、知っている情報を話してくれ」
「では僭越ながら申し上げます。メリフロンドでのグロースプラガー暴走の一件、そしてノルドワイズで護送中だった御子の暴走の一件、どちらも彼女が関与している疑いがあります。そして、その2件が確定だとすると……」
「俺を目覚めさせたのも?」
黙ってうなずくライラヴァル。
それは、ヨルも薄々気付いていたことだった。
異世界マグスで最初に目覚めた時、周囲を血に染めていたマンティコア。
あれはノルドワイズに生息していない魔獣だ。
つまり『箱』の輸送隊が襲われたのは偶然ではなく、人気の少ないあの場所を、血に染めるために放たれたのだろう。
何のために?
決まっている。大量の血によってヨル――魔王シューデルバイツを目覚めさせるためだ。
では、だれが?
ヨルが正気を取り戻すのを待っていたかのようなタイミングで声をかけてきたドリス。彼女以上に怪しい人物はいないだろう。
あの時は、いきなり異世界に放り出されて違和感を覚えなかったが、脚力特化で魔獣に会えば逃げの一択しかない少女が、明らかにトラブルが発生している場所にわざわざ足を踏み入れるだろうか。
それに、あの時彼女は、ヨルに対して「こんにちは」と言ったのだ。
あんなに血なまぐさい場所で、「大丈夫ですか」でも、「どうしましたか」でもなく、まるでヨルが無事なことも、あの場で起こった惨劇もまるで知っていたように。
「ノルドワイズで護送中の御子が暴れた件ですが、遺体から魔ダニが検出されました。ヨル様が修復くださった森の結界の魔ダニも、位置的にみて御子たちに取り付いた魔ダニが逃げたものでしょう。魔ダニの卵は極めて微細で乾燥状態でも死なず、埃のように見えるとか。
メリフロンドのグロースプラガーの暴走も、魔ダニが結界の魔導具で繁殖したと考えれば納得がいきます。推測ですが、郵便物か何かに忍ばせて送り込んだかと」
魔力の多い魔人からすれば、魔ダニは魔獣の死により無限に増える魔石を分解して土に返してくれるお掃除屋、悪くても害虫くらいの認識だったが、魔力の少ない人間にとってはかなり厄介な生き物らしい。メリフロンドで起きたグロースプラガーの氾濫などは、ほとんどテロと言っていい。
「生物兵器になりうるな。管理はされていないのか?」
「もちろん飼育はおろか所持も厳罰に処される有害指定生物です。ですが、敵対国に対して有効打になりうる生物ですから、保管されている場所はあります」
魔ダニは兵器扱いらしい。魔力があれば孵化するが一定以上の温度でないと繁殖せずに死滅するあたり、使い勝手は良いだろう。
「伝手と金、権力があれば入手は可能という事か。そういった品なら入手できる者の目星も付くだろう?」
ライラヴァルはこの国に6人しかいない枢機卿だ。
立場が高いということは得られる情報の機密性が高いという事。兵器になりうる生物をどこが管理しているのか、持ち出しうるのが誰なのか。さらにはマンティコアという輸送部隊を壊滅させた魔獣を利用できたことも合わせれば、絞り込めているのだろう。
しかしライラヴァルは、自分の答えに確証が持てないようで、ひどく言葉を選ぶ様子で口を開いた。
「魔ダニとマンティコア、そしてドリスという一人で旅をする娘。それだけでしたら心当たりはあるのです。ですが、どうしてヨル様を目覚めさせたのか、ヨル様に見せつけるように御子やグロースプラガーを暴れさせて、一体何がしたかったのか、動機が理解できないのです」
「かまわない。ライラヴァルの推測を聞こう」
ドリスが一体何者か。それはすでに知っている。
ヨルが知りたいのは彼女の状況、今のマグスで何者なのかということだ。
「ドリス……、よくある名前ですけれど、聖都にそう名乗る者たちがいるのです。
正確には『ドリス』ではなく『ドールズ』。教皇エウレチカに仕える巫女であり、目が見えず聖都を離れられない教皇に代わって聖ヘキサ教国を見て回る、『教皇の人形たち』です」
「6歳児!」って指定しているのに、ルーティエが育っちゃってるのだが(´・ω・`)
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