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【改稿版】俺の箱~かつて、魔王がいた世界~  作者: のの原兎太
第1章 ヘキサ教の乙女たち
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008.聖騎士 *

 挿絵(By みてみん)


「アリアンヌ、アルベルト。もう少しでノルドワイズだ!」

「はい。アリシア様!」


 夕暮れの森の中を、二人の騎兵と一台の馬車が駆け抜けていた。

 アリシア、アリアンヌと呼ばれた二人の女性が騎馬を駆り、アルベルトともう一人を乗せた馬車が後ろに続く。


 互いを呼び合う3人は似た意匠の白銀の鎧をまとい、馬車を引く一頭を含め馬は皆、8本もの足を持つ馬スレイプニルだ。その立派ないでたちは、荷馬車を引くのに不釣り合いに思える。

 一目でヘキサ教団の聖騎士と分かる3人とは別に、馬車の後方に乗り、追いすがる魔獣をボウガンで牽制している男は一人だけ使い古された鎧をまとっている。元は良い品なのだろうが、修繕もなされていない鎧に清潔とはいいがたい服装は、まるで敗残兵のようだ。


「荷馬車など、駄馬にひかせればいいものを。折角、馬を貸与したというに潰しおって」


 愛馬を馬車につないだことが気に入らないのだろう。忌々し気に舌打ちするアルベルトの声を、馬車の後方を守る壮年の男――、ヴォルフガングは聞き流す。

 もともとヴォルフガングに与えられた馬は、アリシアたちの8本足の馬、スレイプニルとは違って普通の馬だった。馬術にたけたヴォルフガングでも、ゆっくり走るスレイプニルに追走するのがやっとなのに、昼夜を問わぬ強行軍に限界を超えた哀れな馬はノルドワイズを目前に泡を吹いて倒れてしまった。

 近くにあった宿泊所に代わりの馬を手配するために立ち寄って、この荷馬車を護送していた騎士団が全滅したという情報を得たのだ。


「『箱』は遅延なく移送されねばなりません」


 ノルドワイズまで『箱』の運搬を買って出たアリシアの提案は、狂乱の月の中、余剰人員を割けない宿泊所の騎士にとって渡りに船で、アルベルトの馬に引かせることとなった次第だ。『箱』をその辺りのハンターや商人に運ばせるわけにはいかないが、ヘキサ教団の聖騎士であれば問題はない。

 『箱』の引継ぎに時間をとられ、宿泊所を出たのは昼をとうに回った頃になってしまった。いくら俊足を誇るスレイプニルでも馬車を引いて日のあるうちにノルドワイズにたどり着くのは難しい。安全をみて宿泊所で一泊すればいいものを、「急げば間に合う」という、これまたアリシアの無茶ぶりによる強行軍だ。アルベルトとしては文句の一つも言いたいところだが、ヘキサ教団で立場の上下は絶対なのだ。しかも家柄までいいとなれば「Yes」以外の返事はない。


 唯一部外者ともいえるヴォルフガングだけは、「無能な上司を持つと大変だな」とでも言いたげな目をしていて、それがアルベルトの神経を逆なでする。非常に癪だがその意見には同意するところだ。現に日が傾きかけるにつれ、魔獣は数を増して一行に襲い掛かってくる。

 普通なら魔獣が活発化する夜に森を抜けるなど狂気の沙汰なのだ。それを可能にしているのは、アリシアの持つ魔獣除けの魔導具の効果だろう。魔獣を寄せ付けない魔導具はいくつもあるが、この移動で使われたのは弱い魔獣は寄せ付けず、強力な魔獣の動きを鈍らす高価なものだ。それを、移動中絶えず使用していたから、魔獣の多いノルドワイズ周辺をこうもすんなり移動できた。

 往く手を遮る魔獣をアリアンヌ、アルベルトの2名がボウガン型の魔導具で倒し、一行はノルドワイズへと急ぐ。


(これほど多くの魔導具を携帯し、惜しげもなく使うとは。さすがはヘキサ聖騎士団でも教皇付きの聖騎士というわけか)


 馬車の後方で追いすがる魔獣をけん制しながら、ヴォルフガングは先頭を行くアリシアをちらと見る。

 立派な鎧を身に着け、それなりに戦闘はこなせるようだが、ヴォルフから見れば世間知らずで箱入りのお嬢様だ。年齢は十代後半で、整った顔立ちや立ち振る舞い、二人の従者を従えていることから、いい家柄の娘であると一目でわかる。絵にかいたようなお嬢様騎士だ。


 何やら崇高な目的でもって、二人の従者と高価な騎馬に魔導具、そして彼女の家預かりであるはずのヴォルフガングまで引っ張りだして北の果てまでやって来たが、この世間知らずなお嬢様、本来は、こんな少人数で魔獣の出る場所に出かけるような身分の者ではない。


「この方は、教皇エウレチカ様にお仕えする聖騎士、アリシア・ストリシア様だ」


 ヴォルフガングと対面した時、アリアンヌだかアルベルトだかいう従者が「ひかえおろう!」とばかりに紹介したが、教皇付きの聖騎士というだけでなく、ストリシアという家名にも価値がある。

 友好各国に支店を持つ大規模ギルド、ストリシア・ハンターズ・ギルドを運営するストリシア家のご令嬢なのだ。新興の家系ながら財力に恵まれた貴族家だったと記憶している。


(言葉の通じぬ魔獣相手に剣を振りかざすより、平民相手に権威を振りかざすほうが、よほど威力があるだろうに)


 前線で命を預ける指揮官として相応しくなくとも、見目も家柄も良い令嬢に向いた役目はあるものだ。

 そんなことを考えながらヴォルフガングは、宿泊所で小耳にはさんだ話に思考を移す。


(もう一台の荷馬車とやらは一体何を運んでいたのだ?)


 騎士団の馬車は2台あったのだという。残された書類によると、積み荷は欠けることなく揃っていて、大破した1台は騎士たちや食料を乗せていたというのだ。アリシアたちは、その説明に納得したようだが、長く軍籍に身を置くヴォルフガングは違和感を覚えた。

 アリシアは悪人ではないのだろう。敬虔な信徒で、真っ直ぐに育ったお嬢様だ。

 目的のさなかでも、教団の責務を全うすべく『箱』を運ぼうとすることも、騎士隊が全滅したと聞き、祈りを捧げるさまも、彼女の頑なな信仰を表しているようだ。

 教皇のそばに侍るにはうってつけの人材で、だからこそ大任を任されているのだろうに。


(圧倒的に経験が足りんな。聖都にこもっていれば致し方があるまいが)


 輸送には金がかかるのだ。兵士や食料だけに荷馬車1台あてるなどありえない。何か、記録に残せないものを運んだとみるべきだ。

 そんなものを運んでいる輸送隊が街道で凶悪な魔獣と出会ったなら、撤退するのが普通だろう。

 獣型の魔獣なら、犠牲は出ても逃げることは可能なのだ。魔獣は喰らうために襲ってくるから。最初の犠牲者をむさぼっている間に逃げることは、到底勝てない魔獣が相手ならば当然の判断だ。


(撤退の判断もできん無能だったか、それとも魔獣の力が異常だったか)


 そして、その魔獣を倒した何者か。

 アリシアは輸送隊が刺し違えたと考えているようだが、逃げることすらできなかった連中だ。それこそありえない話だろう。証拠の魔石を遠目に見たが、なかなかの大きさだ。何の魔獣かは聞こえなかったがあのサイズの魔石を持つ魔獣なら、武勇をはせたヴォルフガングでも単独ではとても討伐できないだろう。


(積み荷が気になるところだな)


 神聖なる聖ヘキサ教国。

 神の加護により、人の形をしたおぞましき魔獣も、魔人もいない国。

 その事実がヘキサ教を世界中に信仰せしめ、8百年以上続くこの広大で強大な国の存在を神の国として揺るぎないものとしている。

 この国で最も神に近い場所にいるのは、齢16歳の清らかなる盲目の乙女、教皇エウレチカ・イニト・ヘキサ。神の座に最も近い彼女に政権を司る力はなく、(まつりごと)聖遺物(アーティファクト)によって選ばれた6人の枢機卿たちが行っている。


(この大国を盤石にしているのは信仰以上に実利だろうが……)


 ヴォルフガングのような立場の者は、信仰だけでは国を守れないことを理解している。

 この国の民にとって枢機卿たちは神の使徒にも等しい存在なのだが、真に恐るべきなのは、枢機卿の一人一人が魔人すら倒しうる力を持っていることだ。そして、この聖ヘキサ教国でのみ量産が可能な『箱』の存在。魔力を供給可能なこの『箱』によって、ヘキサ強国に点在する小さな集落でさえ魔獣除けの結界を張ることができ、その結果、多くの人口とそれを支える食料生産を可能としている。


(わが祖国、サフィアよりこの国は豊かで、民もよほど幸福そうだ。人里を好むゴブリンやオーク共に悩まされることも、魔人におびえることもない。善き国には違いない)


 強大な魔獣に全滅した輸送隊。失われた何ものか。


(あのレベルの魔獣を倒しうる存在か。……魔人であれば、可能だろうな)


 しかし、聖ヘキサ教国に魔人など存在しないはずだ。


(下らん子供のお守りかと思ったが、これはなかなかキナ臭い。秘密の一つも知ることができれば、我が祖国も救われるやもしれぬ)


 穢れなき白銀の鎧をまとった聖騎士の後ろで、囚われの元サフィア王国将軍、ヴォルフガング・エッシュバッハは暗い道行の先に目を凝らすのだった。




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[気になる点] > 馬車を引く一頭を含め馬は皆、8本もの足を持つ馬スレイプニルだ。 イラストの馬が四本足なのは幻覚かな
[良い点] ヴォルフおじさん登場に(●︎´▽︎`●︎)となっております。苦労人枠不憫な捕虜おじさん。 アリシアさんたちもお懐かしい!AA、AB、ACさんで覚えてました。 ミーニャちゃんの登場も近い!?…
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