014.経緯
「隷属の首輪から解放されてからしばらくは、茫然自失の状態が続いていてな。どうやって夜の森を抜けてノルドワイズまで無事に帰り着いたのか正直分からん」
情報提供の初っ端で「正直分からん」と言われてしまうと、先行きに一抹の不安を感じてしまう。
割とNGワードがちりばめられた話であるため、ヨルとヴォルフガングの情報交換は、人の目耳を気にして場所は倉庫らしき場所へ移して行われている。
ヨル達のいる地下区画はオプタシオを頭とした社会が形成されていて、密談に使えるこういった場所もいくつか用意されているらしい。
「ノルドワイズまで安全に移動できたのは、ルーティエの計らいだ」
「ルーティエ?」
「こいつだ。ルーティエ、ヴォルフガングだ。挨拶しとけ」
ヨルが紹介すると、ヨルの背中からにゅるりと滑り出しルーティエが顔……体をだした。
「見知りおけ、ニンゲン」
「こら、ルーティエ。こういう時は“はじめまして、ルーティエです。よろしく”っていうんだぞ」
「はい、ヨルさま。“ハジメマシテ、ルーティエデス。ヨロシク”だ。ニンゲン」
「随分と利口なスライムだな……」
ルーティエのこれは何キャラだろう。ツンデレの派生かなんかか。
ヴォルフはルーティエの賢さに驚いているようだが、この対応は失礼じゃないのか。
どうしようかなと思ったら、ヨルの背中からルーティエの体の一部が触手のように伸びてきた。そ~っと体を細く伸ばしてヴォルフにちょっとタッチして、ぴゃっとヨルの背中に逃げ込んでいる。どうやら興味はあるらしい。
にゅ、じりじり、にょーん。
再び手? を伸ばし始めたところを、きゅっとヴォルフに指先でつままれて、きゃっとばかりに逃げ出している。
「くくっ」
「ヴォルフ、子供好きだよな」
ミーニャにも懐かれていたし、アリシアは、まぁアレだけどさりげなく守ってやっていた。結果はまぁ、アレだけど。
「このスライムは子供なのか?」
「失礼な! ニンゲンよりもずっと長く……ふわぁ」
もにもにもに。
ぷんすこと縦に膨らんだところをキャッチしてモニると途端におとなしくなる。手を離すと、もっととばかりに伸びてくるので甘えてくれているのだろう。ルーティエは800歳越えの魔獣だけれど、精神年齢はまだまだ子供だと思う。
「なんとかノルドワイズに戻ったはいいが、……アリシアが手を回していたらしい。意識がはっきりしない間に捕らえられ、翌日には監獄経由で浄罪の塔だ」
「いくら何でも強引すぎやしないか? ここはストリシア家の領地じゃないだろう」
めちゃくちゃだ。さすがは異世界。なんというか中世すぎる。
「アルベルト――、アリシアの手下の男がいただろう。あいつがいたのを覚えている。まともな領主や騎士という連中はな、狂乱の月の頃は魔獣討伐で手いっぱいだ。その状況下で、教皇付きの聖騎士が自分の主家預かりの捕虜を裁くのを止められるものじゃなかろう。その場で首が飛ばなかっただけ、ノルドワイズの役人は頑張った方だ。ちなみに罪状は、アリシアの恩人ヨルム殺しらしいぞ?」
片眉を上げてヴォルフガングがにやりと笑う。
アリシアは、二人の従者を連れて大急ぎで聖都に帰ったはずだ。魔獣除けの魔導具を持っていたし、騎馬はスレイプニルという駿馬であるが、それでも魔獣の出る道だ。従者二人でも少ないだろうに、アルベルトを残したところに執念を感じる。
「アリシアは、隷属の首輪を使って俺を“ヴォルフの家族を殺した魔人”だと錯覚させたんだろう?」
「あぁ。ご丁寧に、“人気のない場所で、不意を突いて確実に仕留めろ”と言い添えてな」
「アリシアは俺が魔人だと気づいていたのか?」
「気付いたとしたら魔導昇降機の時だろうが、ヨルの命を狙ったのは魔人だからではないだろうな」
「義眼か……」
アリシアは魔導昇降機の追突時以外は、肝心なところで気を失っていたから、ヨルの桁外れな実力を目にしていない。だから魔人と気付いていたとしても“魔人殺し”ヴォルフガングが不意を突けば殺しきれると踏んだのだろう。その後で、ヴォルフガングの口を封じれば、教皇様の義眼の出所は分からずじまいというわけだ。
悔しいことに、たくらみは概ね成功だ。ヨルはしばらく、この世界からおさらばしていたわけだし。
(でもなぁ、こっそり義眼入手するんなら、あんな目立つ格好で来るなっていう……)
キンピカ鎧の聖騎士様が遠路はるばるノルドワイズにやってきたとなると、どうしたって足がついてしまうじゃないか。
アホの子か。アリシアのアはアホのアなのか。
そんな子の策略にはまって死にかけたヨルは、もっとずっとアホじゃないのか。
死んだ魚のように虚ろな目をしたヨルに気付いているのかいないのか、ヴォルフガングが話を続ける。
「塔に着いた頃、ようやく意識がはっきりしてな。ひと暴れしてやろうかと思ったが、まさかここにあの男、魔滅卿がいるとはな」
「知っているのか?」
「戦場で一度、な。というか、魔滅卿を知らんとは。……本当に、一体どこから来たんだ」
「どこ、だろうなぁ」
はるかに去った時代から、ここではない世界から。
いずれもあまりに遠くて、たどり着けない。
「……軽く説明しておこう。この国には教皇の下に6人の枢機卿がいる」
ヨルの答えをどうとったのか、ヴォルフガングが説明を始める。そういえば、ドリスもそんなことを言っていた。
「6人それぞれが聖遺物と呼ばれる強力な魔導具を有している。聖ヘキサ教国は自国の繁栄を神の力と謳っているが、敵国の俺から言わせると、この国を強国足らしめているのはこいつら6人の枢機卿だ。聖遺物によって、ほかの国の何倍もの領土を維持し、それぞれの枢機卿が一国の国王以上の財と権力を有している。それは、この国がヘキサ教の総本山だからではない。この国を守る剣であり盾である聖遺物がこの国の持つ領土と富と信仰のすべてを支えているんだ」
速喜卿ロウ=ガイ、友愛卿フラタニティー、不負卿カストラ、魔滅卿ライラヴァル、安寧卿ミハエリス、赤定卿シャイル。そして決して表に出てこない教皇エウレチカ・イニト・ヘキサ。
ヴォルフガングが名前を列挙してくれるが、教わった端から覚えられる気がしない。
「こいつらの持つ聖遺物の性能は異常だ。とてつもなく魔力を喰うから戦場では1回が限度のようだが、それでもこいつらが出てくるだけでこちらの負け戦は確定だな。なかでも安寧卿ミハエリスはまさに一騎当千。無数の光の槍を操り兵の損耗は計り知れん。前回の戦で俺を捕らえたのもこいつだ」
ミハエリス。その名前は聞いたことがある。
「アリシアの兄ではなかったか」
「知っていたか。我がサフィア王国との国境は東部のウォールマウンテン山脈を境に速喜卿ロウ=ガイの領地と、北部はセルフィア湖の北端あたりで安寧卿ミハエリスの領地と接していてな。
ウォールマウンテン山脈の鉱物資源をめぐってロウ=ガイとはたびたびことを構えてきた。ロウ=ガイの聖遺物も戦向きで威力も相当なものだが、奴は不要な殺生を望まん。これまで多少の小競り合いがあってもこちらを無力化して追い返す穏当な対応をしてくれていただけだというのに。現王は戦力差を正しく把握しておられなかったのだ。
こともあろうに、ウォールマウンテン山脈が無理ならばと、ミハエリスの領地にあるゴールデンクレスト山脈とセルフィア湖の北部一帯に目を付けた」
「膠着した戦場にイラついて、虎の尾を踏んだわけか?」
ヴォルフガングは黙ってうなずく。ヤバいところをつついて安寧卿ミハエリスを呼び出したわけか。
「……もしかすると陛下は……。いや、今はいい。話を戻そう」
6人の枢機卿の聖遺物の効果はそれぞれ異なり、対人戦に向くもの、対魔獣に効果を発揮するものがあるらしいが、魔滅卿ライラヴァルの聖遺物は対魔獣戦で絶大な効果を発揮するらしい。
「俺が奴にまみえたのは魔獣が大発生した戦場でな。南のビスタニア――、獣人の国だが、そこと我が国サフィア、そしてこの聖ヘキサ教国の接する森で異常発生した魔獣の討伐戦だった。必死の防衛線を張る2国に対し手薄だった聖ヘキサ教国へ魔獣たちは流れこんだんだが、あれは誘い込んだのだろうな。魔獣相手では間諜も使えん。何が起こったか、詳細は分からずじまいだが、奴が聖遺物を使った後にはおびただしい数の魔石と魔獣の血に赤く染まった大地が残されていたという」
「効率よく魔石を集めるために、遠路はるばる来たわけか」
「あぁ。我らにとっては国の危機であっても、奴にとっては単なる狩りだったわけだ。……ともかく、奴の聖遺物はおそらく対魔獣に特化している。魔獣の多いノルドワイズ周辺を領地としているのもそのせいだろう。それに、聖遺物を使わなくとも奴の魔力は尋常ではない。奴は魔術師タイプだが近接戦もかなりの腕だ。……聖遺物がヨルに効果がないともいいきれん。気をつけろ」
魔人殺しが魔人の心配か。やはりこいつはいいやつだ。何とか国に返してやりたい。それにはまず、ここを出る必要があるけれど。
「つまりニンゲンは、ルーティエが街まで無事に帰してやったのに、ぼんやりしてとっ捕まって、腹いせにここの雑魚をボコったわけですね。そんなニンゲンが強いという程度、ヨルさまにはどうということもありません。魔導具だろうとどんとこいです!」
根拠もなくルーティエがドヤる。
「ルーティエ、雑にまとめすぎ。それから、ヴォルフガングだ。いい加減覚えろ」
「はい、ヨルさま。ヴォ……ンゲン」
「合体すな。ま、いいか。ヴォルフ、次はこの浄罪の塔についても教えてくれるか」
ルーティエがやたらとヴォルフガングに突っかかるなと思ったら、「ニンゲンのくせにヨル様に名前を呼ばれるなんて……」と小さい声で言っている。どうやらやきもちを焼いているらしい。人間らしい反応に思わず頭? をなでておく。
ヴォルフガングはルーティエの言葉にちょっぴり傷ついたのか「面目ない」と断ってから、この塔について話し始めた。
「この浄罪の塔は『箱』の再生施設だが、材料は……」
「魔獣だろう?」
「知っていたか」
「あぁ。だが、それだけではないだろう?」
人は家畜を殺して肉を得、魔獣を殺して魔石を得る。残虐性に関して議論の余地はあるかもしれないが、自分たちの生活と安全がかかっているのだ、魔獣を箱詰めにして魔力を得ること自体が問題になるとも思えない。
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