008.道行き・ヘキサ教
黒くてイケてる巨大ヤドカリ・セキト号の貝殻の上で、ヨルは狩りを楽しんでいた。
「魔弾」
パシュ、と軽い音がしたと同時に、梢の葉が千切れて舞い、500メートルほど先を飛んでいた鳥の羽が千切れ飛んで落下する。
澄んだ高い空の雲近くを飛んでいた鳥は、地上に着くより先に魔石と尾羽に変わって、尾羽は風に流されふわりと舞い、肉体を失い風の抵抗を無くした魔石は落下の速度を速めて落ちる。
(これでもまだ強いのか……)
輸送獣の室内にいれば揺れなど感じないのだけれど、貝殻の上はかなり揺れる。そんな場所から動く的を狙っても、対象を魔力として認識しているせいか、全く外す気がしない。獲物を運んでくるルーティエの分体が大変そうだから、遠くは狙っていないけれど、もっと遠くても問題なく狙撃できそうだ。
逆に難しいのは威力を落とすほうで、ノルドワイズで見かけた人間のレベルまで魔力を絞るのはピッチャーからお猪口にビールを注ぐような難しさがある。
(……明らかに、前回より強くなってるよなー)
肉蟲の血液をタンク何杯分も平らげたせいなのか、それとも復活してからの時間経過によるものか。
途中で見かけた狂乱熊に血花爆砕で攻撃してみたら、魔石も残さず爆散した時には、思わず遠い目をしてしまった。ルーティエは「満開ですー」と花見のような歓声を上げ、拍手しそうな勢いだったが。魔王をヨイショするにもほどがあると言いたい。
「魔弾。お、上手くいった」
コツを掴むまでに随分魔獣を倒したようで、ルーティエが集めてくれた戦利品を入れた袋は、色とりどりの魔石と素材で子供の宝物入れのようになっている。実際に街で売ればひと財産にはなるだろう。
「随分と魔獣が多いな」
「人間は狩りがへたくそですから。魔獣を狩るより狩られる方が多いんですよ。その分どんどん増えますけどね」
魔人が去って800年。人間は、いまだ世界の覇者足りえていないのだ。
「そういえば、ヘキサ教というのはどういう教えかルーティエは知っているか?」
仮にも教団の施設を襲おうというのだ。なるべく情報は集めて置きたい。
幸いヘキサ教は挨拶にも使われるほど浸透した教えのようで、その概要は言葉と同時にルーティエも記憶していた。
ルーティエの説明によると、ヘキサ教とはマグス全土に広がる教えで、地域色なのか政治的な都合によるものなのか幾つもの分派があるらしい。
分派同士で争いをしているのかは分からないが、共通した概念や教えはある。
この世には善神ヘキサと悪神テトラがいるという、シンプルな二元論だ。
この世の辛苦はヘキサ神の試練だから、それに耐えて善行を積めば、死後、ヘキサ神が統べる『救済の国』に召され、悪行を行えばテトラの統べる『罪罰の国』に落ちる。
天国と地獄の概念で分かりやすい。
善悪の判断も、大きくは地球と変わらないのだが、異世界ならではなのが、"力こそ正義"な考え方だ。魔術を使えたり強い戦闘力を得た者は神の祝福を得た者で、魔獣と戦う力を与えられた『神の使徒』ともいえる存在だ。
パワーイズジャスティス。
強い奴はエライのだ。
露骨な考え方ではあるが、現代社会だって似たようなものだ。ダブルスタンダードで取り繕っているだけで、暴力的なものに力があるのは否めない。現代日本だってパワハラをかますおっさんに限って、キレたら肉体言語を繰り出しそうな男性には下手に出るのがよい証拠だ。
ましてや魔獣なんてものが出る世界では、言うまでもないだろう。
もちろん、神様に選ばれ力を与えられたのだから、ギルドに登録して魔獣を倒し、人々を守らなければならない。“ノブレス・オブリージュ”よりも、“働かざる者、食うべからず”の方が、ヨルは好きだけれど、とにかくまぁ、そんな感じだ。
では、魔獣とは何なのか。
あくまでヘキサ教での位置付けであるが、悪神テトラの配下である。
悪神テトラは自分の配下を増やそうと日々画策していて、悪神テトラに魅入られた者が魔獣化――、魔化する。
魔獣というのは生きているだけで、全身を裂き、削り、すり潰されるような耐え難い苦痛を味わっていて、それ故魔獣は正気を失うのだという。そして、その苦痛から逃れる方法は、善神ヘキサの子たる人間を喰らうこと。けれど、人を喰らうと魔化はますます進み、痛みはさらにひどくなる。
魔獣たちは終わることなき苦痛に狂い、激痛から逃れるために人を襲うとされている。
(神様どうのはおいといて、この辺は概ね正しいんだよな。はるか昔、魔王シューデルバイツもたどった道だ……)
それゆえか、それとも人の都合によるのか、ヘキサ教では魔獣を殺すことは、その身を苛む辛苦から解放することであり善行だ。そしてもし魔獣を生きたまま捕らえて浄罪の塔へ送ることができれば、哀れな魔獣は悪神テトラの魔の手を逃れ、救済の国へ行くことができる。これは、最上級の善行なのだそうだ。実際は、『箱』に詰められ更なる苦痛を味わうのだが。
(それにしても……)
ルーティエの説明を聞くヨルの脳裏にはるか昔に作られた“教え”が蘇る。
――随分、都合よく書き換えられたものだ。初めはもっと、シンプルだったはずだ、と。
善と悪、そしてパワーイズジャスティス。
その教えは、辛い生を受け入れて王に従わせるために、もとは魔人が人に与えたものだった。
王とはすなわち、この世で最も強き者。人の魔術師などでも、民を束ねる王などでもなく――。
(よそう。昔のことを思い出すのは)
800年の時間の間に、どれだけ書き換えられたとしても、ヨルが関知するところではない。少なくとも、今の世界でそれで救われる人がいるならいいじゃないか。
ルーティエの話は良い時間つぶしになったようだ。
「そろそろ浄罪の塔か。そういえばこの辺りに村はないのか?」
必要な狩りが終わってからは、セキトはなかなかの速度で進んでいたから、夜が明け日が高くなるころに浄罪の塔近くに辿り着けた。途中に1か所宿泊所があったことを思えば、馬車よりはるかに速くて気分がいい。
「村はありませんが、人間が人間を飼っている場所があります」
なんだそれ。随分と倫理的にアウトな施設じゃないか。
「えぇと、ハンザイシャ? 人間の決まりを破った人間を集めている場所です。変ですよねー。殺しちゃえばいいのに、敵をわざわざ飼うなんて」
そう言えば、「浄罪の塔に、時々汚い大人も運び込まれている」と言っていたが囚人のことか。確かに道徳面でも衛生面でも綺麗とはいいがたいかもしれない。
「そこは監獄という施設だな。飼っているんじゃなくて、罪を償わせ更生を促すんだ」
「???」
ルーティエは心底分からないといった様子だ。
魔人は魔王を絶対とする社会だ。魔力核を与えることで魔人は魔化の苦痛から解放され正気を保ちうる。その代償に心身ともに魔王に従属する存在になる。
幼子が親を慕うように魔王を慕い、手足が脳を裏切らないように決して魔王を裏切らない。自我や個性が消えるわけではないが、魔王のために生きることに喜びを感じる生き物へと変貌する。
そう、このルーティエのように。
そういう唯一の君主を頂く社会構造だから魔王の定めは絶対で、その意にそぐわない勢力は、イコール敵という短絡的な思考になるし、決まりを守らないこと自体、理解できないことなのかもしれない。
「人間の心は自由なんだ。この国には教皇という人間の王がいて、王の定めた決まりがあるけれど、人間の心は自由だから、時々、それを破る者が出る」
「自分たちの王が定めた決まりなのに、守らないんですか?」
ルーティエに自由を説くのは難しい。ヨルだって、現代社会でそう教育されてきたから、もろもろの社会通念を当然だと受け止めているだけで、そんなことを真剣に考えたことなどなかったのだ。
「そうだな……。人間たちの一番大切な者は、王じゃないんだよ」
「そ……そうなんですか!?」
ビックリ! といった様子でルーティエが縦に伸びた。
「あぁ。大切な者が人によって違うから、たまに、決まりを守れないこともある。その結果、大勢の大切な者を傷つけることもある。だからってその人の大切が正しくない訳じゃない。それぞれに大切な者があっていいんだ。人間はね、何とか皆が大切な者を大切にできるように試行錯誤しているんだ」
これが正しい説明だとは思わないが、ルーティエには分かりやすい例えだと思う。うまく伝えることができただろうか。
「……ルーティエの大切は、ヨル様です。ルーティエはヨル様のためなら、人間全部の大切を殺しても構わないと思います。でも、ヨル様はきっと、ルーティエの大切も、人間の大切も、どっちもあっていいと思っていらっしゃるんですね」
「そうだよ」
「分からないけど、分かりました。……人間の一番がヨル様じゃないのは納得いかないですけど」
「はははっ」
スライムにしておくのが惜しいほど可愛いなと、思わず声を出して笑ったヨルを見て、ルーティエはポンッっと真ん丸に膨らんで転がっていた。
「それにしても浄罪の塔の近くに監獄ね。なるほど。どうやって忍び込もうかと思っていたが」
最悪の場合、浄罪の塔にはこの辺りを管轄している魔滅卿とやらがいるだろう。
たかが人間、戦って勝てない相手ではない。けれどヨルの推測が当たっているのか、それを確認するまでは人間の営みに介入する気はない。
もしも、ヨルの思った通りなら……。
たった一人の魔王を頂く魔人の社会。
すべてを手にした魔王が図らずもまいた種なら、ヨルが刈り取らねばならないだろう。
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