028.走れ、トリ
――あんたと会うのも3回目だな。
現世から前世へと遡る回廊で、因は三度ヨルと出会った。
自分が何者だったのか、それを認識してしまった今なら、慟哭の理由にも察しがついた。
死ぬためにどれほどの犠牲を払ったか。彼は誰よりそれを理解していて、全てを犠牲にしてなおも手に入らない安寧に嘆いていたのだ。
この嘆きはこの狭間に残留する思念体のようなもの。
因もヨルも自分なのだ。
明確な意思を持って戻ると決めれば、次元の異なるその場所もおぼろげながら知覚できた。
狭い箱の内部のような閉鎖的な空間の中から、因は再びヨルへと戻った。
■□■
「はあっ、はあっ、ふーっ。……息、止まってたのか……」
目覚めたヨルは、2,3呼吸して息を整えると、手短に現状を確認した。
やはりこの肉体は優秀だ。
田口因から戻ってすぐだから、なおさらに痛感する。体が軽く力がみなぎるばかりではない。頭脳は冴えわたっていて、因ではあやふやだったことも容易に理解することができた。
考えたいことは山ほどあるが、今は先にやることがある。
「とりあえず、ヴォルフのところに急がないとな」
魔獣除けの結界は起動した。あの魔力量ならウン十年単位で、メリフロンドは安全だろう。さすがは編術師団というべきか、魔素を薄める対魔獣結界だけでなく、耐衝撃の魔力防壁も同時に構築されメリフロンド一帯を覆っている。これなら、新たなグロースプラガーは入ってこられまい。
メリフロンドには大量に衛兵がいるから、すでに侵入してしまったグロースプラガーは彼らが何とかするだろう。
逆に心配なのは今回の元凶、ライツ葬送だ。
よほどたくさんの卵を保管していたか、それとも管理がずさんだったのか。
餌も大量にあるのだろう、湧き出るようにグロースプラガーが増え続けている。
そりゃあ、もう、うじゃうじゃだ。
「……行きたくねー」
行かなきゃ、多分ヴォルフたち死んじゃうから、行かない訳にはいかないが。
前回の肉蟲と言い、なんかうじゃうじゃ多くないか。
嫌だなぁと思い始めると、ライツ葬送までの距離も煩わしく思える。ルーティエ大暴走の時は、ビューンと空を飛んでいったが、あれは魔滅の聖典が無ければできないから、頑張って走っていかねばならない。
「……徒歩だ、徒歩。とほほほほ」
思わず親父ギャグを漏らしてしまうヨル。
魔王の配下の施設的にはお愛想せねばと思ったのだろうか、それともただの偶然か、うっかりスイッチに触れた瞬間、ヴン、と出口付近にある部屋に魔力が供給された。
「こんなところに部屋? あぁ、グロースプラガーの魔石を回収する魔導具かなんかの格納庫か」
何か乗り物があるかもしれないと、気軽な気持ちで扉へと近づくヨル。
研究施設と防御結界、主要な二つの魔力庫にたっぷりと魔力を注がれて、完全に目覚めた施設は、久方ぶりに訪れた魔人の王に禁断の扉を開いてしまった。
「……こ、これは! エレレたち編術師団がどうやって魔石を回収していたのか気になっていたが、これだったのか!」
いーものみーつけた。
優秀なはずの魔王頭脳がななめ上の解答に至ってしまったのは、うじゃうじゃいるエビに立ち向かいたくないという、気持ち故の錯覚だろう。
魔王だってもとは人の子。そして中身は因なのだ。
ぱっちりとした大きなおめめ。体の割に細くて長い2本の脚で走る鳥類。
ゲーム好きの日本人なら、こんな見た目の生き物に乗りたくなるのも仕方あるまい。
■□■
「ギョ、ギョーウ!」
「ギョーウ!」
「ギョーウ!」
(ちがう、これじゃねぇー!!!)
水しぶきを上げまくり、水面をものすごい勢いで駆けていく一軍。
先頭を行く一匹にヨルを乗せ、意気揚々と走っていくのは二足歩行の鳥である。
騎乗できる鳥。ファンタジーな生き物だ。
となれば、想像するのは一つか二つ。青き衣で空をぶっ飛ぶ昆虫大好き少女の乗るやつか、最終幻想なシリーズでおなじみの、クエっと可愛いやつである。
だがしかし。ヨルが今乗っているものは鳥類であることと騎乗できることを除けば別物で、現実寄りにずれている。
百歩譲ってつぶらな大きい瞳はキャラクター的魅力があるが、その目に対して頭部とついでに脳みそが小さ過ぎるのだ。
「こいつら、ダチョウじゃないか―――――――――――――――――!!!」
異世界ダチョウ、あだ名は『駄チョウ』。
混乱を意味する『ファズル』という種族名があるにはあるが、誰も呼んでくれない超が付くほどのダメなトリ。
それが、ヨルが目覚めさせてしまった輸送獣である。
地球に生息しているダチョウも素晴らしい身体能力と驚異的なアホさ加減で有名だが、駄チョウはその特性にさらに磨きがかかっている。
身体能力に関していえば、カチンコチンの凍結状態で保存されていたのに、急速解凍30秒で何事もなかったかのように動いた時点でお察しだ。解凍時間的に内臓はまだ凍ったままだが、動いてるうちに溶けるんじゃね? 的なアバウト具合だ。
水面を走っているのだって、かの“右足が沈む前に左足を出せばOK”理論で、湖沼地帯に特化して進化したというわけではない。だから、水深の深い場所で立ち止まってしまえば沈んで溺れる。発達しすぎた脚の骨と筋肉が重くて、浮くことができないのだ。頭はとっても軽いのに。
“異世界だもん、魔力使った身体強化的なアレなんでしょ?”と思うことなかれ。
なんとこの駄チョウ、魔素を魔力に変換する光体をほとんど保有していない。では、どうやって魔力があってナンボのこの世界で生きてこられたのかというと、そもそもの身体能力がとんでもなく高いというのももちろんあるが、魔石を喰って腹の中に貯めこんで、それを使っているのだ。
地球のダチョウも呑み込んだ石を消化を助ける胃石とするが、駄チョウも初めは同じだったのだろう。魔石はピカピカしている光モノだから、優先的に呑み込んだのかもしれない。
進化のどこかの段階で、“あれ、この光る石を呑み込んだら、体めっちゃ動くんじゃね?”と駄チョウが気付いたかと言えば、多分気付いていないのだろうが、魔石を優先的に呑み込んで、場合によっては魔獣を倒して魔石を取り込むような個体が生き残った挙句、今の駄チョウになったのだろう。
グロースプラガーくらいの魔獣なら喜び勇んで飛び掛かり、ブッ倒して魔石を喰らう。そんな素敵なトリである。
「なんだ、あれは!?」
「馬か? いや、ラプトル!? ……違う、あれはト、トリだ!」
「鳥だと!? あそこは水面だぞ? そ、そうか、水面ギリギリを飛んでいるのか!」
ちーがーいーまーすー。走ってるんでーす。
悟りの境地に入ってしまえば、メリフロンドの人々の賞賛の声が心地いい。
これを聞くために、ただでさえ良い魔王聴力をさらに強化したくらいだ。
駄チョウたちの先頭に騎乗し、グロースプラガーの隊群めがけて突撃をかますヨルはちょっとどころではなくハイになっているのかもしれない。シュールすぎて、シラフじゃやっていけない状況ではある。
「ギョ、ギョ、ギョ、ギョーウ!」
「ギョ、ギョ、ギョーウ!」
「ギョ、ギョーウ!」
ギョギョギョギョ、ギョギョギョギョ、やかましい濁音を響かせて、駄チョウの大軍がグロースプラガーの群れへと突撃をかます。ライツ葬送から溢れ出すグロースプラガーも大軍だけれど、駄チョウも負けずに大軍だ。グロースプラガーの数に合わせて目覚めるプログラムなのかもしれない。ヨルが率いる一団の後からも、続々駄チョウがやって来る。
先頭を走っているからちょっとだけ気分はいいが、ヨルを乗せている駄チョウは乗せてることすら忘れていそうだ。駄チョウだし。
おそらく、続々と湧いて来るグロースプラガーに夢中なのだろう。
巨大エビVS駄チョウ! 水上の大激突(物理)! 開幕だ。
駄チョウは急に止まれないのだ。この速度でグロースプラガーの群れに激突したら、さすがの駄チョウも無事では済まない。けれどそんなこと考える脳みそは駄チョウには備わっていない。
「なんかもう、やけくそだ。目覚めよ水精 根源たる蛇よ うねり呑み込み藻屑に変えよ 水蛇の牙撃!!」
ドーン。
ヨルの詠唱と共に、周囲の水が十数か所ほど巨大な蛇のように鎌首をもたげ、そのままグロースプラガーの群れへとぶつかる。圧倒的な水流に押し流されるように、グロースプラガーの群れは吹き飛ばされて左右に広がり、餌を追う駄チョウの群れも散開していく。
「ギョ、ギョ、ギョーウ!」
「ギョ、ギョーウ!」
「ギョーウ!」
そして始まる駄チョウたちのお食事タイム。
勢いがそがれ、横向きに流されたエビの脇腹めがけて、水上を走れるほどの駄チョウの蹴りがさく裂する。
「ギチチチチッ!!」
海獣大乱闘の始まりだ。グロースプラガーの群れに突撃した駄チョウの群れは、速度の乗った蹴りでエビの群れを圧倒するが、それは初撃に限られる。駄チョウは陸の生き物で、走り続けなければ水に沈んでしまうのだ。
これが野生の駄チョウなら、溺れ死にというオウンゴールで勝敗はすぐに決していただろう。実際、エンブラッド大湿原一帯で野生化していた駄チョウたちは、そうやって滅んだのだから。
けれどヨルが目覚めさせた駄チョウたちは、編術師団が魔石回収用に改良を重ね、装備を与えた精鋭だ。
一度どぷんと沈んだ後は、胴巻きのフロートが作動してぷかりと浮かぶ。もともと強い抵抗力はさらに強化されていて、グロースプラガーの毒を受けてもへっちゃらだ。
フロートで水面に浮かんだ駄チョウたちは、グロースプラガーとの距離が近くなったとばかりにその鋭いくちばしでつつき倒したりて魔物エビ肉を捕食したり、そのまましゃかこら脚を動かし、ものすごい勢いで進んだかと思うと、再び水面に飛び出して、次の獲物に飛び掛かっている。
(すげぇ。駄チョウ、すげぇ。ってか、魔獣肉、喰うんだ、駄チョウ……)
この様相にはヨルも感嘆するばかりだ。
魔獣は死ぬと魔石を残して肉体が崩壊するが、生きている間はちゃんと肉体があるのだ。だから踊り食いなら魔獣肉を食べることが可能だが、それを行うトリがいるとは……。
「ギョギョギョギョギョギョギョ、ギョ、ギョ、ギョーウ、ギョーウ!!」
「はい、どうどう、お前はこっちな」
ヨルは自分の騎乗する駄チョウを操りライツ葬送へと向かう。
駄チョウはとってもアホだから、皆がエビに夢中でも、視界を操作してやればそっちに走ってくれる。
「待ってろ、ルーティエ、ミーニャ。焦るなよ、ヴォルフガング。冷静でいてくれ!」
駄チョウにまたがり、ラストスパートをかけるヨル。
お前こそ、冷静になれとツッコミを入れてくれる者は、どこにもいない。
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