011.塔
ガタゴトと揺れる粗末な馬車の格子窓から見る浄罪の塔は、その馬車の乗客がこれまで放り込まれていた場所よりもよっぽど監獄らしく思えた。
17人の乗客は全員揃いのボロを来た男だ。長らく風呂にも入っていないのだろう、不衛生な男たちが詰め込まれた室内は家畜小屋のような悪臭がする。壁際に作りつけられた硬い椅子はろくな板バネさえつけられていない粗末な馬車の振動をダイレクトに尻に伝えて数時間も座らぬうちに尻がはれ上がりそうだ。
この馬車は護送車。囚人を運ぶ定期便だ。
「……おい、行き先は浄罪の塔って本当かよ? なんだってそんな場所に……」
「黙ってろ!」
一人の囚人の言葉を壁越しの衛兵が拾って、御者室と荷台を隔てる薄い壁をガンと叩く。
すると静かにするどころか、ハチの巣をつついたように荷台に詰め込まれた囚人たちが口々に騒ぎ始めた。
浄罪の塔とはヘキサ教の御子が住み、『箱』の浄化を行う施設。自分たちのような囚人に縁のある場所ではない。そんな場所に送られる違和感に、自分たちの処遇に対する不安感をあおられたのか、それとも監獄内で何か情報でも出回っていたのか。
声を上げるどころか体を揺すって暴れ始めた囚人のせいで粗末な馬車の車体が揺れ、馬車を引く馬は不安げないななきを上げた。このままでは、走行に支障をきたすと判断したのだろう、護送する兵士たちは馬車を止め、囚人たちを黙らせるべく、荷台の背後にある扉へと向かった。
その時だ。
「少し尋ねたい」
静かな声に護送兵が振り向くと、そこには黒衣の男性が一人、道の真ん中に立っていたのだ。
男が立っているのは馬車の後ろ側、つまり、馬車が来た道だ。見晴らしのいい一本道で、何者かが追ってきている様子はなかった。粗末な馬車ゆえ大した速度は出ていないが、徒歩で接近する者に気付かないはずはない。
この男は一体どこから現れたのか――。
そんな護送兵の疑問は、滴るような赤光を放つ男の瞳を見た瞬間に霧散してしまった。
「なん……でしょうか?」
「この馬車の行き先は?」
「浄罪の塔です……」
「ならば、俺も乗せてくれ」
「はい……」
護衛兵は請われるままに馬車の背後の扉を開ける。扉が開いた瞬間になんとか逃げ出そうと数人が飛び出すが、その彼らも逃走路を遮るように立つ黒衣の男の赤眼に睨まれると金縛りにあったように動かなくなり、「馬車に戻れ」という静かな命令におとなしく従った。
「馬車を出せ。囚人は元から18人だった」
「はい……」
先ほどまでとは打って変わって静かになった囚人を乗せ、護送馬車は再び走り始める。
18人となった囚人は、いつの間にやら全員揃いのボロを着ていて、全員が同じ程度に汚れているから、一見しただけでは異分子が一人紛れ込んでいることなど気付かないだろう。
ガタゴトと馬車は行く。
囚人たちの目的地、浄罪の塔はもうすぐだ。
■□■
(思ったよりも簡単に魅了できたな……)
まんまと囚人たちに紛れ込んだ黒衣の男――ヨルは内心でほっと息をついた。
ヴォルフガングが着けていた隷属の首輪を破壊した時に、思考を支配する術式については理解していた。あれは上位の魔人が使う魅了を術式化したものだ。
魔力抵抗の低い人間ならば、魔人の赤眼を見ただけで魅了され、言うなりになるどころか喜んで血肉を差し出すようになる。人間を喰らう魔人にとって非常に便利ではあるが、目を見なければ防げるし、魅了されても時間の経過や何らかのきっかけで解けることもある。それに抵抗力の強い人間ならば、そもそも魅了されにくい。
だから安定して人間を飼うために考案されたのが隷属の首輪の中核となる魔導回路だ。抵抗など無視して魅了できるよう、頚髄経由で直接脳に支配を及ばせる魔導具になっている。弁明のしようもない洗脳装置で、作った魔人も、それを使う人間も、どっちも怖くてドン引きだ。
(それを使っちゃう俺もたいがいなんだけど)
とうぜん、魔王ボディーが使えないはずはなく、ヨルは護衛兵も馬車の中で暴れていた囚人たちも丸っと魅了して18人目の囚人としてまんまと馬車に乗り込んだのだ。
(一人くらいレジストできるやつがいるかと思ったんだけどな)
馬車の様子をそっとうかがうヨル。洗脳直後の茫然とした症状はすでに消え、皆、不服そうな表情で馬車に揺られている。一人増えたことに何の疑問もいだいていない様子だ。
不機嫌そうな表情も相まって囚人たちの人相はとんでもなく悪いけれど、魔力量自体は大したことはない。魔獣のはびこるこの世界では、魔獣を倒しあるいは捕らえることは大切な仕事で、高い戦闘力を持つ者はもてはやされるから、少々の犯罪程度見逃されてしまうのだ。逆にこうして犯罪者として捕らえられるのは、魔獣も倒せず喰い詰めた者が多いのだろう。そんな囚人を護送する兵士もしかりだ。
大した魔力も持たない人間に暗示をかける程度、ヨルにとっては造作もない。
囚人と似た襤褸も、手足を拘束する金属の枷も、魔獣の血を衣類に変える血鮮布の術で再構築し、魔力もばっちり隠蔽している。これならば魔滅卿に見つからずに潜入できるに違いない。
ちなみにヨルの背中に張り付いたルーティエは、現在、座面の方へ移動して、揺れる馬車と硬い椅子の攻撃からヨルの尻を守ってくれている。たった一匹でお留守番になってしまった荷運び蟹のセキトは近くの森でお昼寝中だ。
馬車の小さな窓から外を覗くと、浄罪の塔が近くに見えた。
浄罪の塔は、絵画で見るバベルの塔のような裾広がりの多段構造をしていた。塔の周囲には高く分厚い壁と幅広で底の見えない深い堀。入り口までの通路は跳ね橋になっているが、長らく使われた形跡はない。代わりに不格好なゴンドラが渡してある。
(ここってたしか、“肉”の加工工場だったっけ。それも、肉蟲が創られる前の)
魔王にとってはあまり思い入れのない場所なのか、思い出された記憶はほんの断片だけだ。
肉蟲が創られる前は、魔人の支配地にはどこにでもあった施設だ。
“豚が豚を解体し、ソーセージを作っていた場所”と言えば、どんな場所か想像しやすいだろうか。
“肉”と作業者を狙って魔獣が入り込まないように周りを高い塀で囲い、その外側の堀には魔獣も人もお構いなしに食い散らかす肉食魚を放っている。幅の広い堀を渡す跳ね橋はかなりの重量で、人間一人、二人の魔力では稼働させることができない。これは、中にいる作業員と“肉”を閉じ込めるための仕組みで、ここを人間が使うようになってからは跳ね橋の替わりにゴンドラを渡したのだろう。
スライム一匹忍び込めない造りの上に、塔が周囲の魔素を集めているから周囲は極端に魔素が薄く、魔獣除けの結界の役割を果たしている。核を持たないルーティエの分体が侵入できない程度には、防御機構は健在だ。
堀の外側には宿泊所のような場所があった。この世界に来た日、ノルドワイズに着く前にドリスと夜を明かしたような、馬車が数台止められる広場と簡易な建物のある場所だ。建物の上にはゴンドラの発着場があって、ここから物資や人員を補充しているのだろう。
(この様子では、『荷物』を運んできた騎士たちは、ゴンドラに『荷物』を積み込むだけで、中の様子は知らないだろうな。塔の内部に入ったこともなさそうだ)
魔力探知で軽く塀の内側を探ってみると、塔の上階に強い魔力の反応が一つあった。これが魔滅卿だろう。
あとは地上階に極めて弱い人間が十数人と地下には百人程度。それだけで、ここの仕組みを察せてしまう。
(昔も今も、魔人も人も変わらんな……)
ため息を押し殺すヨル。
「全員、馬車から降りて一列に並べ」
護衛兵の命令に従って囚人たちが外に出ると、強そうな者から3人づつ詰め込んだゴンドラは、餌の気配にビチビチと水面をはねる肉食魚の上を通って塀の中へと運ばれていく。
すぐにヨルの番が来た。
使い込まれたゴンドラは、3人の男性の重みでギシギシと揺れる。
魔力の尽きた空の『箱』、捕らえられた魔獣たち、中で暮らす者たちの水や食料に、そして。ヘキサ教の御子と囚人たち。
このゴンドラで、恐らく大量の人と物が運び込まれたのだろう。
そしてこのゴンドラで運び出されたものは、一体どれだけあるのか。
答えはもうすぐそこだった。
「おぉーまえらは、こっちだに!」
ゴンドラの降り場に待ち構えていた塔の衛兵は、感じられる魔力量といい、口の利き方や立ち振る舞いと言い、教団の兵士にしては驚くほどに質が低い男たちだった。何より不釣り合いな所は、全員が片足を引き摺っていることだ。
(腱を切られている? いや、ふくらはぎの肉ごと切り取られているようだな)
この世界はポーションも治癒魔法も優秀だ。それなりのものを使えばふくらはぎの肉くらい、簡単に治癒できる。塔の衛兵全員が、同じ足を引きずっているのだ、人工的に歩けなくされたとしか思えない。
(こいつらも囚人か……)
そう考えれば納得がいく。この塔で働く者は、おそらく死ぬまで出られない。秘密を守るため、外界と連絡することも許されないだろう。まともな人間に就かせられる仕事ではないが、囚人ならばうってつけだ。
ルーティエが侵入できないほどだからこの塔の中は安全だけれど、塔から少しでも離れれば人里から離れた魔獣の跋扈する森がある。ゴンドラを操作して塔の外に逃げたとしても、片足を引き摺っていてはすぐに喰い殺されてしまうだろう。
(それにしても質が低い連中だな。地下にはもう少しましなのがいるようなのに……)
大した戦闘力も持たないどころか、与えられた役割に疑問も持たず看守に選ばれたことを喜ぶような連中に、地下の犯罪者たちの世話と監視をさせているのかもしれない。
「な、なんだぁ、その目はぁ! お、おでたちはなぁ、暗い地下で働かなくちゃなんねぇお前らとは罪の重さが違うんだ!」
ヨルと似たことを考えたのだろう。じろじろとぶしつけな視線で衛兵の戦力を図る一人の囚人に衛兵がキレた。やはり、看守は囚人なのだ。
枷があっても倒せるくらい腕っぷしも頭も弱そうだが、それでも囚人3人に対して看守の数は10をくだらない。帯剣した看守に襲い掛かって勝てたとしてもゴンドラ以外脱出できる場所もなく、人里離れた魔獣うごめく立地とくれば、分が悪いと判断したのだろう。怒鳴られた囚人は視線をそらしておとなしく連行されていった。ルーティエも約束通り背中でおとなしくしてくれているので、ヨルも黙ってついていく。人数が一人多いことには気づいてさえいない様子だ。
「お前らの持ち場はこの昇降機の下だ」
ヨルたちが連れてこられた場所は、ゴンドラ降り場に近い部屋だった。部屋の中央におよそ2メートル四方の鉄製の檻が置かれていた。
天井には巨大な滑車。どうやらこの檻が昇降機らしい。檻の上部に付けられた太い鎖を引いて昇降する仕組みのようで、鎖の反対側は地下へつながっている。鎖の先には『奴隷が回す謎の棒』みたいなものがあるのかもしれない。
「逃げようなんて考えるなよぉ。このレバーを引いたらな、その昇降機の底が開いておめえら墜落するからなぁ」
ヨルたちが乗り込んだ昇降機の鉄格子を締めた衛兵が、脅しのつもりか声を上げた。言われてみれば昇降機の床は、真ん中に切れ目がついている。衛兵の位置からして扉の外に開閉レバーがあって、下の囚人が昇降機に乗って昇ってきても落とせる仕組みだ。
なるほど、ここは優秀な監獄であるらしい。
「おろせぇ!」
カァン、カァン、カァン。
衛兵が部屋の鐘を打つと、昇降機が動き出す。あんな脅しをするものだから、底を開けて落とすつもりかと思ったが、ただの警告だったようだ。
同じ囚人だというのに、ここでは教会の与えた『罪の重さ』というカーストが、彼ら自身を縛る鎖として機能している。まるで『囚人実験』だ。
そして衛兵たちの仕事は、下に人や物を送るまで。この下で何が行われているのか、表向きに語られていること以外、知りはしないだろう。
おそらく、この塔にヘキサ教の御子を運ぶ騎士たちも。
関わる者の大半は真実を知らぬまま、良い行いをしているとさえ信じて『箱』を作り上げているのだ。
その全てを理解している支配者は、この塔の上で欠け行く白い月の光を浴びながら、地下へと運ばれていく囚人たちの様子を、興味なさげに見守っていた。
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