015.製造工程
この浄罪の塔は魔獣を材料とした『箱』の再生施設だ。
だがこの塔が、いやこの聖ヘキサ教国が隠しているのはそれだけではあるまい。
「この地下室はいくつかの独立した区画に分かれていてな。それぞれ異なる作業を行うことで全容を把握できないようになっている。今いる区画は加工工程の一番最初だ」
「『材料』が暴れないよう無力化した後、肉を食わせ、魔素にさらして熟成させる……か?」
「……要約するとそうなるな」
この倉庫に来るまでに、この区画のあちこちで魔獣が押し込められた檻を幾つも見た。
来たばかりの半死半生の魔獣を複数の人間がサスマタのような道具で押さえつけ、手足を付け根から切り取り傷口を焼いて止血する。噛みつかれないように岩を口に突っ込んだ後、外からハンマーで殴りつけて牙を折る。
暴力的で危険な工程だ。魔獣相手にするぶん人間の損耗も激しいから人員は一番多い。オプタシオの言っていた、「魔獣の餌になる」というのもあながち嘘ではないだろう。
塔上部の魔導具が集めた魔素が注がれているのか、ここは特に魔素が濃厚で魔獣の肉体を大きく損傷しても肉さえ与えていれば死なず魔力が増えさえする。魔獣に与えるという肉は、肉蟲のものか、それとも死んでしまった囚人の肉だろうか。
いずれにしても、この区画では魔獣を無力化するだけで、殺しはしない。全容を知られないため、地下は区画分けされ情報は遮断されている。
次の区画では手足も牙も失った魔獣を受け取る。それを『箱』に入るよう剪定する作業でも行うのだろうか。この世界の人間に、魔獣に対する慈悲はない。現代日本人だって、蚊やゴキブリがいれば殺すだろう。それらが巨大だったら、科学の粋を集めて退治する方法を探すはずだ。害虫に恐怖を覚えるものはいても殺すことに罪悪感を覚えるだろうか。それと同じだ。形が肉塊に近い分、この区画より罪悪感は少ないだろう。
――それがただの魔獣であったなら。
(ここが『肉』の加工場だった時も、似たような工程だったな)
ふと、ヨルの脳裏に魔王の記録がよぎった。
この塔で魔人の食す加工肉を製造していた頃の記憶だ。
肉蟲が創られる前の施設だから、『肉』とはつまり、人の肉だ。
圧倒的な戦闘力でこの世界に君臨し、人間をたわむれに殺害して喰らった魔人だったが、その絶対数は人に対して極めて少なかった。だから、こういった施設では管理者として魔人が一人いる程度で、作業は人間が行っていた。
人間に、同じ人間を殺させて、腑分けさせていたのだ。
腸を取り出し、中を洗って、ミンチにした人の肉と脂を詰め、ソーセージを作る。脂ののった腹や背中――、バラやロースにハーブや塩を刷り込んだベーコンも人気があった。ここは加工工場だけれど、希少部位は肉のまま出荷したかもしれない。活きのいい心臓は生で味わえるように急速に凍らせて。こってりとした脳は瓶に詰め、色合い鮮やかな眼球は色を保つよう調味油に漬け、よく太らせた肝臓はパテに、こりこりとした舌肉は……。
そんな作業を、同族である人間がまともにこなせるはずがない。
だからここでは、人間が人間を加工しやすいように、作業が細かく分業化されていた。
『肉』を選ぶのは管理者の魔人で、気まぐれに殺された犠牲者は『肉』として地下に落とされる。
血抜きをし、体を浄める係の者は、哀悼の意をもって作業に当たったかもしれない。
皮をはぎ、肉を分ける者は特殊な嗜好を持つ者が多く、他の者よりも優遇された立場にあった。
いったん『肉』に分けられてしまえば、罪悪感も嫌悪感も桁違いに低くなる。食材に加工した者たちは、自分たちが扱っているのが一体何の肉なのか知らないだろうし、薄々気付いていたとして、考えないでいることができた。
区画を分け、交流を断ち、ここから出られない代わりに『肉』にしないと生命を担保してやることで、肉の加工場は驚くほどにうまく機能した。
ここは、そういう場所だった。
そして、今も。ここは人の管理のもと、『箱』の生産設備としてうまく機能していた。
「ヴォルフの旦那、話はすんだか? メシ持ってきてやったぜ」
「塔の全容を説明しているところだ。この区画まで話した」
話はまだ途中だが、オプタシオが食事を持ってきた。
3人前あるようだから、自分も参加するつもりだろう。ルーティエはオプタシオの接近に気付いた段階でヨルの背中に引っ込んでいる。
「続きはオレっちが説明するぜ。オレたちは隣の区画とも連絡を取ってる。ここの全容は把握済みだ。まぁ、喰いながら聞いてくれ。今日のメシは悪くねぇ。歓迎するぜ、えぇと……」
「ヨルだ」
「ヨル! オレっちはオプタシオだ」
親指を立てて自分を指すオプタシオ。
ドヤ顔で差し出してきた食事は粗雑な囚人メシだ。皮も剥かずに雑に切った野菜の煮込みに焼いただけの肉、見るからに硬そうなパン、デザートは小さくて酸っぱそうな果物だ。飲み物がミルクなのは嫌がらせだろうか。水の安全性の低そうな異世界なんだから、葡萄酒くらいつけてくれたっていいのに。「悪くない」というだけあって量も食材の種類もそれなりにあるが、調理も盛り付けも恐ろしく雑である。
しかも重ねて持ってきたものだから、プレートの底が下の料理で汚れている。このプレート、きちんと洗っているのだろうか。隅っこに料理とは違う色の何かがこびりついているのだが。
田口因の感覚からすれば「うわぁ」と引いてしまうのだが、オプタシオは気にした様子もなく適当な箱をテーブルにしてプレートを配ると、むっしゃむっしゃと食事を始めた。ワイルドと言うか野卑と言うか、がさつすぎて無い食欲がさらに沸かない。
ヴォルフガングも気にせず食べだしたから、ヨルの皿を押しやったら肉だけ取られて返された。野菜食え。
そんな様子をちらりと見てからオプタシオは話をつづけた。
「気付いてるかもしれんが、ここいらの壁の向こうには隠し通路みたいなのがあってな。看守どもが定期的に監視に来やがる。あいつらが監視してんのはオレっちたちじゃなく……いや、この話はあとにしよう」
ヨルに食欲がないと見て取ったのか、自分の食事を平らげたオプタシオはヨルのパンに手を伸ばす。
どうぞ、たんと召し上がれ。ヨルが皿ごと押しやると、嬉しそうにニッと笑って食べ始める。囚人たちの前では凄みのある男だが、こういう顔はどことなく幼く見える。
「まぁ、あんなボンクラどもを出し抜いて他の区画とやり取りすんのも、ここじゃ娯楽みてぇなもんだ。区画間は狭ぇコンベアで繋がっててな、前の区画からは魔獣の餌、肉蟲つーの? それを育ててるらしくって、肉を流してくる。ここじゃ魔獣が暴れないようにおとなしくさせて肉喰わせて太らすのが仕事だな。魔獣を世話する区画はここともうひと区画があって、そっちは小型専門だ。ここは猛者が集められた区画ってわけよ」
オレっち、そこのリーダー。みたいな顔をしてオプタシオが胸を張る。ヨルに食事をもらって嬉しかったのかもしれない。単純な奴だ。
オプタシオの話によると、次の区画は運び込まれた魔獣を『箱』に詰め込み蓋をする。『箱』に入るように余分なパーツを切り取って加工するのもここの仕事だ。
さらに次の区画になると、運ばれてくるのは無機質な『箱』だ。そこでは箱を専用の装置に載せて、装置を使って箱に杭を刺しながら、魔力の出力を調整する。
『箱』に着いた汚れや杭を刺した時に滲む液体から、中身を想像できるだろうが、見えないなら精神的な負担は少ない。工場の組み立てラインのような単調さで作業を進めていけるだろう。
「そこの区画で働いてんのは、女らしいぜ。か~、俺っちも隣の区画だったらおねーちゃんたちと仲良くなれたのによ!」
『箱』に杭を打つ作業は意外と繊細で、力任せにぶすりとやると『箱』が壊れる、つまりは核を貫かれた中の魔獣が負荷に耐え兼ね死ぬこともあるから、女性たちに向いているのかもしれない。
(働いているのが見目麗しい女性って可能性は低いと思うけどな)
夢は大事だ。そこには触れずにおいておく。
ちなみに日本では、人の夢と書いて“儚い”と読む。
「んで次で表面をきれいに洗って、検査して合格すりゃ、いっちょあがりってわけだ。ほかにも空の『箱』を開けて掃除したり、壊れた『箱』の修理したりする区画もあるんだけどな」
皿に残った野菜どころか、ヨルのミルクまで飲み干したオプタシオが探るようにヨルを見る。
「旦那、驚かねんだな。知ってて来たってわけか。なぁ、そろそろ来た目的を話しちゃくれねぇか? さっきの感じじゃ、ヴォルフの旦那を助けに来たわけじゃねぇんだろ?」
この世界の人間は、家族や友人を魔獣に殺された者も多い。魔獣を憎む気持ちは誰もが持っている。魔獣を殺すことは正義。ヘキサ正教の教義による後押しがあれば、『箱』のすべてを知った後でも罪悪感は抱くまい。
――その魔獣が、初めから魔獣の姿をしていたならば。
「俺は、人型の魔獣に会いに来た」
ヨルの言葉にオプタシオとヴォルフガングの表情が険しくなる。
「……だと思ったよ。来てくれ、案内する」
オプタシオは空になった食器を置くと、立ち上がって部屋を出る。ヴォルフとヨルもそのあとに続く。3人にそれ以上の言葉はない。
見張りのいる扉を超えた先、緩い昇りの廊下を上がった先に、その部屋はあった。
「こっちとあっちは働くやつを分けてんだ。……じゃねぇと、仕事にならねぇからよ」
この辺りの部屋が人型の魔獣を閉じ込める場所なのだろう。攻撃魔術などの遠距離攻撃にも耐えれるように、人が屈んでギリギリ通れる程度の扉は分厚い鉄製で、小さなのぞき窓がついている。
「10日ほど前、連れてこられた。……道中で魔獣に変貌して他は殺されたらしい」
小さなのぞき窓を開ける。
その部屋には地上につながる窓が付いているのだろう、部屋には月の光が満ちていた。
月光を一心に受けて枝葉を伸ばすそれは、たおやかな一本の若木。けれどそれは、ヨルたちの声に反応するように扉の方へ体をよじる。
ゆっくりと振り返ったその顔は見覚えのあるものだった。
(あぁ、やはり――)
ヨルはこの子供を知っていた。
殺されてしまった子供たちも、みんな未来を信じて無邪気に笑っていたじゃないか。
家族と離れて寂しいけれど、皆のために役目を頑張ると、そう言っていたというのに。
「ミリィ……」
オ、ニイ、チャン?
舌の代わりに枝が飛び出した小さな口が、そう動いたように見えた。
月光に向かって枝葉を生やしていた若木は、ヨルがこの世界に来た最初に夜にノルドワイズ南の宿泊所で出会った、ヘキサ教の御子、ミリィだった。
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