019.世間知らずと案内人
昨日投稿予定のはずが、1日ずれてしまいました(*- -)(*_ _)ペコリ
「聞きしに勝るとはこのことですね」
メリフロンドに降り立ったアリシアは、この街の喧騒と雑踏に圧倒されていた。
鉄道獣車の車窓からちらりと眺めたメリフロンドは、無秩序な建築物と樹木が組み合わさった巨塔と言った様子だったが、そのごちゃごちゃとした外見以上に内部の状態は入り乱れていて目まぐるしい。
水面に近い位置にある鉄道獣車の駅は、乗客と彼らから仕事を得ようとする人々でごった返していて、むわりとした人いきれにアリシアはめまいを覚えそうになる。
水の匂い、輸送獣の獣臭、大勢の人間の汗と雑踏の臭い。視覚も嗅覚も忙しい中、客引きの声が響き渡る。
「荷物運ぶよ、荷物、荷物! 荷運びは安全安心迅速丁寧なカニさんマークの荷運び会社へ!」
「宿屋のご用はメリフロンド宿泊所案内コーナーへ!」
「エンブラッド大湿原の観光はいかが!? 輸送獣で楽々移動のフロッグクルーズで旅の思い出を作りませんか!?」
客引きの声を振り切るように、アリシアは速足で駅を後にする。運んでもらうほどの荷物はないし、用が済み次第、聖都に戻るつもりだから宿も必要ないのだ。ましてや観光なんてするつもりも時間もない。
(地図なら事前に用意している。魔導具街はこちらの方向……。……………………。……ここは、どこだ?)
無秩序に増改築を繰り返したメリフロンドの内部は、縦横無尽に通路が走っていて方角など容易に狂ってしまうのだ。地図なんて何の役にも立ちはしない。
早速 迷子になったアリシアに声をかける者があった。
「姉ちゃん 迷子かい? あたいが案内してやろうか? 姉ちゃんどこに行きたいの?」
「グリムウィンダー魔導具店を知っているか?」
「知ってるよ 頑固じいさんのところでしょ。あたい、ナビアってんだ。案内してあげるよ」
無邪気な声にアリシアが振り返ると、八重歯のある口元で人懐っこくニコッと笑う少女が立っていた。
声をかけてきたのが成人だったなら、アリシアも警戒したに違いない。しかし、お嬢様育ちのアリシアにとって、子供というのは善良で無垢な存在だった。
「あぁ、助かる。光あれ、リグラ・ヘキサ」
「あ、そういうのいいからさ」
アリシアの感謝の祈りを遮るように差し出された少女の右手は、少し薄汚れていた。
(手をつなぐのか? やれやれ、子供は仕方がないな……)
対価を求めて差し出された手をアリシアがこのように理解したのは、彼女が与えられることに慣れ過ぎていたからだろう。差し出された手を断るのも悪いと思い、アリシアは差し出された手を取って、ナビアと手をつないだ。ナビアの呆れたような眼差しに、アリシアは気付くことさえない。
「……姉ちゃんてさ、いいところの人だよね。ちゃんと素材、持ってきてるの? 頑固爺さんのところはさ、お金だけじゃ作ってくれないよ」
「大丈夫だ。素材ならここに」
大切な魔晶石が入ったカバンを撫でるアリシア。
アリシアはちゃんと気づいていたのだ。
案内を買って出たナビアの手が汚れていることも、着る物がくたびれていることも、その体がずいぶん痩せていることも。気づいてはいたけれど、それが何を意味しているのか、ナビアがどうして手を差し出したのか、そんなことがこれっぽっちも分からなかった。
ピーピピピーピー。
調子よく口笛を吹きながら入り組んだ通路を進むナビアに連れられ、アリシアは狭い裏路地を上へ上へと登っていく。今どこにいるのか、どっちを向いて進んでいるのかも分からない状況に、アリシアがおかしいと感じ始めた時、ナビアは建物の合間から見える景色を指さした。
「姉ちゃん、見てみなよ。ここから見る景色が、あたいは一等好きなんだ」
アリシアが思っていたより、ずいぶん高い場所まで登ってきていたようだ。ナビアが指示した狭い建物の隙間の先には、どこまでもエンブラッド大湿原が広がってそこここに浮かぶ浮島の緑と雲の流れる空を映し出している。ただでさえ幻想的な景観は、水面に反射する陽の光に複雑に色を変え、それが建造物に切り取られることで壮大な絵画のようにも思える。
「これは……。見事だ」
思いもよらない景観に、アリシアが見とれてしまったのも仕方あるまい。
「そこの階段を下りたら頑固じいさんの店につくから。コレは案内料にもらっておくね!」
遠くから聞こえた声にアリシアが慌てて振りかえった時にはナビアの姿はすでに遠く、その手にはアリシアが大切に運んできた魔晶石が握られていた。
「なっ!? 返せ! それは……」
一体いつの間に? 慌てて鞄に手をやると、景色に見惚れていた時にやられたのだろう、カバンの底には刃物で切り裂かれたような跡があり、魔晶石は抜き取られた後だった。
よくあるスリの手口だが、そんなことすらアリシアは知らない。
何より、盗まれた魔晶石は金であがなえるものではないのだ。
「貴様! 待てぇっ!」
あれを失うわけにはいかない。どんな手段を取ったとしても取り返さねばならないのだ。
子猿の様にすばしこく、遠くへ走り去っていく少女。今から走って追いかけたのでは、とてもではないが間に合わない。
アリシアは、意を決したように腰に佩いた魔剣を抜いた。
■□■
行商人のレンドルが、得体の知れない女が残した地図の場所を訪れることにしたのは、そこがメリフロンドでは有名な商会の獣舎だったからだ。
『ライツ葬送』、通称『葬儀屋』。このエンブラッド大湿原で亡くなった人々の遺体をゴールデンクレスト山脈に運ぶ商会だ。
メリフロンドからゴールデンクレスト山脈の途中までは小型の船なら通行できる運河がある。ライツ葬送はイモリ型の輸送獣に船を引かせて遺体を運搬していたはずだ。イモリ型は速度は出ないが悪路に強く、清流から泥水まで水質を選ばない。民間でよく使われる比較的安価で飼いやすい輸送獣だ。
幸いレンドルの輸送獣もイモリ型だ。得体の知れない女がよこした情報がガセ情報だったとしても 運送の手伝いであるとか商談に来たとごまかすことは可能だろう 。
「ほう、貴方も輸送獣をお持ちで」
「はい。今までは海辺に近いペトローミを拠点に商いを行って参りましたが、私の輸送獣はもう老齢でして。少しでも安全な仕事をさせてやりたいとこちらを訪ねた次第です」
「確かに弊社はエンブラッド大湿原一帯とゴールデンクレスト山脈付近で商いをいたしておりますが、運ぶものは主に人間。それもご遺体でございます。下請けにお願いするような仕事ではございませんので」
「それはもう存じております。ところでこういったものを手に入れたのですが……」
ライツ葬送の獣舎を約束もなく訪れたレンドルを、獣舎の責任者の男は胡散臭げに見ながらも応接室へと通してくれた。輸送獣持ちで下請けで働きたいという者は時折やって来るものだから、その手の類と思ったのだろう。しかし、レンドルが差し出した封書を開けるや、責任者の男の表情が変わった。
「これをどこで? いや、それよりも……」
責任者の男が取り出したのは一枚のカードで、男が見る面に一体何が描かれているのかレンドルには見えない。ただ、少し汚れているようで、砂か埃のようなものを払いつつ、男はそのカードが本物であることを確認していた。
「本物のようですね。……魔石を如何ほどご入用で?」
(ほ、本当に、魔石があるのか!?)
ダメで元々とやってきたのに、まさか本当に魔石が手に入るとは。
あのカードは何なのか。責任者の男の反応を見るに、簡単に手に入る代物ではないのだろう。そうであるなら、どうしてあの女はそれを見ず知らずの自分に渡したのか……。
驚き喜ぶレンドルは、先ほどカードから床へと払い落とされた砂粒が、磨かれた床のどこにも落ちていないことに気が付かなかった。
明けましておめでとうございます。
ストックが尽きそうですので、当面の間2週に1回(日曜更新)の更新となります。
本年も、応援よろしくお願いします。




