030.エピローグ
ゴールデンクレスト山脈からメリフロンドへ流れる河川は、運河として利用するには水量が少なく水深が浅い。
この川を運河として利用するために、かつてメリフロンドを研究拠点としていたエレレ率いる編術師団は地形の造成を行った。エンブラッド一帯を爆破して湿地帯に変えたくらいだから、今更と言えば今更だが、エンブラッド大湿原手前の大地を隆起させ、勾配をなだらかなものに変えたのだ。
結果、エンブラッド大湿原の南端は地面が100メートルほど隆起した断崖になっていて、運河はその絶壁の端でダムのようにせき止められている。
この落差を船で移動できるのは、水位を変化させることで船舶を上下させる船舶エレベーターがあるからだ。
この船舶エレベーター、パナマ運河にある水門式の船舶エレベーターを想像すれば分かりやすい。しかし、パナマ運河の船舶エレベーターが多段式であるのに対し、こちらはなんと1段式。『浮上橋』と呼ばれる河口をふさぐ2枚の巨大水門が交互に上下し、水門に挟まれた空間の貯水空間の水位が100メートルの落差を上下する仕組みだ。水量の関係か一日に二往復だけだが半永久的に自動で稼働する仕組みで、操作室もなければ昇降開始のコントロールも不可能なそれは、メリフロンドとゴールデンクレスト山脈を繋ぐ船舶交通の要所として今なお人々に利用されている。
「おぉ、すごい。エンブラッド大湿原が見下ろせる」
いつもは船舶がぎゅうぎゅう詰めな船舶エレベーターだが、エビエビパニックと誰かさんが起こした大爆発のお陰で今は貸し切り状態だ。
本当はワニが引っ張る鉄道獣車や、イモリが引っ張る観光船にも乗りたかったのだ。こちらはセキトが焼きもちを焼くから涙を呑んで我慢したが、船舶エレベーターなんてギミック、乗らないはずがないだろう。
ファンタジーだ、ファンタジー。多少の冒険が無ければやってられない。
ゆっくり上昇していく水門に合わせて水面も上昇する船舶エレベーターの中、ぷかぷか浮かびながら見下ろす大湿原は絶景で、セキトも喜んでいる様子だ。もちろん、ヨルもご機嫌である。
上流からの水量と浮上部分の容量が一致していないから、溢れた水がエンブラッド大湿原に滝のように流れ落ち、眼下の景色に虹を添えている。
「あのう、ヨルさま。ドリスは連れて行かなくていいのですか?」
「あぁ、ドリスは……、少し調子が悪くなってな。聖都に帰ることになった」
「そうですか」
「心配しなくても大丈夫だ。ルーティエは優しいな」
ヨルが景観を楽しんでいると、まさかのルーティエがドリスのことを聞いてきた。ヨル以外は全部モブだと思っていそうなルーティエがドリスのことを心配するとはなんて成長ぶりだろうか。
褒めねば、褒めねば。いいことなのだと刷り込まなければ。
ヨルがルーティエの頭をヨーシャヨシャヨシャと撫でていると、なぜかミーニャが頭突きしてきた。こっちもなでろというのだろう。ヨーシャヨシャヨシャ。
二人が満足した後は、体当たりでエビを潰しまくってエビ臭くなったセキトの貝殻を、水の魔術で洗ってやる。しばらくは一人シリアスな雰囲気で、ライツ葬送の跡地を見つめていたヴォルフガングも、一旦中へと引っ込んで、エビ臭い身なりを整えてきた。
部屋で着替えてくるあたり、チビッコとニャンコではあるが二人のリトル・レディーに配慮しているのだろう。さすがは娘を持つ父だ。風呂上がりだってパンイチでうろついたりしないのだろう、なかなかにジェントルだ。
ゆっくりと上昇する船舶エレベーターに合わせて、エンブラッド大湿原での日々を思い出す。
もうすぐ崖の頂上で、この先にはゴールデンクレスト山脈にある鉱山の街、グリマリオンが待っている。当初は経由地に過ぎなかったが、メリフロンドで新たな目的が増えた。グリマリオンに行けば、故郷に帰ったはずのヴォルフガングの部下が生き残っているかもしれない。
「新たな旅のはじまりだな……ぁぁあ??」
旅の節目をかっこよく宣言したかったのに、ヨルの語尾がおかしな感じで上がってしまった。
「ギョーウ?」
「ギョーウ!」
「ギョーウ!」
「ギョウ!」「ギョウ!」「ギョウ!」「ギョウ!」
「ヨルさまぁ!」
崖の上、船舶エレベーターの出口に当たる橋脚に、駄チョウにまたがる銀の影。
なびく銀髪が眩しいその男は。
「ラ、ライラヴァル!?」
「何でここにいるです!? 分体が見失ったと思っていたら!」
「にゃいにゃ、にゃい、にゃ。うー! にゃー!」
「魔滅卿か。なるほど、駄チョウの脚なら追いつけるな」
ヴォルフガングが冷静に解説してくれた通り、メリフロンド付近でうろうろしていた駄チョウを捕まえ、ヨルの行動を予想して先回りしていたのだろう。
「とーう!」「ギョーウ!」「ギョウ!」「ギョウ!」「ギョ!」「ギョ!」「ギョ!」「ギョ!」
橋脚からセキトの上へとジャンプをかますライラヴァルと7匹の駄チョウの群れ。
「うわ、飛んでくるな! 駄チョウ、お前は飛べないだろう!!」
「とーう、じゃないですー!」
「うー! にゃー!」
「どうする、ヨル。魔剣カルニフィクスの錆にするか?」
駄チョウは飛べないはずなのに、「そういや、オレ、トリだったんじゃね?」と思い出したかのように短い羽根をパタつかせ、ライラヴァルを乗せた駄チョウは、セキトの上へとひらり……いや、ドスンと着地を決めてしまった。ちなみに追随した駄チョウたちは、セキトの殻から滑り落ち、作動したフロートでぷかぷか水面に浮いている。
(うわぁ、駄チョウが飛んだ。成せばなるんだなー)
なんだろう、この光景は。あっけにとられたヨルは真顔で魔剣に手にかけるヴォルフを見て、ようやく我に返る。
「ヴォルフ、落ち着け。ライラヴァル、お前、頼んだ仕事は?」
「すべて滞りなく済ませました! それにお伝えしたいこともありまして!」
「ラッ、ライラはあの大爆発の後始末をするのです!」
「もー、ルーティエちゃんたら、イケズねぇ。心配しなくても何人かの前で“魔滅の聖典の威力を見たか!”ドヤァッってやってきたわよう。とはいえ、あんなスッゴイ爆発、追及されるとさすがにボロがでちゃうもの。いない方が信憑性が上がるってものよ! 影武者つきで双子ちゃんをノルドワイズに帰したからアリバイも抜かりがないわ。メリフロンドはカストラちゃんの領地だし、あとはあの娘が何とかするわよぅ!」
なんて無駄に有能なオネェなのか。あと、こっちの世界にも”ドヤァ”ってあるのか。
(来ちゃったもんはしょうがないか)
割と押しに弱いヨル。問題を先送りにするタイプかもしれない。
とはいえライラヴァルにはノルドワイズに引き続き、メリフロンドでも働いてもらったのだ。さすがに今すぐ帰れとはとても言えないし、魔剣カルニフィクスの錆にするわけにもいかない。
「ライラヴァルは分かったが、その駄チョウは……?」
「ギョーウ!」
「ギョ!」「ギョ!」「ギョ!」「ギョ!」「ギョ!」「ギョ!」
カパッと口を開けて鳴く駄チョウ。自分から飛び移ってきたのに、ここはどこだと驚いている様子だ。
きっと、先ほどエビを食べたことも、現在進行形でライラヴァルを乗せていることも忘れ去っているのだろう。清々しいまでの知力の低さにいっそ好感が持てる。
「そういえば、駄チョウの原種はゴールデンクレスト山脈に生息していたな。こいつらなら魔素枯渇地帯でも走れるか……」
「ギョーーーウ!!!」×7
旅は靴ずれ足が痛い……じゃなくて、旅は道づれ世は情けというやつだ。
足の代わりにちょっぴり頭が痛いけれど、オネェも駄チョウも何かの役には立つだろう。
船舶エレベーターが昇り切った先は、これまでの湿潤な環境とは打って変わって、木々は細く緑が薄い平凡な風景が広がっていた。魔素が薄いと現実に近い景色になるらしい。
遠くに見えるはゴールデンクレスト山脈。
岩肌が日に照らされて黄金色に輝いて見えるが、あそこに近づくにつれ、土地は痩せていくだろう。
少々頭が痛くはあるが、一人減ったと思ったら、一人と三匹が増えてしまったヨル一行は、運河沿いの道に上陸すると、ゴールデンクレスト山脈に向けて走り始めた。
オネェ、合流! ってことで、3章終わりです。
4章まだ書いてる途中ですので、現状の各週ペース更新が続きます。
目指すはゴールデンクレスト山脈にあるグリマリオン鉱山。そしてそこで出会うのは……。
もうしばらく、ヨルの旅にお付き合いください!




