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010.六賢至ーヘキサ・マジェスティー

 聖ヘキサ教国の首都、聖都セプルク。

 この街を象徴する建物は、何といってもヘキサ教の総本山である大聖堂だろう。

 大聖堂の荘厳さ、建築物のすばらしさを語るのは吟遊詩人に任せるとして、教会関係者が暮らす修道院などを含めた一連の建築物は、宮殿、いや一つの街といっても過言でないほど広大だ。


 その広大な修道院に、精緻な額縁で囲われた6枚の大鏡――聖ヘキサ教国でもかなり希少な、遠隔での通信を可能とする魔導具が、円卓を囲む部屋がある。

 この部屋は、容易には自領を離れられない枢機卿らのリモート会議室なのだが、今日は珍しく3人もの枢機卿が座していた。


 荒事にはおよそ不慣れそうな聖職者然とした壮年の男性は、赤定卿シャイル。彼の領地はこの聖都セプルクを含む一帯で、この修道院は教皇の住居であると同時に彼の居城でもある。


 10代後半と思しき眼鏡をかけた地味な少女、不負卿カストラ。メリフロンドを含むエンブラッド大湿原から西方の内海に向けての一帯を領地とするが、彼女の持つ聖遺物(アーティファクト)『不壊の聖盾』の結界で教皇と聖都を護るため、領地を離れ聖都に常駐している。


 そして人形のような美しさに磨きがかかった銀髪の男性、魔滅卿ライラヴァルだ。


 残る3枚の鏡に写る自領からの参加者は、金髪の精悍な青年は安寧卿ミハエリス、長いヒゲを蓄えた好々爺然とした老人は速喜卿ロウ=ガイ、まるでこの世の穢れも悲劇も知らないような上品な美女、友愛卿フラタニティーである。

 

 通常ならば北方に領地を持つライラヴァルもリモート会議の常連で、聖都セプルクまで直接出向いて来るのは久方ぶりのことである。この稀な来訪者を中心に、6人の枢機卿からなる会議体、『(ヘキサ・)賢至(マジェスティー)』は開催されていた。


「……ってワケ。あたし自らグリュンベルグ城の近くまで行ったのよ。でも遠くから確認するのがやっとね。ホント、あの森とんでもないわぁ。でも安心して。感知できたのは『蠢く湖』と森に住む魔獣の魔力だけだったから。あれはただの自然災害みたいなものね。魔王の復活は確認できなかったわ」


「それで、『蠢く湖』が暴れた原因は分かったのかね?」


「もちろん、といいたいところだけど。残念ながらあたしの所見でしかないのよぅ。それでよければ話すけど、『蠢く湖』はあたしのいる浄罪の塔を目指してた。その時に塔にいた樹木系の魔獣が呼び寄せたんじゃないかと思ってる」


 ノルドワイズで起こったルティア湖の氾濫について報告を終えたライラヴァルに、抑揚のない声で返事をしたのは、6人の枢機卿を取りまとめる赤定卿シャイルだ。

 全く心の籠っていなさそうな発言は、お芝居ならば大根役者もいいところだが、この男はいつもこんな調子なのだ。感情も本心も欠片も外に見せることはない。もっとも他の人物も似たようなもので、笑顔の奥で何を考えているのか分からない難物ぞろいだ。


 そんな枢機卿たちの好奇の目などどこ吹く風と、ぺらぺらと嘘八百を並べ立てるライラヴァル。絶好調、いや舌好調である。オネェキャラの面目躍如だ。


 挿絵(By みてみん)


「御子が『蠢く湖』に助けを求めたとでも? そんな話はワシの長い人生で初めて聞いたがのう」


 ライラヴァルの嘘に反応したのは鏡に写る老人、速喜卿ロウ=ガイだ。

 最高齢の枢機卿で、真っ白な髪と背が曲がり痩せた身体を持つ彼はいかにも老人といった風貌だが、その実態は余生などとは程遠い。伸びた眉毛に埋もれた目は鋭い光を失っておらず、髭に隠された歯は一本の欠けもなく血の滴るような肉にかぶりつく貪欲さを失っていない。当然ながらその頭脳は明晰で、年齢を重ねた老獪さも加わって狐狸の類かといった具合だ。


「相変わらず耳のいいお爺ちゃまね。その御子ちゃんたちを運んでいた馬車が森の近くでトラブった話、知ってるんでしょ? その子以外は処分せざるを得なかったんだけど、その時に何らかの接触があったとしか考えられないのよねぇ。その御子ちゃんを与えたら『蠢く湖』の氾濫が治まったのは事実だしぃ?」


「ほほう、波頭のごとく迫りくる『蠢く湖』まで、御子を送り届けたと?」


「特攻させるくらい、首輪付き(・・・・)に命じれば簡単でしょ? その御子にしたって増援を呼ぶ魔獣なんて珍しくもないわ。今回はサフィア王国とのいざこざのお陰で御子のお迎えが遅れちゃったじゃない。狂乱の月の影響で御子の魔化が随分進んでいたのよぅ」


 枢機卿らが把握しているだろう事実と、知りようのない真実、そして虚偽をないまぜにしてライラヴァルは話を続ける。ミリィ達御子が浄罪の塔に着く前に暴走した際に、北の森で『蠢く湖』と接触し、彼女の助けに応じて『蠢く湖』が暴走したという筋書きなのだ。

 これを聞く枢機卿らは虚実ないまぜになったライラヴァルの話のどこまでを真実だと認識しただろうか。少なくとも、この筋書きを否定する材料を枢機卿らは持ち合わせてはいない。もう一押しか、ライラヴァルがそう考えていた矢先、思わぬ人物が話に割って入ってきた。


「ひどいな。まるで僕が悪者みたいじゃないか、銀の君」


「……今の話のどこにあんたの出る幕があったのかしら? ミハエリス」


「えぇ? だって、御子の搬送が遅れたのはサフィア王国との戦のせいだろう? だったら僕の不徳の致すところさ。だって、我が領地に戦争を仕掛けようなんて考えをサフィア王国の馬鹿王が持ったのは、僕が舐められているせいなのだから」


 3枚の中で最も眩しい光を放つ鏡の主、安寧卿ミハエリスが割って入ってきたせいで、話の流れがおかしな方を向いてしまった。

 銀髪のライラヴァルと金髪のミハエリスは、系統は違うもののどちらも麗しい容姿をしていて、「金のミハエリス、銀のライラヴァル」などと並び称され、聖ヘキサ教国の若い女性の人気を博している。しかし、ライラヴァルがオネェキャラであると同じく、ミハエリスもまた外見詐欺のがっかり野郎だ。


(んもう、いいとこだったのに! あーやだやだ、この自信過剰なところがホント無理。あと、このオツムがちょっと緩い感じもだいぶ無理)


 一度だって顔に出したことはないけれど、ライラヴァルはノリもオツムもライトな感じのミハエリスが苦手で、セット扱いは非常に遺憾なのだ。特に今日の様に、どうやって会議の流れをコントロールしようか画策しているような時に、全く何も考えていない様子で話の流れをかき乱されるのが不快で仕方がない。

 けれど今日に限っては、ミハエリスの発言はライラヴァルに有利に動いてくれたらしい。


「それを言われると、サフィア王国としょっちゅう小競り合いをしちょるワシの立つ瀬がないのう、安寧の(ミハエリス)


「これはこれは失礼を、ご老公。ですが貴方の場合は僕とは違って、昔からの習慣、茶飲み話のようなものでしょう」


「茶菓子程度の利は、確かにあるがのう。ふぉふぉふぉ」


 速喜卿ロウ=ガイの領地は、ウォールマウンテン山脈の鉱物資源を巡って、サフィア王国としょっちゅう小競り合いを繰り返している。もっとも、速喜卿ロウ=ガイが戦下手というわけではない。サフィア王国は地理的に聖ヘキサ教国の統治がしづらく、かつ砂漠の大帝国、ザウラーン帝国との防壁として価値があるため適当に追い返すにとどめていただけ、思惑あっての膠着状態だったのだが。


(ホント、なーんで先の戦で、ミハエリスのトコに攻め込んできたのやら。ヴォルフ将軍の話じゃ、相当な暗君らしいけど……。おバカさんの思考は読みにくくてこまっちゃう。っと、こんなこと考えてる場合じゃないわ。あらあら~、ちょうどいい感じに話がそれてくれたんじゃない?)


 ミハエリスが話を掻きまわしてくれたおかげで、『蠢く湖』の暴走原因はライラヴァルの説明で一応の収束を見たようだ。勿論納得のいかない連中は、こっそり調査員を派遣して来るのだろうが、ノルドワイズに注目させることが目的なのだ、むしろ望むところだろう。


「『蠢く湖』の件、相分かった。魔滅卿、忙しい中、聖都までよく来てくれた。聖都は久方ぶりだろう、しばし日々の政務を忘れて羽を伸ばされるがよかろう」


 赤定卿シャイルが会議の終わりを告げると、部屋の空気が緩んだ。すると、それまでおっとりとほほ笑んで聞き役に徹していた友愛卿フラタニティーが、その外見に相応しい上品で心地の良い声で口を開いた。


「そうですわね。魔滅卿がいると知れば、聖都にいるわたくしの子供たちも歓喜に身を震わせるでしょう。是非わたくしの館にお寄りになって。このわたくしが手ずから教育を施した子の中でも、貴方の気に入りそうな子たちを選りすぐって待たせていますのよ。もちろん、今までの子たちと同様、領地へお連れになっても問題のない子たちですわ」


 およそ穢れなどとは無縁に見える聖母のごとき女性の口から、酷く不穏な言葉が漏れる。友愛卿フラタニティーは慈母のごとき外見とは裏腹に、顧客の様々な要求に応じて教育(・・)を施した人材(・・)を斡旋しているのだ。例えば、ライラヴァルが喰らうために連れていた、痛みを感じることのない双子のような人材だ。

 もちろん、魔人に向けての商売ではない。地位と金と権力を有り余らせた人間に、持たざる者を斡旋するのだ。その用途はおそらく、魔人の食料になる方がよほどましだと思えるほどにろくでもないものだろう。友愛卿フラタニティーはその外見とは裏腹に6人の枢機卿の中で最も残虐な人間だ。


 しかし、誰に知られることなく魔人と化していったライラヴァルにとっては、いなくなっても困らない人材というのは、酷くありがたいものだった。枢機卿でもあるライラヴァルの周囲の人間は、必然的に家柄のよい、いなくなれば問題になるような人間か、近くには置いておけない罪人の二択で、公務の途中で飢えの衝動に襲われた時、喰らっても問題のない食材はどうしても必要だったのだ。

 ライラヴァルは女性的な言動もあって、倒錯的な趣味の持ち主と周囲には認識されていたし、そういう用途で侍らせている側仕えがいなくなっても、枢機卿である彼を咎める者はこの聖ヘキサ教国には存在しない。


「とっても素敵なお話なのだけど、ごめんなさい。今回はカストラちゃんに用があるのよぅ」


「まぁ、それは残念ですこと。けれど、いつでもお声をかけてくださいましね」


(相変わらずコワイオバサンだこと。鏡の向こうからでも血の臭いが漂ってきそう。お世話になったのは確かだけどね)


 しかし、それも過去の話だ。魔王を得た今となっては、食材用の人間を側に置く必要もない。ライラヴァルは艶やかにほほ笑んで友愛卿フラタニティーの提案を断りながら、さっさと退席しようと立ち上がった不負卿カストラを呼び止めた。


「わたしに、なんの、用?」


 友愛卿フラタニティー同様、会議中一言も発さなかった不負卿カストラもまた、自分の趣味にしか興味を示さない類の人間だ。こちらは人間嫌いなのかライラヴァルに呼び止められて不満そうにしている。


 不負卿カストラの興味は魔導具研究。というか、それにしか興味を示さない類の人間だ。

 自領の統治は代理人に任せきりで、研究に必要な魔石さえきちんと納入されていれば好きにして良いというスタンスだ。今も修道院に与えられた研究室に一刻も早く戻りたいのだろう。

 そんな人物を釣り上げる餌はこれだろう。


「あのね、カストラちゃん。『蠢く湖』の氾濫のおかげで、今あたしの領地、でっかい魔石がゴロゴロなのよぅ! だから、この機に魔導具を増やしておきたいの」


「大きな魔石、ごろごろ?」


「そーう! 100万クラスがゴロゴロよぅ!」


 フィーッシュ。ルティア湖の底から回収した魔石で簡単に釣ることができた。

 ヨルの指示でルーティエが気前よく残していった魔石だが、マンティコアクラスがゴロゴロなのだ。そんなサイズの魔石が大量に出回るなど、そうあることではない。


「100万クラスの魔石! ほしい。売って」


「もちろんって言いたいとこだけど、ダメよぅ。このクラスが希少なの知ってるでしょう? うちでも使うの」


「魔導具なら、送る」


「魔導具自体も欲しいんだけどねぇー、出来たらうちで作って欲しいの。だから、メリフロンドの魔導具技師、スカウトさせてちょうだい? 一人50個で10人でどう?」


「ダメ。魔導具技師は、メリフロンドの、財産。ずっとなら500個は必要」


「ずっとじゃなくていいのよぅ。そうねぇ20年くらいでいいから」


「ダメ、働き盛りの、20年は、貴重。10年200個が、妥当」


「んー、契約期間が過ぎたら残るか帰るかは自由っていう契約なら、かまわないわよぅ? 3人、あたしが直接スカウトするわ」


「3人1000個。メリフロンドの、技術者が、北の果てに、残るはず、ない」


「うふ。契約成立ね」


 やったわ、と心底嬉しそうにライラヴァルは両手を合わせる。

 想定通りの成果なのだ。メリフロンドの魔導具技師を引き抜けることではない。これでスカウトしにいくという口実で、怪しまれずにメリフロンドに行けるではないか。根回しに魔石が必要だと上申して置いて本当に良かった。


 ヨルの言いつけ通り、枢機卿らの興味をノルドワイズに向けることができたし、その他もろもろの手配も済ませた。ヨルに直接報告したい案件の調査も済んでいるから、言い訳だってバッチリだ。


(ヨル様! すぐそちらに行きますわーっ!)


 今からライラヴァルのスーパーご褒美タイムが始まるのだ。



お読みいただきありがとうございます。

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[良い点] 手段と目的w ライラ良い空気吸ってる [一言] イラストがイキイキしてるように見える不思議
[良い点] オネエ豆粒卿マジでガチ策士! 今行きますわよは怖すぎるw 「帰ってくれウルトラマン」の 合成フォトを思い出しましたw [気になる点] ライラヴァルの挿絵 口元の狂気がかなり キてますねw…
[一言] 執念のオネェ頑張った!上手く行きそうにもない雰囲気だけど! 口実でついでのスカウトも吉と出るか凶と出るか。…まず本当にスカウトするのかな? ちょっと可愛くて出来れば幸せになって欲しいなぁと思…
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