019.反乱
ヨルたちを乗せた昇降機が地上へと消えたあと、オプタシオは地下の広間に囚人たちを集めた。
「時は来た! 客人が魔滅卿と面会している今がチャンスだ!」
オプタシオは仲間たち一人一人の顔を見ながら、声を上げる。
「アイツらは、この国を牛耳る枢機卿たちは、俺たちをだましていた!
人が魔獣になることを隠していた。隠して魔獣になったガキを『箱』に変えていたんだ! 自分たちは手を汚さずに、オレたちにガキを殺させやがったんだ!」
「そうだ! そうだ!」
「御子さまなんて嘘っぱちじゃねぇか! なんも知らねぇガキを騙して、家族から引き離すために、枢機卿も司祭も騎士も、みんなしてオレたちを騙していたんだ!」
「そうだ! そうだ!」
「オレたちは悪党かもしれねぇ。でもよ、ガキばっかり攫ってオレらに殺させる、あいつらの方がずっと悪党だ! 違うか? なんも知らねぇガキを狙うあいつらに正義なんてねぇ! 俺たちに、これ以上ガキを殺させるな!」
「そのとおりだ!」
「俺らはガキを手にかけたりしねぇぞ!」
「こんな場所、ぶっ潰せ!」
オプタシオの演説に、囚人たちは賛同し、拳を振り上げる。
「今こそ計画を実行する時だ! 騎士がなんだ! 魔滅卿がなんだ! 綺麗ごとでオレらを騙す連中に、ビビってる奴はいねぇだろうな!? 俺たちはやるぞ! 周りの区画に連絡をしろ! 武器を取れ!」
「おおぉーーっ!!!」
浄罪の塔の真実を知って以来、オプタシオは反乱を計画してきた。
自分の区画を中心に仲間を集め、計画を練り、必要な道具や武器を準備してきたのだ。
とはいえ、囚人を収容する場所に満足な武器があるはずもない。地上に出られる道も昇降機だけで、一度に移動できる人数は限られているし、上がったところで檻のような昇降機の扉は内側から開かない。しかも脱走対策として昇降機の床面が開く仕掛けになっていて、見張りに見つかればこの穴倉へ真っ逆さまだ。落とし床対策の道具は準備してあるが、それだけで反乱が成功するなど考えていない。
しかし今の彼らには、看守たちを突破できる秘策があるのだ。
けれどそれを使うかどうか、ずっとオプタシオは決断できずにいた。ヨルがここへ来るまでは。
「アレを持ってこい」
オプタシオの合図で一抱えほどの檻が運ばれてきた。輪郭から檻だと識別できるが、何か臭い物でも入っているかのように分厚い布で覆われている。その檻を昇降機に乗せ、周りに木片をばらまくと、おもむろに仲間の一人がさびた銅の穂先の付いた短槍を檻の中へと突き立てた。
キイイイイィィ!
バサッバサッバササッ。
ガラスをひっかくような高音と、檻の中の何かが羽ばたくような音。
それらを無視するように、着火剤代わりの油を撒くと、「よし、火を付けて昇降機を上げろ!」と、オプタシオが合図する。
未だバサバサと暴れる檻を乗せ、煙を立ち昇らせながら上昇する昇降機。木片を伝い覆い布に移った炎が一瞬で檻の表面を舐め、焼け落ちる瞬間に遠目に蝶のような羽を生やした子供の姿と、そこから舞い飛ぶ鱗粉が見えた。
ガゴン。
昇降機が上がり切り、炎にあぶられる檻が地上に到着する。
昇降機の床が境となって、地下から地表の様子を見ることはできないが、耳の良い者ならばその混乱を聞き取ることができただろう。
――ななな、なんだ、これは!?
――魔獣だぁっ!! 魔獣っ! ごほっ、ごほっ、煙が……。
――消せ、火を消せぇ! いやそれより、床を! そいつを地下に落としちまえ!
――開かねぇ! やつら、何か細工しやがった! あか……あ……。
――だれか……だ……れ……。
ガサガサ、ガサ。バサバサ……。
喧騒が静まり、檻のなかのものが苦しみ暴れる音もすぐに弱くなる。微かな音が伝える変化に、オプタシオとその仲間たちは自分たちの計画が上手くいったことを悟った。
「よし、昇降機を降ろせ。念のためマスクはしとけよ」
役目を終えた檻を投げ捨てるように下した後、オプタシオと仲間たちが順に乗り込んで、地上へと上がっていく。
静かになった檻の中身を確認する者がいたならば、その無残な亡骸に心を痛めたかもしれない。
蝶の羽を生やした子供のような魔獣。その瞳は昆虫のように巨大な複眼で、口もハチやトンボのように裂けている。胴体から生える手足も人間のそれより多く、立って歩く必要が無いせいか、アンバランスなほど細い。人ならざる特徴は見る者に嫌悪感を抱かせるが、それでも子供のつるりとした肌に銅の穂先が突き刺さり、その周囲が青紫に変色して水泡のように膨れている様子や、炎にあぶられそこここが焼けただれている様は、痛々しいものだろう。
遠目に蝶の羽を持つ子供に見えるこれらを、総じて『邪妖精』と呼称する。もちろん、人を害し血肉を喰らう魔獣で、人の名残を残すそれらはもとは人間だった魔獣だ。
オプタシオたちは浄罪の塔で多くの魔獣に接するうちに、邪妖精に種類があることに気が付いた。妖精の鱗粉は有害なものがほとんどだが、致死性の毒から眠り、催淫、混乱、麻痺など様々な効果があるし、邪妖精の中にはある種の金属を弱点とするものもいる。
この邪妖精の弱点は錆びた銅。鱗粉毒は眠りだが、錆びた銅を突き刺すことで毒性は増し、魔獣にも効くほどの昏睡をもたらす。鱗粉は燃えやすく焼かれれば効果は薄れるが、効果範囲は爆発的に広がる。死ぬ間際の鱗粉ならば、浄罪の塔の地上や1、2階にいる騎士全員を眠らせることができるだろう。
オプタシオたちの予想通り、地上の看守たちは昏睡していて、妨害されることなく昇降機の扉の鍵を壊すことができた。散らばった仲間は他の区画の連中が上がって来るのを手伝っているのだろう。次に目指すは浄罪の塔の外、肉食魚が蠢く深い堀に隔たれた浄罪の塔と外界を繋ぐ道、ゴンドラの発着場だ。
「ゴンドラを押さえちまえばオレたちの勝ちだ! 奴らだって食わなきゃ生きていけねぇ。食いモンはできるだけ持ってけ! 持ってけねぇもんは、肉食魚の餌にしちまえ!」
「行け、行け! 走れ」
「食料を奪え!」
「武器も忘れんな!」
「完成した『箱』は持っていけ、残しておくと厄介だ!」
「看守どもへの攻撃はよせ、目覚めると厄介だ!!」
地下から虫が溢れるように、昇降機から次々と上がっては略奪し、ゴンドラへと詰めかける囚人たち。彼らはもともと犯罪者なのだ。略奪に歓喜し、脱獄に高揚する彼らは暴徒以外の何者でもない。
ヨル達の相手をしているからだろうか、それとも暴徒を恐れてのことか、魔滅卿は塔の上から降りてはこない。暴徒を止める存在は、今の浄罪の塔には存在しない。
(多少の混乱はしかたねぇ)
一足先にゴンドラを渡り対岸の発着場を占拠したオプタシオとその仲間たちは、略奪にふける囚人たちをやきもきしながら待つ。看守たちの昏睡が解けてしまったら、浄罪の塔にどれだけの囚人が残っていてもゴンドラを止めなければならない。
(逃げて終わりじゃねぇんだよ、これは)
オプタシオたちの目的を達成するには、このゴンドラの発着場を占拠した後こそが肝心だ。
浄罪の塔は船だろうがお構いなしに食い荒らす魔獣魚が蠢く深い堀で囲まれていて、重たい跳ね橋の他にはこのゴンドラしか通路がない。跳ね橋は地下の囚人全員の魔力を合わせて開くかどうかの代物で、動いたところを見たことが無いから、実質はこのゴンドラを抑えてしまえば浄罪の塔は陸の孤島となるわけだ。
浄罪の塔の食料は略奪するか廃棄し、補給路は占拠した。中の人間が生き残るには、オプタシオたちの要求を呑むほかはない。
しかし、ここはノルドワイズの森に面した危険地帯で、魔獣除けの結界から出てしまえばオプタシオたちの安全は保障されない。
(あいつら、こっからが大事だって分かってんのかねぇ?)
やれやれと、肩をすくめるオプタシオ。
誰もいなくなった浄罪の塔の地下施設では、この計画で犠牲になった邪妖精の魔石が冷たい床に転がっていた。
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