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【改稿版】俺の箱~かつて、魔王がいた世界~  作者: のの原兎太
第1章 ヘキサ教の乙女たち
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005.ヘキサ神の御子たち *

 宿泊所というから宿場町のようなものをイメージしていたけれど、ヨルとドリスが駆け込んだ場所は、街道沿いの空き地に建てられた石造りの駐在所と、馬車が数台止められる囲いのある空き地という極めて簡素なものだった。


 それでも魔獣除けの魔導具が設置してあって、完全ではないにしろ魔獣の襲撃を防ぐらしい。敷地に入った時、微かに耳鳴りのようなものを感じたから、それが魔獣除けの魔導具なのかもしれない。


「ここから1時間ほどの場所で、騎士団と隊商の一団が襲われていて……。はい、埋葬は済ませました。遺品は持ってこられず……」


 道中の説明はすべてドリスがしてくれたので、証拠としてマンティコアの魔石を渡した後は、ヨルは周囲の様子を観察していた。

 少し前に同じ道を通った一団がいたらしく、敷地内には立派な馬車が2台と護衛用と思われる馬車が数台止まっている。ヨルとドリスが偶然出会ったことを不自然だと指摘されたらと心配したが、杞憂だったようだ。こういった宿泊所が一定間隔であるなら、夜までにここへたどり着けるよう、みな似たような旅程を組むだろう。


「この辺りでマンティコアとは……。いくら“狂乱の月”とはいえ、にわかには信じられんが。これほどの魔石ならば確かに……」


 宿泊所の兵士は、ヨルの提出したマンティコアの魔石とドリスの示した学生証で、話を信じてくれたらしい。ドリスの在籍している神学校は、格式高い場所なのだろう。


 遺品には手を付けず残してきたことを告げるとひどく感謝され、マンティコアの魔石は証拠として必要だが、相応の額で買い取ると言ってくれた。この宿泊所の利用料もタダでいいらしい。倒したのはヨルたちではないと言ったのだけれど、討伐者がいない時点で拾ったヨルたちのものになるのだそうだ。

 正直無一文だったから助かった。宿をとらなくても魔獣除けが有効な敷地内に入るだけで有料だとは思わなかった。安全がタダなことに慣れすぎだ。


「炎で送ってくれたのはヨルだから」


 そう言ってドリスは全額ヨルに渡してきたが、ヨルは手伝っただけだと半分返しておいた。


「随分と待遇がいい」

「遺品を持ち去ったり、届け出ても多額の埋葬費を要求する人は多いから」


 人目のない森の中だ。魔が差す者は多いだろう。

 そう考えると、ドリスは神学校の学生らしく、この世界ではかなり品行方正なのかもしれない。

 他国からの留学生のようだし、いいところのお嬢さんに違いないのだが、こんな魔獣の出る場所で野宿とはいかがなものだろう。


「ドリスだけでも屋内に泊めてもらえないのか」

「あはは、あそこは駐在の兵士さんの宿泊所だから。魔獣除けの結界があるだけでも上等だよ。ほら、そこの一団だって馬車の中で休んでるでしょ?」


 広場の中央の焚火のそばに座って、ヨルとドリスは配られたスープをすする。サービスの品だから、体を温めるだけでとても夕食には足りない量だが、不思議と腹は減っていない。自分で感じている以上に、肉体は緊張しているのだろうか。

 良かったら、とドリスが差し出したパンを断わり、ヨルは焚火の炎をじっと見つめる。


(俺はあの時、火災現場に飛び込んで……。やっぱり死んだんだろうか)


 日常生活では嗅ぎなれない木を燃やす臭いと煙、頬をなでる炎の熱は異世界でも変わりない。


 ――この世界に来る前の、田口(よる)としての最後の記憶。それは住んでいたアパートが燃え盛る炎に包まれた光景だった。

 炎の強い光は目の網膜を焼き、その熱量は温かさを通り越して痛みとして頬に感じ取れた。立ち込める煙は、燃えているのが木材ばかりではないからだろう、刺激を含んだ異臭を放ち、まだ建物としての骨格を残すアパートの内側が、一酸化炭素だけではない有害なガスで充満しているだろうことを思わせた。

 素人が、何の装備もなく火災現場に飛び込むなど、自殺行為に他ならない。

 たとえ、内部に取り残された人がいたとしてもだ。しかし。


「タスケテ」と、聞こえた気がした。

 あの時、ヨルはひどく懐かしい何かに、強く引かれた気がしたのだ。


 ウーウーと消防のサイレンが近づいてくる音がした。じきに到着するであろう消防隊に要救助者の存在を告げ、消火活動による鎮火を待つ。それが最善であることくらい、頭では理解していたはずなのに。


 パリンッ、ガララッ。


 どこかで木造の梁が崩れたのか、窓ガラスが割れて炎が噴き出す。

 その瞬間、梁の崩れる音をスターター・ピストルの号砲のように、ヨルは燃え盛る炎に向かって駆け出していたのだ。どうしてそんな無謀なことをしたのか、今となっても分からない。抗えないほどの強い衝動に突き動かされたとしか言いようがない。

 熱と光が渦巻いて、世界が血のような真っ赤に染まったと感じられた次の瞬間――。


 ヨルは、森の中にいたのだ。


 それがヨルの覚えているすべてだ。火災現場に飛び込んだ瞬間に、盛大にガスを吸い込み意識を失ってしまったのか、それともあまりの苦しみに記憶を消失しているのか。いずれにせよ熱さも痛みも記憶にないから、死んだという実感があまり持てない。


 考え込むヨルの視界にひょこひょこと小さい影が映り込む。


「ほら、言ったとおりでしょ? すっごいかっこいいって」

「お耳ピンとしてるよ? 獣人かな」

「ばっか、毛皮もしっぽも生えてねーじゃん」

「……子供?」


 ヨルの思考を遮ったのは、ヨルの近くにわらわらと寄ってきた数人の子供たちだった。

 皆、揃いの衣装をまとっている。年の頃は十に満たないくらいだろうか。


「ヘキサ神の御子さま達だね。旅する御身の無事を。リグラ・ヘキサ(神のご加護を)

「光あれ! リグラ・ヘキサ(神のご加護を)ー!!」


 ドリスの祈りに、子供たちが声を合わせて答える。御子とか言ったが皆年相応の元気な子供といった感じだ。宿泊所に立派な馬車が2台と護衛用と思われる馬車が数台止まっていたが、この子供たちが乗っていたらしい。


「ねぇ、ねぇ、おにいちゃんとおねえちゃんはコイビトどうしなの?」

「ボクとヨル? 違うよ」

「じゃあ、じゃあ、お兄ちゃん。私がエラくなったらおムコにもらってあげる!」

「ハイハイ、大人になったらねー」

「おにいちゃーん、そのお耳、何? おにいちゃん、獣人さんじゃないのー?」

「エルフさんだよ、珍しいよね」

「おで、はらへった」

「兵士さんにスープもらっておいでよ」

「兄ちゃん武器ないな! さては魔術士だな! かっけー!」

「ふふーん、すごいでしょ」

「お兄さんたち、どこから来たの? 聖都?」

「そうだよ」


 一斉にしゃべりだす子供たち。静かな夜が一気ににぎやかになった。

 子供の相手はよくわからない。思わず沈黙を貫いてしまうヨルと、かわりに上手く子供をさばいていくドリス。子供たちは同時にしゃべってるのに聖徳太子か。あと、お婿にもらってくれるらしい少女、偉くなったらって発想が少し怖い。


「すみません。馬車の旅が退屈なようで」

「いいえ、御子さま達とご一緒できて幸運です」


 護衛らしき兵士が子供たちを捕まえに来るが、子供たちはきゃあきゃあと走り回って追いかけっこを楽しんでいる。


「この子たちは?」

「御子さまのこと? 毎年、司祭様が村々を回って才能のある子供を集めているの。ヘキサ神の御子って言ってとっても名誉なことなんだよ」


 ドリスの説明に、子供たちは誇らしげな表情で屈託なく笑う。


「あのね、ミリィたちこの後いくつか村を回った後、『浄罪の塔』ってところに行くんだって」


 今まで口を閉ざしていた純朴そうな少女がおずおずと口を開く。


「ドリス、その場所は」

 浄罪の塔とは、『箱』の再生を行う場所ではなかったか。


「うん。『箱』の再生にはヘキサ神の御子が必要なんだって。選ばれたお役目だね」


 ドリスの話に、少女は誇らしそうに微笑む。それでもどこか心細そうなのは、幼くして親元を離れ、知らない土地に行くからだろうか。


「どんなところかなぁ?」

「うーん、ノルドワイズの東にあるらしいから、自然がきれいなところかな」

「まぁ、イナカね! 私はね、聖都に行くのよ! トクベツなんだから!」


 ヨルをお婿に貰ってくれるらしい、おしゃまな少女が話に割り込んできてふふんと威張る。聖都にも似た施設があるのだろうか、それとも役目が違うのか。


「聖都に行く私が一番エラくなるんだから! そうしたらね、ミリィも聖都に呼んであげるわ!」

「うん、メルパちゃん。待ってるね。それまでミリィもおつとめがんばる!」

(おいおい、エラくなったら俺をお婿にもらってくれるんじゃなかったのか)


 おしゃまなメルパちゃんとやらは、無表情で無反応なヨルには早々に飽きてしまったらしく、仲良しらしいミリィという少女との会話に花を咲かせる。お姉さんぶるメルパと幼げなミリィがくっついて仲良くするさまは、実の姉妹のようにも見えて微笑ましい。


挿絵(By みてみん)

 

 無邪気な子供たちの登場で、一気に日常感が押し寄せてきた。途端にヨルの緊張の糸も切れて、肩の力が抜けていく。


(今日はさんざんな一日だったな……)


 炎を見つめながらヨルは今日一日を思い返す。

 残業してコンビニ弁当を片手に家に帰るような退屈で平凡な日常だったのに、帰ってみれば家は火事。助けを求める声に思わず飛び込んだ先は異世界で、やたらとでかい魔獣が築いた死体の花園だった。そして今のこの肉体は自分のものではなくて、魔術まで使えてしまう。


 見上げる空にはいつしか月が昇っていたけれど、地球より少し大きい満月のほかに、赤みがかった大きな満月と、ほとんど見えない新月の合計3個の月が昇っている。

 本当に、分からないことだらけで、訳が分からないことばかりだ。


「ミリィね、かぞくや村のみんなとサヨナラして、ほんとはすごくサミシイの。でもね、ミリィたちにしかできないたいじな()()()()があるんだって。だからね、みんなのためにがんばるの」

「そーそ、ボクらがガンバったら、みんな安心してくらせるんだって!」

「おいらも、がんばるんだな」

「あら、私が一番がんばるんだから! かがやかしい未来のためにね」


 けれどこの世界にも子供はいて、楽しそうに笑っている。


「あ、お兄ちゃん笑ってる」

「ほんとだ、かっこいー」


 子供たちが言うには、この体はかっこいいらしい。だからと言って、長い髪を三つ編みにするのはやめてほしいのだが。


(輝かしい未来か)


 日本で会社員をしている時なら、昨日と同じ明日が来るだけの人生だと、輝かしい未来なんて子供だけが見られる夢だと自嘲したことだろう。けれどこの異世界ならば、そんな夢をもう一度見られるのかもしれない。

 異世界の夜は信じられないほどに暗いけれど、空には三つの月のほかにも、零れ落ちそうなほどたくさんの星がきらめいている。まるでこの地に生きる子供たち一人一人に、輝かしい未来が待っているのだと、錯覚してしまえるほどに。


(考えたって仕方ないけど、あの火事の時、助けを求めた声の主も助かってればいいな……)


 その時のヨルは、根拠もなくそんなことを考えていた。




ヒロインより通りすがりの幼女が可愛い。

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