008.ルート
「……ミーニャ、どいてくれ」
「やーにゃ」
「こら、駄猫、ヨルさまがもどられるまでだって……」
「ふーっ。やーにゃーあ」
気持ちよさそうに丸まりながら尻尾を振るミーニャが無駄にかわいい。
案の定というか、力業で撤去しようとするルーティエと、爪を立ててシートにしがみつくにゃん子の引っ張り合いもまたかわいい。
「まぁ、まてルーティエ。なんでも力で解決するものではない」
見ていてほっこりするけれど、新車のシートが破れてはかなわないので、ヨルは秘密兵器を投入だ。
じゃじゃん。ホウロウ村で手に入れたエヤミドリの風切り羽を、柳のようにしなる枝の先にくくり付けたねーこーじゃーらーしー。こんなこともあろうかと、トレント退治のついでに準備しておいたのだ。
「ヨルさま、それは一体?」
「にゃにゃっ!?」
さすがはにゃん子。
まだ振ってもいないのに、ミーニャの瞳孔はまんまるになる。
ふりふりふり。
先っぽの羽を振ると、前屈姿勢となったミーニャの尻も揺れている。
くふふ。実にいい感じではなかろうか。
シュバーン。
「ウニャニャッ!」
猫じゃらしを振りぬくと同時にすっ飛んでいくにゃん子。
恐ろしく理想的な反応だ。ヨルも魔王っぽく「うははははー」と笑いたくなる。笑わんけど。
それにしてもこの反応のすばらしさ、なんだか、異世界に来て初めて、現代チートを使った気がする。
「なんと……。さすがです、ヨルさま! これは、新たな魅了魔法でしょうか!?」
ルーティエも猫じゃらしを知らなかったのか、感心しきりといった様子で誉めてくれるではないか。
「……ただの、玩具だ。やってみるか?」
「はい!!!!!」
「ウニャニャ! ウニャニャニャン!」
ルーティエとミーニャから、ものっすごい良い返事が返ってきた。ミーニャに至っては、興奮しすぎてもはや人語を話さなくなっているから、ただの猫だ。だがそれもいい。
ルーティエに猫じゃらしを渡したら、見事な羽さばきでニャンコを自在に操っていた。どうやらルーティエには猫じゃらしの才能があるらしい。ニャンコと少女。残像が視えそうな速度で動き回っていることを除けば、幸せな光景だ。
猫じゃらしの順番待ちをしていたドリスが、いつまでたっても空きそうにないのでヨルに話しかけてきた。
「そういえばここってホウロウ村だったんだね。メルフィス遺跡を目指すんじゃないの?」
「メルフィス遺跡であってるぞ」
今頃か、と言いそうになったが、そう言えば行路について話していなかった。
ライラヴァルから貰った地図取り出すと、猫には無反応で筋トレをしていたヴォルフガングもやってくる。
「ホウロウ村は……っと」
「ここだね」
「あぁ」
ヘキサ教国はマグス最大の大陸の北東に位置する大国だ。この大陸は南西にセルフィア湖という大きな湖を隔ててナフトラリア大砂漠が広がっている。ナフトラリア大砂漠一体は、ザウラーン帝国という好戦的な軍事国家が支配しているが、聖ヘキサ教国との国境付近はゴールデンクレスト山脈によって隔てられているし、セルフィア湖の東側にはヴォルフガングの祖国、サフィア王国がある。
メルフィス城はセルフィア湖の西側にあって、地理的に見ればザウラーン帝国の領土であってもおかしくないのだが、この辺りは聖ヘキサ教国の、それも対人戦で最強を誇る安寧卿ミハエリスの領地だ。
ライラヴァル曰く、メルフィス遺跡からは多数の魔導具が出土するらしく、遺跡の死守とザウラーン帝国へのけん制のため、ミハエリスがにらみを利かせているのだとか。
地図を見る限りでは、メルフィス城に行くルートはゴールデンクレスト山脈の東西両方に存在する。しかし、西側のハイメイル山脈とゴールデンクレスト山脈の間の砂漠は、ザリアンド流砂帯と呼ばれる砂地獄になっている。
一歩でも踏み入れた者は、見る間に自由を奪われて濁流のような流砂に呑み込まれる。生きては戻ってこれない砂の河、それがザリアンド流砂帯だ。
ナフトラリア大砂漠から吹き付ける砂を大量に含んだ風がこれらの山脈に当たって砂の雨を降らせる。だからこの辺りは常に砂嵐のような状態で少し先も見えないし、山に当たった細かい砂が大河のように流れているのだ。
ザリアンド流砂帯があるせいで、メルフィス城へ行くルートはサフィア王国と国境を面したゴールデンクレスト山脈東側に限られる。だからノルドワイズからメルフィス城を目指すなら、聖都セプルクに続く街道を南下するのが正規ルートだ。
「メルフィス遺跡付近には、対ザウラーン帝国の砦があるだろう。ザリアンド流砂帯があるせいで、ザウラーン帝国が聖ヘキサ教国を攻めるルートはゴールデンクレスト山脈東に限られる。しかも、先の戦で取られたサフィア王国の領土もこの辺なんだ。となると、絶対にこの辺でにらみを利かせているはずなんだ、安寧卿ミハエリスが」
安寧卿ミハエリス。聖ヘキサ教国の6人の枢機卿の中で、最強を誇る男だ。
ちなみに2番目はライラヴァルで、二人そろうと「金のミハエリス、銀のライラヴァル」なんて呼ばれて若い女性にキャーキャー言われているらしい。
(ライラヴァル、確かに顔だけは良いからな。でも、オネェだぞ。世の女性陣は知らないのか?)
異世界の金さん銀さんの内、銀さんのほうはぶっ飛ばし……、逆にぶっ飛ばされただけの気もするが、ヨルの気持ちの上ではぶっ飛ばし済みだから、金さんの方もキャーンと言わせてやるのもやぶさかではないのだが、なんとこのミハエリス、あの聖騎士アリシアの兄なのだ。
「……確かに面倒ごとの予感しかせんな」
「……だろ? 絶対会わない方がいい」
「うぅ、反論できないけどー」
互いに顔を見合わせるヴォルフとヨルにドリスは頭を抱える。やっぱり、兄貴の方も面倒なやつなのだろう。異世界の金さん銀さんはどちらも中身はポンコツなのか。メッキコンビと呼んでやりたい。
ということで、ヨルはセキトのオーバースペックをフルに活かす作戦にした。水陸両用、垂直な壁もものともしないセキトだからこそのコースを行くのだ。
「だがルートはここしかないと思うが。敵国の将が言うのもなんだが、ゴールデンクレスト山脈は超えられんぞ。あそこは、魔素が極端に薄い魔素枯渇地帯だ」
とん、と地図上の山脈を指さしてヴォルフガングが言う。やはり異世界の将軍も山越え作戦を考えたりするのだろう。アルプス越えだ。カルタゴの将軍ハンニバルも、ナポレオン・ボナパルトも通った道だ。しかしこの世界の場合、山道の険しさだけが敵ではない。
魔素枯渇地帯。魔素がほぼ無い場所のことだ。魔素は魔力の源で、この世界の生物は動物も植物も通常のエネルギー代謝に加えて魔力で身体を強化して生きている。だから魔素が薄い場所に行くと力が出ない状態になる。
特に魔獣はそれが顕著で、魔素が薄い所には近づかず、魔素の濃い場所に集まる習性がある。ノルドワイズ北の森との境界にある結界も同じ原理だ。魔素濃度を下げることで魔獣を寄せ付けないもので、その効果は絶大だ。
ゴールデンクレスト山脈はただでさえ険しい山だというのに、ほぼ全域が魔素枯渇地帯であるため、人間であっても超えることはできない。魔王の魔晶石にたっぷり魔力を蓄えられるセキトであっても、山越えは難しいくらいだ。ここを通るのは危険すぎる。
ヨルはヴォルフガングが抑えた場所の少し西側を指さす。
「今回超えるのは山じゃない。……ここだ」
「えー!!?」
「……本気か?」
「はぁはぁ、さすがはヨル様です」
「ハッ、ハッ、ハッ、にゃんにゃ」
驚くドリスとヴォルフガング。遊び疲れたルーティエとミーニャも話に参加しているが、ルーティエはいつもの全自動ヨイショで、ミーニャは適当に鳴いているだけだろう。どちらも息切れして口で呼吸をしている。
「セキトなら問題ない。俺たちが行くルートはゴールデンクレスト山脈の西、ザリアンド流砂帯だ」
ドリスとヴォルフは「うそだろ、死ぬ気か?」みたいな顔してるけど、アリシアの兄貴にして最強の枢機卿なんて厄介の塊がいる場所よりはよっぽど安全だから、安心して欲しい。
ノルドワイズから南西に下りながら、メリフロンドを経由しゴールデンクレスト山脈の北西の街グリマリオンへ。そこからザリアンド流砂帯を通ってメルフィス遺跡を目指す。
それがヨル達の旅程だ。中継地メリフロンドは不負卿カストラが治める地域の領都だが、カストラは常時聖都セプルクにいるから出くわすこともないだろう。安寧卿ミハエリスも避けられて安全安心の道のりだ。
「はーっ。本気でザリアンド流砂帯に飛び込むつもり? まぁ、止めないけど。……ボク、メリフロンドから騎獣列車に乗って帰ろうかなぁ」
「騎獣列車? そんなのがあるのか、見てみたいな」
「エンブラッド大湿原には海獣が曳く水上交通も発達しているぞ」
「そんなのもあるのか! 面白そうだな」
異世界でも乗り物は男子の心をつかむのか、騎獣や海獣による交通網の話で盛り上がり始めるヴォルフガングとヨル。
「もー。止めてくれてもいいのに」
「ルーティエは止めませんので。何ならここで降りてもらってもいいです」
「ルーティエちゃんまでそんなこと言う。もう、寂しいくーせーにー」
「うーにゃーあー」
膨れて見せるドリスだが、ルーティエやミーニャにくっついてこれはこれで楽しそうだ。ルーティエの暴言は、ツンデレの類ではなく本気だと思うのだが、あえて突っ込まないでおく。
「ちなみに、エンブラッド湿地帯はグローシュリンプエビが名物だよ。こーんなにおっきいの! エビフライに、チリソースがけに、グリルにアヒージョにサラダにシチューにグラタンに……。メリフロンドは聖ヘキサ教国一の魔導技術都市で交易も盛んだからね、人がたっくさんいて、おいしいものもたくさんあるんだよ! あぁ、楽しみだなぁ!」
「エビたべるにゃー!」
「ふむ、旅に食はつきものだな」
「ヴォルフ、お前もか」
かくいうヨルも、すっかりエビフライの口になってきた。魔王ボディーは人肉食ではあるが、味は分かるからありがたい。
「エビフライか!」
この世界にもエビフライってあるんだな。そんなことを考えながら、ドリスの語るメリフロンドの情報に、ヨルは心を弾ませるのだった。
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