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002.経緯

前話、挿絵貼忘れてました。ミーニャなりなおしましたので、猫好きな方は全話の最後の方をどうぞ。

「ええぇ!? 魔滅卿()()ですよね?」

「そうだけど、魔滅卿()()って珍しい言い方するわね。ところで貴女、この方のお知り合い?」

「はい。半月ほど前、森で知り合って、意気投合して。……友達、かな」

「あぁ、友人だ。ドリスという。この猫はミーミーニャーニャー」

「違うにゃ。ミーニャはミーニャにゃんにゃ」


 ドリスに余計な真似をするなという意味を込めて、「友人だ」と強調するヨル。ついでにニャン娘をかまってやるのも忘れない。

 牽制する意味がなくとも、ドリスは昔からの知り合いのような気安さを感じるから友人には違いない。会ってすぐに仲良くなれる相手と言うのは稀にいるものだ。


「それならあたしのお友達も同じね。よろしくドリスとミーニャちゃん。あたしのことはライラって呼んでちょうだい」

「えっと、よろしくお願いします、ライラさん」

「にゃいにゃ……にゃい……にゃ……、ウー! ニャー!」


 にゃーにゃー鳴いていると思ったら駄ネコは「ライラ」が発音できないらしい。早々にチャレンジを諦めて逆切れしている。

 ライラヴァルに捕まってしまったのなら、急いでも仕方ない。しかしライラはこれでも枢機卿の一人、この国ではものすごくエライさんだ。ドリスになんと説明するべきか。まさか自分が魔王シューデルバイツだなどと言うわけにもいかない。


 ヨルの困惑を察したのか、ライラヴァルがヨルすら初めて聞く嘘を交えつつ上手に説明してくれた。

 

 挿絵(By みてみん)


「やっぱり、ヨルっていいトコの御曹司だったんだ!」


 ドリスがすんなり騙されてくれた、ライラヴァルが即興で作った設定はこうだ。

 ヨルはエルフ国アルヴァレンのとある名家の子息で、ライラヴァルとは家同士のつながりで知り合った。ヨルはお忍びでノルドワイズの遺跡に輸送獣(ビークル)を探しに来ていたところ、アリシアの依頼を受けることになる。依頼を達成した後で、本来の目的である輸送獣(ビークル)を探して再び遺跡に潜るがトラブルが発生。それを誤解したアリシアの配下にヴォルフガングは捕縛されたという筋書きだ。


(すげぇ、ライラのやつ、見てきたように嘘をつく……)


 それも完全に嘘と言い切れないから、聞いた者は信じてしまう系の嘘だ。


輸送獣(ビークル)を無事入手して戻ってきたところで、追いかけてきた従者のルーティエちゃんと無事合流できたってわけなのよ~」

「へぇ、ヨル、輸送獣(ビークル)ゲットしたんだ!? すごいね!」

「ミーニャ、乗るにゃ!」


 ドリスとミーニャの輸送獣(ビークル)に対する食いつきがいい。

 異世界でも車がある方がモテるのか。ヨルの輸送獣(ビークル)はヤドカリなのだが、見てがっかりされないだろうか。「え? 軽トラなの!?」みたいなリアクションをされたらちょっとヘコむ。


「ねぇねぇ、ヨル。輸送獣(ビークル)に乗せてよ。旅支度してるみたいだし、どっか行くつもりなんでしょ? どこにいくの?」

「ミーニャも、行くにゃ!」


 ヨルとルーティエの荷物を見て、出かけることに気が付いたのだろう。行き先を尋ねるドリスに、ライラヴァルの目が獲物を狙う肉食獣のようにギラリと光る。

 ヨルはライラヴァルに行き先を告げずに出てきたのだ。


 ここノルドワイズはもともとライラヴァルの管轄だ。配下になろうとなるまいと後始末は彼の仕事だというのに、何もかもをかなぐり捨てて着いてこようとしたので、たっぷり仕事をいいつけて逃げるように出発したのだ。

 魔晶石を取り込み配下に下ってすぐの頃は、激痛と飢餓、精神的苦痛から開放されてハッチャケる者は多いのだけれど、ライラヴァルは振れ幅が大きすぎる。


 キラキラキラ。

 ――ヨルさま、ヨルさま、ヨルさま……。


 ヨルを見つめるライラヴァルとルーティエの視線が痛い。


(やっぱ逃げたい)


 ルーティエとライラヴァル、二人に増えた魔王さま推しの圧力に、「ガラじゃないな」とヨルは溜息を噛み殺した。


 ■□■


 浄罪の塔の一件の後、ライラヴァルを配下に加えたヨルは、ついに魔王シューデルバイツの居城、グリュンベルグ城に帰還した。


 この城への訪問を、帰還と称していいのだろうか。

 どこに何があるのか、どこを誰が造ったか、その詳細を知ってはいても、この広大で贅を尽くした城の総てを捧げられた人物が、己であると自覚できない。けれど、この城を作り上げた魔人たち、人間たちの目から隠し今の世に残すため完璧な保存魔術をかけて沈めた魔人たち、そしてこの城をずっと守ってきたルーティエにとっては、この魔王の肉体が再びこの城に戻ることに大きな意味があったのだろう。

 ルーティエは邪魔にならぬよう静かに、けれど感極まった表情でヨルの後ろに付き従っていた。


(ここは俺の城じゃない。ただ知識にあるだけの知らない場所だ)


 その思いとは裏腹に、重層な内装も、ルティア湖の中に建っているは思えない乾いた空気も、靴底から伝わる床の感触でさえも何故かひどく懐かしく感じられた。


 そんな城の豪華な回廊を歩きながらヨルは思考にふける。


 およそ800年の眠りから覚めたこの城は静寂に満ちていて、ヨルの思考を邪魔する者はない。

 ルーティエの本体の暴走に伴いルティア湖の水位が大きく低下したせいで浮上したこの城は、800年を超える水没にもかかわらず、城内には一滴の水も漏洩しておらず、ヨルの記憶に残るままの姿で魔王を迎え入れてくれた。だが変わらないのは建物だけで、迎えてくれる者たちも待っていた者もいはしなかった。かつては多くの魔人たちが訪れていた広間に人影はなく、豪華な装飾の施されたこの城は巨大な墓のように思えた。


 城を散策するヨルの脳裏に魔王の記憶がよぎるけれど、それは、誰かがまとめたアルバムを見るようなものだ。

 この城も、玉座も魔王の栄光も、すべてはシューデルバイツが築き上げたもので、ヨルからすれば知らない親戚の遺産のような感覚だ。相続権はあるのだろうが、自分が築いたものではない。そんな感覚がするからこそ、ヨルは玉座に座っていない。


 あれはただの椅子ではない。

 自分はヨルで、シューデルバイツ……魔王ではないのだ。


(どうするかなぁ……)


 この世界の客人としての意識を持ちつつも、ヨルは今ある問題に意識を移した。


 ヨルの懸案事項、すなわちヘキサ教国が抱えている問題は大きく二つ。

 御子と『箱』に象徴される、元人間の子供を魔力源に加工していることと、魔王の不在により新たに発生した魔人が正気を保てないことだ。ただし二つ目の新たな魔人に関しては、ライラヴァルのように成人してから魔人化が始まり、周りに知られず隠し通せた場合に限られるから、ヘキサ教国での件数はごくわずかだと言っていい。


 魔王シューデルバイツの復活にライラヴァルは救いを期待したようだけれど、『魔王が救う』ということは、魔王がこの国を征服し、再び支配することと同義だ。

 簡単に想像できるプランとしては、魔獣化した子供は魔素の濃い場所に逃がし、魔人は配下に加えて救済するというものだろう。人間を魔獣から護る結界の魔導具は魔人がいればどうとでもなる。直接魔力を注がせてもいいし、人間よりはるかに高い戦闘力を持つ魔人なら強力な魔獣を倒し、十分な量の魔石を入手することも難しくはない。


 だがそれは魔人が一方的に人間を守る構造だ。

 知能も身体能力も寿命すら向上する魔人化は、別種族への進化にも近い。社会構造は永遠に生きられる魔王を頂点とした絶対君主制に変わり、体制上ではなく意識の面から魔王を絶対と考えるようになる。魔王の気持ち一つで政策が定まる魔人社会は、魔王の喜びを至上とする配下の魔人にとっては理想だが、それ以外の者、特に人間にとってはあまりに危うい。

 魔人には人間だったころの記憶があるが、同時に人間を食料とするのだ。代替食として肉蟲が開発されたし、人間の頃の記憶が残る魔人に食人を禁止することはできるだろう。だがそうすると、魔人が一方的に人間を守る理由がない。


(江戸時代以前の肉食禁止の時代に、食いもしない牛や豚を飼育してたかって話だ。そもそも、今の人間側の答えはでてる)


 オプタシオによる反乱。その結末を見れば、想像はつく。

『箱』のもたらす安全な生活を取るか、魔獣化し家族を喰おうとする子供を守るかの問いに、彼らの大半は前者を選んだ。冷静になって考えてみれば、これほど長い間こんな習慣が続いていて、この国の全員が真実を知らない方がどうかしている。

 おそらく『箱』の中身に気付く賢い者はいて、分かったうえで口をつぐむ選択をしたのだ。そうでなければこの仕組みがこれほど長く、上手く続くはずはない。

 839年ぶりに復活した魔王が、元人間の魔獣を『箱』にしなくていい国を作ると言っても、この国の人間の大半は現状を選ぶに違いない。


(そもそも俺、この世界で永遠に生きて魔王様をやるつもりないし)


 魔王シューデルバイツだって、とっくの昔にリタイアしたのだ。今の世にヨルが復活した理由も、魔王をさせる為ではないだろう。


(復活した理由が、未だによくわからないんだが……。っと、着いた)


 ヨルは細かな装飾が施された重々しい扉の前に立つ。


「ヨルさま、ここは?」

「転移の間だ。動いてくれればいいんだが。あぁ、開けなくていい。この扉は限られた者しか開かないようになっている」


 目的地に着くなりルーティエがヨルの後ろからテテテと駆け出す。扉を開けてくれようというのだろう。しかしここは転移の間。転移門がある場所だ。魔王の時代でも使える者は限られていた。

 転移門を悪用されれば、城内に敵の侵入を許すことになるから、その管理が厳重になるのは当然だろう。


 ヨルが扉に触れると、銀行の地下金庫かというほどの厚みの扉が、僅かな軋み音さえさせずに開いた。

 ここは魔王やその腹心たちが使う場所だから、迎賓館を思わせる内装で飾られているが、扉や床、壁に使われている建材は、グリュンベルグ城の外壁にも使われている魔法を含むあらゆる攻撃に強い特殊金属だし、室内は侵入者との戦闘を想定してか闘技場程度の広さがある。

 その部屋の中心に立っている直径5メートルほどの巨大なリングと操作盤が、転移門だ。


「……やはり、接続を切られているな」

「壊れているとか、魔力切れではないのでしょうか?」

「いや。ラーマナのことだ。万一に備えてすべての転移門を停止したんだろう」

「ラーマナさま、ですか?」

「あぁ。俺の娘だな」


 魔王時代、世界を変えるほどの発明をした3人の天才がいた。

 数々の亜人種や肉蟲を生み出した創生の魔王ゼノン、数多の魔導具を創り出し、魔人文明を開化させた編術師団長エレレ。そして、転移魔法を創り出し、世界中に転移陣を構築した時空の魔女王ラーマナ。

 魔女王ラーマナ・ルルラ・メルフィスは、魔王シューデルバイツの義理の娘でもあり、敵対しがちな魔王同士において極めて良好な関係を保った女性だ。


 物理的な距離を無視して移動が可能な転移という魔術の有用性は言うまでもないが、こういった自然の原理・原則を超越する魔術というのは恐ろしく複雑だ。

 例えば攻撃魔術など詠唱で魔術を使用する場合、対象を視認し、攻撃の詳細をイメージすることで脳が無意識に呪文を補助するため、短い詠唱でそれなりの効果が出る。とはいえ脳の補助は肉体の制御と似たものだから、攻撃系の呪文のように対象の破壊が目的なら問題がないだけなのだ。転移のような複雑な上に認識しにくい物の場合、ほぼ間違いなく不都合が生じる。

 例えば、内臓の一部を残して転移するとか、転移先にある何かと混じってしまうとか。


 だから、複雑な術式を自動化する装置、転移門が必要なのだ。

 転移門なしで転位の魔術が使えるのは、複雑怪奇な魔術式を完全に使いこなせるラーマナと、その義父シューデルバイツだけだった。


(まぁ、シューデルバイツの場合は、転移先で肉体がぐちゃぐちゃになっても復活できるってだけだし、行き先もかなりあやふやだったから、使えないのと一緒だったんだけどな。……あぁ、これって娘の手前、見栄を張ってたのか。意外と人間臭いところあったんじゃん)


 転移先でひどい有様になったのに「問題ない」と言い張るシューデルバイツ。蘇った記憶の中に珍しく感情を読み取れるものがあってほっこりできたが、転移門が使えない現状は変わらない。


 転移門は魔王時代、世界のあちこちに設置されていたが、その中枢はすべてラーマナの居城、メルフィス城に置かれている。メルフィス城以外の門は中枢に転移の申請を送る程度の魔導具で、肝心の転移の魔術式は都度中枢から送られてくる。非常に有用な技術だから、敵対勢力に使わせないのはもちろんのこと、安易にまねされないための対策なのだが、おかげでラーマナの城はしょっちゅう転移門の技術を盗もうとする他の魔王勢力に襲撃されていて、そのたびにこの転移陣を使ってシューデルバイツがラーマナの敵を倒しに行ったものだ。


「仕方ない、メルフィス城へは陸路で行くか」

「メルフィス城、ですか?」

「あぁ。山積みの課題に対応する前に、必要な情報を集める必要がある。何しろ800年以上のブランクがあるからな」


 魔王になって皆を救うなんてものは、力任せの安易な答えだ。

 重大な結論なんて、十分な情報もないまま下すものじゃない。


(マグスには、不明なことが多すぎる。メルフィス城に行けば、少しは分かるかもしれないし)


 何しろライラヴァルの『魔滅の聖典』によってしばし日本に帰った時に、ヨルは聞いたのだ。


「……メルフィスの地下……ゼノンが……」


 あの時、(よる)の近くにいた女性。あれは、芽府真那(めふまな)――ラーマナだった。あの伝言といい、「魔力が」どうのと言っていたことといい、恐らく彼女にはラーマナとしての記憶があるのだ。


(日本に転生していたとは。だとすれば俺はやはり……)


 そして、ラーマナは「ゼノン」と言った。

 創生の魔王ゼノン。魔人文明至上最高の天才にして、最狂の頭脳を誇るあの男にまつわる何かがそこにあるのだ。


(ゼノンは不死じゃなかったはずだが……。死を克服したのか? あいつならありうるんだよな)


 なにが待ち受けているにせよ、ゼノンが何かを残し、それをラーマナが伝えてきたのだ。

 行かない訳にはいかないだろう。



お読みいただきありがとうございます。

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[良い点] 物語が深まってワクワクします♪ まだまだ、謎だらけの世界だからこれからが楽しみです(o^-')b ! [気になる点] 一般的な魔人の平均寿命って、何れくらいの年齢なんでしょうか(-ω- ?…
[一言] ミーニャ見て来ました!はー、癒された〜。ありがたや…ありがたや…。 ライラとルーティエのキラキラ視線も見てみたい…。ヒロインの座争奪戦は混迷を極めてますねぇ。 で、賑やかなメンバーでメル…
[良い点] ニャンコ見に戻ったら ニャンコはニャンコだったw 手触りよさそうだけど 車に乗せたいか? となると、断固拒否! 猫毛ってものすごく 細かいですからね。 キューティクルのせいで 座面の…
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