012.密談
ライラヴァルがウッキウキで退出した後の、聖都セプルクの会議室。
会議の終わった会議室には、どこの世界でも内々の話をしたい者が示し合わせたように居残るものだ。
通信の魔導具である鏡がすべてが消え、ライラヴァルとカストラが退出し、赤定卿シャイルだけが残されたはずの会議室には、今は再び二つの鏡がともっていた。
「随分と調子がよさそうじゃったのう」
鏡の中からそう漏らしたのは速喜卿ロウ=ガイだ。
「うちの子たちを断るなんて、あてが外れたのではございませんこと?」
もう一枚の鏡の中からそう返したのは友愛卿フラタニティー。どちらも話題の主はライラヴァルだ。
友愛卿フラタニティーは暗に「魔人ではないのではないか?」と言っているのだ。つまり、二人の会話から、彼らがライラヴァルの魔人化を察知していたことは明白だ。
「いや、抑えてはいてもあの魔力、間違いなく魔滅卿は魔人に堕ちている。だが奴は、不負卿の結界を越えてこのセプルクへ踏み入れた。それがどういうことか、卿らは理解しておろう」
赤定卿シャイルの淡々とした口調とは裏腹に、その意図を察した速喜卿ロウ=ガイが「むふう」とうめき、友愛卿フラタニティーは考え込むように指先を唇に当てた。
不負卿カストラの聖遺物『不壊の聖盾』によって展開される聖都セプルクの守護結界は、魔獣だろうと魔人だろうと『魔なる者』を通さない。しかし、6つの聖遺物の中で最も大きな魔晶石が組み込まれたこ『不壊の聖盾』は、使用者の魔力によらず結界を展開できるという性能と相まって使える場所と対象に制限がある。
場所は聖都セプルクに限定される上に、使用者カストラの意思に関係なく、この守護結界の対象から外れる者が存在するのだ。
守護結界を素通りできる者たち、それは『不壊の聖盾』の本来の持ち主である魔王シューデルバイツと彼の魔晶石を体内に宿す眷属だ。
「やはり……。魔王が蘇ったとお考えですのね。そして魔滅卿は魔王の配下に下ったと……」
「だとして、なにゆえ魔滅はわざわざセプルクまでやってきたんじゃ? 魔王の先兵としてかような作り話をするためか? はてさてあやつの目的はなんじゃ?」
友愛卿フラタニティーの言葉を速喜卿ロウ=ガイが拾う。
「魔滅卿より、魔王の目論見を考える方がよろしいのではなくて? だとすれば、かつて魔王を滅ぼした聖遺物を真っ先に狙いそうなものですけれども。それならば、わざわざ警備の厳重なセプルクへは来た目的は? 魔滅卿が捕縛される恐れさえあるというのに……」
「魔王としては配下に加えたばかりの魔滅など捕らえられても何の痛手にもならんのかものう。痛手覚悟で来させた線も捨てきれんが。魔滅が捕らえられようといっこうに構わぬというなら、そもそも配下に加えはすまい。……そもそも魔滅は何のために聖都まで来たのじゃ?」
復活した魔王が大事な城をほっぽって他の魔王城跡目指して旅行中だなどと、普通は思わないだろう。復活したのがシューデルバイツだったなら、間違いなくグリュンベルグ城にいたはずだ。中身がヨルだったからこそ、城に思い入れもないどころか魔王という肩書を重荷に感じて出奔しちゃったにすぎない。
もっともそんな情報は、友愛卿フラタニティーどころかライラヴァルさえ知らないのだが。
「……まさか、陽動? だとすれば、ノルドワイズに戻らずメリフロンドに向かったのもうなずけるというものですわ。魔滅卿に注目している間に、魔王自らわたくしや速喜卿を襲う算段ではございませんこと?」
ライラヴァルの動向に注意している間に自分たちを襲うのではないか。そんな仮説に行きついた、友愛卿フラタニティーの表情がさっと曇る。
聖遺物はどれも強力な魔導具だが、どれもが攻撃力に優れているわけではない。不負卿カストラの『不壊の聖盾』が防御型であるのと同様、友愛卿フラタニティーの持つ『友愛の共鳴輪』は回復型、速喜卿ロウ=ガイの『夢幻の横笛』は状態異常型なのだ。聖遺物の特性やノルドワイズからの距離を考えれば、真っ先に狙われるのは友愛卿フラタニティーではないか。
「まさか……まさか狙いは、わたくし……?」
哀れな犠牲者を傷つけては回復させる残酷なお遊びが大好きな友愛卿フラタニティーだが、自分が襲われるのは嫌らしい。逃げる算段を付け始めたことに気付いたのだろう、ようやく赤定卿シャイルが重い口を開いた。
「落ち着き給え、友愛卿。魔王は長く滅んでいたのだ。力を蓄えているだけだとも考えられる。少なくとも直ちに聖都セプルクを攻め滅ぼすつもりがないことは確かだろう。相手の思惑も分からぬ以上、まずは慎重に情報を収集すべきではないかな。もちろん、最悪への備えは必要だ。魔王と対峙するとなれば聖遺物を欠けなくそろえる必要がある。……君の子供たちの中に、聖典の適合者は準備できているのだろう?」
「もちろんできておりますわ。そうですわね、近々お披露目に出向かせていただきますわ」
自領に籠っているよりは、聖都に向かった方が安全だろう。そう考えた友愛卿フラタニティーは赤定卿シャイルの提案にうなずく。
「速喜卿もいかがか? たまには戦線を離れ骨休めもいいだろう」
「そう年寄りを急かすものじゃあないわい。幸いわしの領地は国の南端、猶予は十分にあろうし、なにより今は砂漠の蛮族共が騒がしい。しばし、この地を離れられぬわ。じゃが、最近めっきり耳が遠くなってしまっての。北のうわさが入ったら聞かせてもらえりゃあ、ありがたいわい。例えば、魔滅の領地で襲われた馬車の積荷の出どころなどのう」
ひらひらと手を振り、聖都への招集を断る速喜卿ロウ=ガイ。
耳が遠くなったなどととんでもない。この老人は、ノルドワイズ南の森でマンティコアに襲われた馬車の情報すら入手しているのだ。そう、ヨルがこの世界に出てすぐに出くわした事件だ。
「承知した」
静かに答える赤定卿シャイル。
魔王が蘇ったなら、荷の目星は付いている。だが問題は、誰がその荷をこの聖都セプルクの大聖堂の奥深くから持ち出したのかということだ。
しかし、その犯人もまた、赤定卿シャイルには目星がついているのだが――。
「この世は人の手に余る……。光あれ、リグラ・ヘキサ」
密談を終えた赤定卿シャイルは、誰にともなくそう呟くと、友愛卿フラタニティーと速喜卿ロウ=ガイが退席し、光の消えた鏡の間を後にした。
■□■
「とーまーあ、シャイルとロウ=ガイ、あとフラタニティーあたりはビクビク身構えちゃってると思うのよーう!」
「おひいさま、さすが」
「おひいさま、天才」
おーほほほ。そんな高笑いが聞こえそうなテンションで、ライラヴァルはメリフロンド行きの鉄道獣車に乗り込んでいた。
「ぶっちゃけ、捕まっちゃう可能性もあったんだけど、そしたら絶対ヨル様が助けに来てくれるだろうし? 魔王様に助けられちゃうA・TA・SI、そして深まるKI・ZU・NA。きゃーっ、たまんないわーあ!!」
「おひいさま、忠臣」
「おひいさま、ヒロイン」
「んー、もー、うー! ふたりとも、正妻はいいすぎよーう!!!」
言ってない。誰も正妻なんて言ってない。
ヨルとルーティエがこの場にいたら、前後から頭をはたかれただろうテンションでライラヴァルがくねくね悶える。
ヨルの配下になったおかげで、ライラヴァルはそれはもう、調子がいいのだ。
体はどこも痛くないし、食人の欲求も通常の食欲並みに抑えることができている。肉蟲の血液はたいそうまずいが、主であるヨルもそれを食していると思えば、お揃いというだけで天上の美酒のようにも思える始末だ。
魔人化する過程で、何人もの人間をゴチソウサマしてしまったことで、良心の呵責がないではないが、彼はもともと勝ち上がらなければ死あるのみな、過酷な競争世界の住人で、まともな倫理観念などはなから持ち合わせていない。
「はぁー、早くヨル様にお会いしたいわぁー。褒めてくださるかしら? 褒めて下さるわよね? お褒めの言葉なんて頂けなくたって、お役に立てるだけで十分幸せだけど。でも、褒めてもらえたら、もっとずっと幸せだもの」
「おひいさま、つやつや」
「おひいさま、ぴかぴか」
双子の適当な相槌のとおり、今のライラヴァルは幸福に満ち足りてつやつやのピカピカだ。
人間の美醜感覚には普遍的な要素が存在して、例えば対称性のある顔は、遺伝子の健康や発育状態が良好であることを示す兆候として美しいと感じるものだ。魔人という存在が、身体能力、頭脳、魔力等、ほぼすべての項目で人間を凌駕するからだろうか、魔人化が進むにつれ、その姿は美しいものに変貌していく。
肌は生まれたばかりの赤子のように艶やかで透き通り、毛穴など存在しないかのようなきめ細かいものに変わり、髪は絹糸のように艶やかになる。無駄な脂肪などきれいさっぱり消失だ。
そう言った美容的な変化は餓えの顕在化と共に発生するが、さらに魔人化が進めば、変化は骨格へと及ぶ。手足は長く伸び、眼孔はそのままに頭蓋は小さくなるから、スタイルはよく、顔立ちも目鼻立ちのはっきりとしたものへと変わる。そして、尖った耳と赤みがかった瞳という魔人の特徴が目立ち始める。
成人前に魔人化すると、成人年齢前後まで成長は進むがそれ以降は全盛期の姿を維持するし、老いて魔人化したものは多少ではあるが若返りさえする。
ライラヴァルの美貌は魔人化により磨きがかかり、さらには鬱屈した精神状態からの解放により、表情は明るく、ご機嫌ヘブン状態だった。
「さあ、あたしもヨル様もいないグリュンベルグの森を調査しまくるがいいわ! お城付近に近づく命知らずはかくごなさーい。ぜーんぶやっつけちゃうんだから、ルーティエちゃんが」
「おひいさま、策略家」
「おひいさま、他力本願」
「いいのよーう! 聖都セプルクの結界が邪魔してルーティエちゃんの分体はいないんだから。さぁ、ルーティエちゃんに気付かれる前に、メリフロンドにいくわよぉー!」
ライラヴァルが、捕らえられるリスクを冒してわざわざ帝都にやってきた一番の理由。それは、お目付け役でもあるルーティエの分体をまくためだ。
ルーティエ本体はシューデルバイツの魔晶石を頂いているが、分体は思考こそ本体と共有していてもただの魔獣と変わりない。ルーティエの分体はヨルとライラヴァルの通信係としてライラヴァルのそばに置かれていたが、ライラヴァルの報告を一方的にヨルに伝えるばかりで、ヨルの言葉も情報も、最低限しか伝えてくれなかったのだ。
明らかに、ヨルとライラヴァルの仲を邪魔しに来ている。おそらくライラヴァルがそのままヨルを追いかけたとして、動向を抑えられ邪魔されてしまうだろう。そう思ったからこそライラヴァルはうまく理由をでっちあげ、聖都セプルクの結界でルーティエの分体を引き離したのだ。
「ヨル様、今、おそばに参りますわーっ!」
魔滅卿ともあろう人物が、こんな思惑で行動しているなど、さすがの枢機卿たちも予想できないだろう。
こうして、枢機卿どころかヨルさえも予想しないまま、ライラヴァルはメリフロンド行の鉄道獣車に飛び乗ったのだった。
ライラヴァルのエリ、どうなってるねん……。
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