010.侵入
「『箱』の生産施設は、浄罪の塔の地下にあると思います」
「だろうな。だが、塔自体もお飾りというわけじゃないと思うぞ。おそらく、魔素を集める装置が設置されているはずだ」
目的の経路を南にずれた森の中、ヨルはルーティエから塔の情報を聞きながら、侵入計画について思案していた。
『箱』は中の魔獣が生きながらえるほど長く魔力を供給できる。長寿命高出力の『箱』を作るために、魔獣にはたっぷりと魔素をそそぎ、できる限り強化してから加工したほうがいい。おそらく浄罪の塔とやらは、強力な魔獣が出没しない北の森との境界付近で、最も魔素が濃い場所に作られているだろう。
「なるほど! では、塔を破壊しましょう! そうすれば『箱』を作れません」
「壊さないから」
もうヤダ、この子。思考が人間の敵すぎる。いや、モンスターなんだけれども。
ヨルの突っ込みにルーティエの体がいびつな饅頭みたいにふにりと傾く。「なんで?」という表情なのだろう。顔はないけれど、だんだん読めるようになってきた。
「『箱』がないと、人間は魔獣を防げないだろ? 人間の街が滅びるようなことはしたくない。『箱』の中身は知っている。思うところが無いわけじゃない。魔獣は、ルーティエにとっては大切な仲間かもしれないが……」
スライムのルーティエからすれば、心中複雑かもしれないと思ったヨルだったが。
「どうでもいいです!」
めっちゃ元気よく答えられてしまった。
自分も魔獣だというのに、ほかの魔獣はどうでもいいのか。魔獣に仲間意識がないことは行動から分かっていたが、こうして言葉にして聞くとあっさりしていて納得いかない。まぁ、今回に関してはこの回答で助かったのだが。
「今回は穏便に、人間のふりをして忍び込むつもりだ。ルーティエはここでセキトと留守番していてくれ」
「!! ……る、るす……ばん……」
先ほどの返事とは対照的に、びしゃあ、と音がしそうなほど急激にルーティエが溶けて床に広がる。留守番、そんなに嫌なのか。
「留守番は嫌なのか?」
見れば分かることを、しれっと口にするヨル。ちょっと意地悪かもしれないが、魔王さま第一主義すぎるルーティエにはちょっと成長してもらわねば。この調子では、この先、人間社会に連れていくことは難しい。するとルーティエはしばらく考えたあとおずおずと声を発した。
「……ヨル様は、ルーティエに自分の意見を持っていいとおっしゃいました。ヨル様の考えと違ってもいいって。そうして欲しいとおっしゃいました」
「あぁ、言った」
よく覚えていたなと感心しながらヨルはうなずく。その様子をじっと見たルーティエは、意を決したように言葉をつづけた。
「ルーティエは、ヨル様と一緒に行きたいです。お留守番は……い、嫌です」
よく言った! よく言えた! 例え自分の意思を持てと伝えていたとしても、魔王の意思に反するなんて、どれほど言いにくかったろう。戯れに名を与えただけの、記憶にさえ留めなかったスライムが、魔王に「嫌です」なんて言ったと知れば、魔王シューデルバイツはどれほど……どれほど喜んだことだろうか。すべてを全肯定され、何もかもが思い通りになってしまう、あの孤独な魔王は。
ヨルは800年生きたこのスライムを誉めてやりたい気持ちをぐっとこらえて、ルーティエに話して聞かせる。
「人間のふりをして忍び込む時、人間の何人かは俺にひどいことをするかもしれない。俺に偉そうな口をきいたり、手を縛ったり、殴ったりするやつもいるかもしれないな」
「な……なんてことを!! 許せません!」
「そうだな、ルーティエは俺のためなら人間なんて何人でも殺せてしまう。きっと俺に無礼を働いたものを全員殺してしまうだろう。そうしたら、こっそり忍び込むなんてできなくなってしまうだろう?」
「あ……」
「だからお留守番」
「ヨル様がそんな目に合うのに、お留守番なんてできません」
「じゃあ、我慢できる?」
「…………がまん…………でき、ま……す」
ものすごく間がある回答だ。本当に我慢できるだろうか。
「心配はいらない。俺は魔王だから、人間の攻撃なんてなんともない」
「でも、嫌です。どうしても人間に攻撃されなきゃいけないなら、ルーティエが代わりに攻撃されます」
(そうきたか……)
拘束くらいはされるだろうが、攻撃は万一の例えだ。ルーティエが我慢できるなら、連れていくつもりでいたけれど、この回答は少々予想外だった。ちょっぴり愛が重すぎる。
だが、スライムであるルーティエの耐物理攻撃性能は非常に高いし、形状も自在に変化可能ではある。ボディーガードをしたいなら、お願いしてもいいかもしれない。
「それじゃ、ルーティエが薄っぺらくなって俺の背中にへばりつくか?」
「!! ヨル様の背中!」
ぽんっとまん丸く膨らむルーティエ。どれだけ魔王ラブなのか。思考はアレだが御しやすくて助かる。
「平べったくな、平べったく。背中を守る感じでな」
背中で丸くなって、“パッドが背中に回っちゃった“状態になっても困る。
ボディーガードもニセチチもシークレットなサービスなのだ。正しい位置で正しい形を維持して欲しい。
「はいっ! ヨル様のお、お、お背中は、不肖ルーティエがお守りいたします!」
ぷぷぷぷぷるるるん。
背中に張り付けてやると、ルーティエがマッサージ器のように震えだした。
これはこれでなかなか気持ちがいいのだけれど。
「ルーティエ、落ち着け」
「ははははいぃ! あ、あ、あったかいいぃー」
ぷぷぷぷぷぷぷぷるるるううぅん。
ルーティエが落ち着いくまでの10分ほど、ヨルはスライムマッサージを堪能した。
ボディーガード的な安心感は得られなかったが、リラックスはできたかもしれない。
遠目に見える浄罪の塔は高い壁と深い掘に囲まれた難攻不落の建物だ。この辺りの強力な魔獣を寄せ付けない堅牢さは、同時に入ったものを逃がさない鉄壁の造りに見える。やたらと高い塔が建っていなければ監獄だと勘違いしそうだ。中には多くの人間の気配を感じる。
(あれ、魔王時代中期の施設だよな、確か。そりゃ簡単には入れんわ。
あれだけたくさん人間がいれば、物資もそれなりに必要だろう。この辺りで待っていれば……。お? 何か近づいてきたぞ)
丁度その時、侵入経路を模索するヨルの魔力探知に、浄罪の塔を目指して南方から近づいてくる小さな魔力の塊が感知された。
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