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015.魔石工場

「シュゴー」という擬音がぴったりな、白い煙がそこかしこから立ち上る。

 スチームパンク一歩手前のその区画は、メリフロンドの台所、一大飲食店街だ。


 メリフロンドには商談に使うような高級レストランもたくさんあるが、この街で働く人々や交易をおこなう商人、職を求めるハンターに日々の食事を提供する店の数はさらに多い。多国籍な料理を提供する中華街、と言えばいいだろうか。色鮮やかなエビの天ぷらや香ばしい焼きエビが並び、巨大な鍋にはエビの煮込みがふっくらと煮える。どの店も美味しそうな蒸気を盛んに上げて行きかう人々を誘惑するのだ。


 大抵の店ではテイクアウトできる料理を店の前に並べているが、中で座って食事もできる、そんな通りだ。店はどこも狭くて薄暗く、通りの喧騒も相まって落ち着かないが、提供される料理の味は絶品だ。


「それにしても狭い街ですね。ヨルさまがいらっしゃるのです、全員水に飛び込んで道を開けるべきです」


「あはは。ルーティエちゃんは過激だね。グロースプラガーの餌になっちゃうよ」


 ルーティエの暴言をドリスが笑って受け流す。

 メリフロンドに宿を取って分かったが、狭い土地に多くの人間が集まるこの街の居住空間は驚くほどに狭い。ツインルームは二段ベッドがデフォルトで、シングルの部屋でも床にベッドを置いていない。ロフトと言えば聞こえはいいが、二段ベッドの1階部分が椅子とテーブル、物を置くスペースになっている。予算には余裕があるからそれなりの宿を取っているが、それでもこのありさまだ。普通の宿になると完全にカプセルホテルだ。というか、カプセルホテルみたいなアパートもあるらしい。入場料も高額だったが、住居費もやたらめったら高いのだ。


「これならセキトでお休みになられた方が快適なのに、まさか禁止されるとは」


「これもまた旅情と言うやつだぞ、ルーティエ。それに俺はこのごちゃごちゃ感が楽しいよ」


「さすがはヨルさま! 人間が無い知恵を絞った効率的な宿屋に、隠れ家的な楽しみを見つけられるとは。こういった簡素な暮らしの体験というのも、旅の醍醐味なわけですね!」


 人間をディスりつつ、この狭い宿屋を褒められるルーティエ、すごい。


「うむ。狭い宿に泊まり、雑多な店で食事を採る。これぞ、メリフロンドという感じだな」


「サイコーにゃ」


 この狭さを心底楽しめるのはニャン子くらいだと思っていたが、ヴォルフガングも狭苦しいメリフロンドの宿を楽しんでくれて何よりだ。ニャン子はまぁ、ニャンコだから言うまでもない。


 ちなみに不自由なのは物理的な狭苦しさだけではない。ここ、メリフロンドは禁止事項がやたらと多く、獣舎での宿泊禁止もその一つだ。メリフロンドは人口の割に狭いから、魔獣に襲われにくく巨大な輸送獣(ビークル)の獣舎は必然的に街の外になる。人間がいない前提で簡易な結界しか施されていない獣舎に人間が泊れば、当然魔獣に襲撃される。そういったトラブルを防ぐための禁止事項と言うわけだ。


「メリフロンドは聖ヘキサ教国でも一、二を争う安全な街だけど、それって、衛兵がものすごく厳しいってことだから気を付けてね。喧嘩みたいなトラブルでもすぐに駆けつけてくるんだから」


「そういえば、湿原の宿でも偽ヴォルフガングを改めに衛兵が来ていたな」


「なんでもかんでも罰金で、誤報じゃなければ通報者には金一封だからねー」


 世情に詳しいドリスがいてくれて本当に助かる。ヨルたちだけならいつの間にか地雷を踏んで、トラブルを起こしていただろう。

 それにしてもなんでもかんでも衛兵が来るとは。ノルドワイズでは罪人を使って浄罪の塔で『箱』を作らせていたけれど、罪人だって飯を食うのだ。そんなに大量の罪人を抱えて一体どうするつもりなのか。


「罰金が払えない場合はどうなるんだ?」


「たしかゴールデンクレスト山脈で労役が課されるんじゃなかったっけ」


「うみゃー。あそこはやーにゃー。力が出ないにゃー」


「ゴールデンクレスト山脈はネレアラピス鉱床のせいで魔素枯渇地帯(バレンスポット)だからな。きつい鉱山労働に使ってるのか」


 魔素は魔力の源だ。魔素枯渇地帯(バレンスポット)では魔力が生成されないから、魔術も身体強化も使えない中、人海戦術で採掘しているのだろう。飲まず食わずで肉体労働をさせられるのに等しい。なるほど大量の罪人が必要なはずだ。魔術が使えない場所だからまともな安全対策など取ってはいないだろうし、無災害な日など一日もなさそうな危険職場だ。


「捕まるようなドジは踏まぬさ。なに、精神と懐に余裕があれば、問題などそう起こらんものだ」


「ライラのところで捕まったくせに、ヴォンゲンは楽しみすぎです」


「まぁ、みていろ」


「わくわくで楽しい街にゃー」


 ルーティエの容赦ないツッコミにも動じずに、ヴォルフガングがリュートを取り出す。そっくりさんの吟遊詩人が通じると分かってから、開き直って楽しんでいるのじゃないか。


 ミーニャはミーニャで街に来てからおめめがキラキラしているから、猫心をくすぐる街なのだろう。珍しいと言われるワー・ニャンコだが、メリフロンドでは何人も見かけている。毎回鼻を近づけてクンカクンカとやりながらついでに情報交換しているらしい。その内容のほとんどが美味しい料理屋情報なのだがそれはそれで助かっている。


「ここが例の店にゃんにゃ」


 この店はメリフロンドで一度は行くべき隠れた名店。

 巨大エビフライとドカ盛りマリネが有名とくれば、食べない訳がないだろう。


「でっかいエビさんに山盛りのおしゃかにゃにゃあー!」


「んー! 新鮮! おいしーい!」


「店主、フライのお代わりを頼めるか。グリーンフラスク(ハーブビール)も頼む」


「えっ、なにそのでっかいバケツ。そんなに食べきれ……。いや、いけそうだな」


「おまかせください、ヨルさま!」


 挿絵(By みてみん)


 グローシュリンプのエビフライは、日本だったらその大きさだけで客が呼べるほどに大きくて、サクッっとした衣の下の身は締まっていてぶりんぶりんだ。マリネはマリネでサイズ感がおかしい。ミーニャやドリスが持つとその大きさが特に引き立つ。


 テーブルにそんなに食べきれるんだろうかと言う量の料理が並んだが、ヴォルフガングは見た目通り良く食うし、ミーニャの胃袋には時空魔法がかかっていてヴォルフ以上に食べるので、テーブルから落ちそうな量の料理も意外と何とかなりそうだ。


「ルーティエ、無理して食べなくても大丈夫だからな」


「大丈夫です、ヨルさま! ルーティエだってこれくらい……。はむはむ!」


「煙でてる、煙でてる。食べればいいってもんじゃないから」


 いや、本当に。駄ネコに負けじと食べ始めたルーティエからは、シューシュージュワジュワ音がして、口からちょっと煙が出ている。これは、食べてるんじゃなくて溶解してるんだろう。

 そこまでして食べなくていいから、駄ネコに張り合うのはやめなさいと言いたい。

 喋っている間に料理が無くなりそうだから、ヨルは言葉ではなく咀嚼の方で口を動かす。


「はー、うっま。っと、ソースが切れた。咲那(・・)、ソース取って」


「……ん?」


 小首をかしげながらもソースを差し出すドリス(・・・)と、自然な様子で受け取るヨル。


「サナ? ですか?」


「さかにゃ?」


 ルーティエとミーニャに聞かれて初めて、ヨルは名前を呼び間違えていたことに気が付く。


「あ。すまん間違えた」


「んー。いいよ」


 さらりと流してくれて助かる。それにしても。


(なんで呼び間違えなんか……。髪の色も顔立ちも別人だって言うのに)


 咲那とドリスは人種からして違っているし、外見上はこれっぽっちも似ていない。話す言語が違うから、口調が似ている訳でもない。けれども、どこかに通っているのだ。性格というか、醸し出す雰囲気というか。

 だから、咲那と食事をしているような気持になって、「咲那、醤油取って」の感覚で、つい名前を呼んでしまった。


(咲那は、まだ眠ったままなんだろうか。咲那を治せるだけの魔力を持ち帰るには、どうすればいいんだろう)


 そんな思考から現実に戻ると、山ほどあった名物料理は駄ネコと溶解娘のお陰できれいさっぱり消え去っていた。


 ■□■


 そんなこんなでメリフロンドを満喫しているヨルたちだったが、観光するために滞在していたわけではない。ないったらない。ちょっとぐらいしかない。


 ヨルたちの本命は、魔石の生産工場の見学なのだ。

 魔石工場は聖ヘキサ教国にとって重要な施設だが、この街の権勢を裏付けるものだからか、比較的門戸は広く開かれている。予約制で有料な時点で、差し障りのない見学コースが用意されているようなものだが、それでも見る価値はあるだろう。


 早く故郷に帰りたいだろうヴォルフガングには申し訳ないと思っていたが、ヴォルフガング自身、自国の将来のためにもこういった施設を視察できるのはまたとない機会だと快諾してくれた。


「これが魔石工場。……工場?」


 非常に真剣な面持ちで見学するヴォルフガングに対し、ヨルは「工場ってなんだっけ?」と首を傾げてしまった。何しろそこはどう見たって魔獣エビの養殖場だったのだから。


「こちらが魔石の原材料となるグロースプラガーの外骨格標本となっております。ご存じの通り魔獣は死ぬと一部素材を残して肉体が崩壊しますから、このように全身の外骨格は大変貴重で……」


 見学の最初に案内のお姉さんが見せてくれたのは、1メートルくらいあるでっかい魔獣エビ、グロースプラガーの標本だ。本物の外骨格を使っているのが売りらしいが、複数のグロースプラガーの殻をより集めて作ったようで、微妙にサイズが合っていない。地球では生き物の骨格標本や等身大模型は珍しくないが、こちらの世界ではそれなりに珍しいもののようで、工場見学の参加者たちは、みな「ほほう」などと言いながら標本を撫で繰り回している。おかげで手の届く位置のエビの殻は触られ過ぎてツヤピカだ。


「グロースプラガーの魔獣化前の状態は、エンブラッド大湿原の名物でもありますグローシュリンプなのですが、魔獣化に伴う外見上の変化のうち巨大化を除く最大の部位がこちらの触手になっております。触手の先には棘が備わっており、触れた者は瞬く間に……」


 触手エビ。完全に怪獣じゃないかとヨルは思いながらも、「おぉーっ」とか感心する団体から浮かないように適当にうんうん頷いておく。

 で、そのグロースプラガーだが、十匹くらいの単位で区画分けしたコンクリートプールのような場所で飼育されているらしい。逃げ出さないよう上には金属製の格子で蓋をしてあって餌は格子の間から与えられる。「グロースプラガー向けに養殖した新鮮な肉を与えています」などと言っていて、何の肉かは言っていないが、恐らく肉蟲の肉だろう。あのグロテスクな蟲、大活躍すぎないか。


 水槽は過密状態で、腐った餌やら糞やらで水は異臭を放っている。魔獣とはいえ割と劣悪な環境だ。エビは酸素不足で水面をバシャバシャしているじゃないか。

 見学客はそれを見て「これほど凶暴な魔獣を飼育するとはさすがはメリフロンド」などと感心しているが、こんな飼育環境では大した魔石は手に入らないだろう。


「なるほど、こうやって魔獣を飼育し、葬ることで魔石を得るわけですな! ですがこれほど凶暴でしかも水生のグロースプラガーを、一体どのように葬るのでしょう。増殖しすぎるなどということは?」


 二十代と思しき若い商人が、ガイドのお姉さんに質問する。これはよくある質問なのだろう。お姉さんは、待ってましたとばかりに説明を続けた。


「はい。おっしゃる通りグロースプラガーはグローシュリンプ同様にたくさんの卵を産卵します。しかし、孵化条件も引き継いでいて、周囲に十分な餌が無ければ卵のまま冬眠する特性がありますので、個体数の管理は容易です。また凶暴な水棲魔獣ですが、水棲ですので簡単に退治することができるのです。ちょうどあちらの養殖池で魔石の採取が始まるようです。皆さまお足もとにお気を付けの上、こちらにお越しください」


 ガイドのお姉さんの案内でその水槽を見てみると。


(……水、抜くだけかよ)


 ビチビチ、ビチビチ、ビビビビビ。

 水を抜かれた水槽で、グロースプラガーがビチビチと大暴れしていた。


「さぁ、皆さま。哀れな魔獣が救われますよう、ヘキサ神に祈りを捧げましょう。リグラ・ヘキサ(神のご加護を)!」


リグラ・ヘキサ(神のご加護を)!」


 コロン。ちょうどいいタイミングで力尽きたグロースプラガーが魔石に変わり、ころりんと水槽の底へ転がり落ちる。それを見ていた観客から、さらに歓声が沸き上がる。


 なんだろう、このシュールな状況は。ここまでくるとコメディーだろうか。


(この倫理観のない感じ、間違いなくエレレが作った施設なんだろうけど……。なんかもう、見てらんねぇ……)


 魔人たちが管理していた頃は、もっと効率の良い施設だったのだろうが、その施設をそのまま人間が使っているのだ。やっていることは変わらない。


「質問宜しいですか?」


 見学もそろそろ終わろうという頃に、先ほどの商人が声を上げた。


「これは素晴らしい設備ですが、増産計画はございますか? 卵はたくさんあるのですよね」


「このように完璧に管理された施設ではございますが、グロースプラガーは魔獣です。魔石の生産は慎重を期すべきというのが当工場の理念でございます。このメリフロンドで暮らす人々の安全を願う、不負卿カストラ様のご意思でもあります」


「ふむう……」


 不負卿カストラはメリフロンドの領主でもある。その名前を出されれば、誰だって黙るしかあるまい。質問をした商人が何処か不満げな様子でうなる。その様子を見ていたドリスがヨルにだけ聞こえる小さな声でささやいた。


「最近は『箱』の流通が減ってどこも魔力不足だからね、魔石の取り引きができれば一儲けできるって考えたんじゃないかな」


「流通が減った? 生産能力が減ったのか?」


「浄罪の塔が機能不全とかって話ではないみたい。戦争のせいとかって触れ込みで、一般に出回る量が減ってるの。特に聖都はひどいよ。おかげで魔石の値段も上がっちゃって、皆すっごい節約してる」


『箱』の製造施設である浄罪の塔は、ノルドワイズだけでなく聖ヘキサ教国のあちこちにある。獣や人が魔化する確率にそう変化はないだろうから原料が不足するはずはないのだが。戦争の下りでヴォルフガングを見ると、首を横に振っていたからこちらもおそらく建前だ。一体どういうことだろう。


「本日は、当工場の見学にご参加くださり……」


 ガイドのお姉さんが閉会の挨拶を始めた。見学はこれで終わりらしい。

 工場を見終えた一行がぞろぞろと出口に向かう中、先ほど質問をしていた商人がヨルたちを追い抜いていった。


「魔獣エビなぞ、いくらでも増やして魔石を取ればいいものを。くそ、せっかくここまで来たというのに……」


 この商人は、水を失い暴れていたグロースプラガーに何も感じなかったらしい。


 ――八百有余年前は、人間がこのエビの立ち位置だったのに。

 ふとそんなことを思い出してしまって、ヨルは黙り込むほかはなかった。



お読みいただきありがとうございます。

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[気になる点] > 水槽は過密状態で、腐った餌やら糞やらで水は異臭を放っている。魔獣とはいえ割と劣悪な環境だ。エビは酸素不足で水面をバシャバシャしているじゃないか。 魔石も糞まみれじゃないよね・・・…
[良い点] リーティエのヴォンゲン呼びはなおらないのねw 魔石の工場ってなんだろうって思ったら、エビ育てて水抜くだけかよ!
[一言] 溶解娘…煙出てたら怪しまれちゃうよ。もはや擬態を忘れた妖怪娘…。 メリフロンドはニャーさん達も楽しそう。 もしや…ゴールデンクレスト山脈にはワーニャンコも?…まぁすぐに逃げちゃいそうだけど。…
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