003.ビークル
「随分大型の培養槽だな」
「輸送用の輸送獣ですから」
前回は全く探索せずに帰ったが、肉蟲牧場のある最下層から一つ上に上がる長い長い階段は、エスカレーターのような魔導具で、登った先は研究施設のような雰囲気のフロアだった。輸送具ルームは培養槽が複数設置されていて、どれもジンベイザメが飼えそうなほど巨大なサイズだ。
記憶が戻る前なら水族館だと思っただろうが、今ならこれが輸送獣を生み出す魔導装置だと理解できる。
輸送獣を“生み出す”といっても、ホムンクルスよろしくたんぱく質とアミノ酸から生物を合成するわけではない。
この世界の科学は魔術がある世界だからか、それとも人間を食料とする魔人が築いた文明だからか、発展のベクトルというか思想が地球とは異なっている。一言で表すなら、倫理観念がぶっ壊れている。
例えば魔導生命体。
地球の文明からするとロボットに相当するものだが、ロボットが無機物のパーツを組み上げて作るのに対し、こちらではベースが魔獣だ。長命でちょっとやそっとでは壊れない強靭な肉体を持つ魔獣の肉体を改造して作られるのだ。例えばアリシアが探していたサーベラントも、もとはゲイザーだとかデスアイといった名で知られる目玉の魔獣を植物の魔獣に喰わせて配合し、それをベースに作られたものだし、肉蟲を捕獲して運んでいたドローンのような飛行系の魔導生命体も、蜻蛉の魔獣を複数合体させた融合体だ。
魔獣は死んだら消えるという点から見れば魔導生命体は生きているといえなくもないが、例えば4体の蜻蛉を繋いで作られたドローンには1体分の脳みそしかないし、意思や感情、自我を司る脳の部分を取り払われた魔導生命体は多い。
多少の損傷ならば自然治癒するから死んでいないだけだ。首から下だけで生きていると言えるのか、などという思考は、魔人という種族には縁遠いものなのだ。田口因からしてみれば、魔獣の魔力を吸い出す『箱』は残酷だと感じるけれど、基本的には魔人の方が人間よりもよほど外道だ。
「使えそうな培養槽が少ないですね……。幼生体のストックは、亀と蟹、あ、保管庫が壊れて逃げ出していますが蛇も数体残っていますね。蜻蛉があればよかったんですが、蛇にいたしますか」
ルーティエがスライムボディーを変形させながら魔導装置を操作する。
ここには製造施設用の輸送獣しかないらしい。ドラゴンだとかワイバーンみたいなカッコイイのに乗りたかったヨルとしては、ちょっぴり残念だ。
蜻蛉というのは、ドローンタイプのものだ。肉蟲を捕獲して工場へと運搬していた。あれなら飛んで脱出できたのだが、もう予備はないらしい。亀は力があり大量輸送に向いているが、歩みは遅いし高低差に弱く、脱出に不向き。残るは蟹と蛇だが。
「蛇とはもしかして根の蛇か?」
「はい。物資を丸呑みして運びます。運転者は頭上に乗りますので、悪天候には向きませんが乗り心地は悪くないかと」
はい、アウト。ヨルたちに襲い掛かり、この奈落へ落ちる原因となった大蛇は、輸送獣が野生化したものだったのか。あんなものに乗っているところを人間に見られたら、敵対関係待ったなしじゃないか。
「ちなみに蟹はどんな獣だ?」
「蟹ですか? 専用に調整すればあれでも壁面は登れますが、最下級の輸送獣で我が君がお乗りになるようなものではございません。今では『荷運びガニ』などと呼んで人間が使役している個体も多いですし」
「それにしよう」
人間が使っているなら合格だ。かっこ悪かろうが横歩きだろうが構わない。家畜化されているなら脱出後の移動手段にも使えるじゃないか。
「……我が君がよろしいのでしたら。輸送具はどのタイプになさいますか? サイズは培養液の残存量からキングサイズが限界かと」
「どれどれ……。ん? これは……」
ルーティエが操作するパネルをのぞき込むと、そこにはゲームのキャラクタークリエイトのような画面が浮かんでいた。デフォルトのキャラクターは、蟹は蟹でもヤドカリだった。貝の中に運転席に荷台部分があるらしい。しかしサイズは輸送獣の中でもコンパクトでサイズの割には荷物は積めるが総量で見ればちょっとしか詰めない。
まるで軽自動車のようなヤツだ。
ヨルはついさっきヨルと一緒に海に身投げしちゃった愛車のことを思い出す。あの場にはリュージも医者の先生もいたから因の肉体は助けてもらえただろうが、水没した車両の方は廃車だろう。懐も痛いが心も痛い。無駄遣いの塊みたいな車だったから咲那にどう説明しようかと悩ましかったが、結構気に入っていたのに。
(俺と一緒にこっちの世界に魂みたいなんが来てないかなぁ。よし決めた。この輸送獣は俺の愛車ちゃんの転生した姿だ)
幸いサイズから輸送具の種類、カラーリングまでかなり自由にカスタマイズできそうだ。
ヨルは買ったばかりで廃車が決定した軽キャンパーのイメージで操作盤をいじり始める。
「人間が使役しているのはどれくらいのサイズだ?」
「私が見かけた一番大きいものでこのMサイズでした」
ルーティエから話を聞きながら、ヨルは輸送獣をデザインしていく。
(これをワゴン車とすれば、俺の軽キャンちゃんはSサイズかな。色は赤……がいいけど無いな。茶とか緑とか地味系ばっか。こんなかなら黒だな。真っ黒よりもほんのちょっとシルバー入れてメタリックにすればかっこいいな。赤はマストなんだけど、ラインなら入れれるんか。入れとこう。輸送獣も同色で。うは、ナニコレ、かっけー。俺、才能あるかも。この見た目であんま小っちゃいのもかっこ悪いからもうチョイ大きくしてと。Lサイズまででかくしたら小回りがなー。この世界の木々はでっかいから樹間もやたら広いけど森もサクサク抜けたいしな。Mくらいが限界か。
輸送具の方は操作室と居住スペースにしよう。一から作ると時間がかかるからストックから選ぶとして……。んー、この辺は軽キャンには遠く及ばないが、まぁこの辺で妥協しとくか。広さを取ると外観がいまいちになるし)
思いがけない輸送獣だったが、なかなかかっこよく仕上がった。軽自動車らしさは全くなくないが、満足だ。
「運転性能はどうするか。どうせ魔晶石を与えるんならその辺もこだわりたいな」
「じっ、直々に魔晶石をお与えになるのですか!?」
ヨルのつぶやきを拾ったルーティエがびょいんと反応する。
「そのつもりだが」
ヨルが魔晶石を与えることがそれほど驚きだったのか、ルーティエは小さな声で「……たかが蟹に……。いえ、私もスライムなのですが……」とつぶやいた後、輸送獣の幼生体リストから1体を示した。
「それでしたら、この個体がよろしいかと。性質は従順で安定性Sランク、何より因子適合率がSSSとずば抜けています。他のスペックは最低ランクですがもとより蟹のスペックなど知れたもの。我が君の魔晶石を頂くのでしたら全能力が向上いたしますから何の問題もございません」
「ではそれにしよう。魔晶石の組成術式も、ここにあるな。第815241から815685までの基本骨子に8161540から8162785と855354、8557825にっと」
「この8492542から8492785と8295745から8295912、あとこれとこれもお加えになっては?」
「それはいいな! どうせなら……」
組成術式というのは魔術式のパッケージみたいなものだ。概念上は魔法陣にも近い。
魔術を発動させる時、短い詠唱で発動するのは脳が無意識化で補完しているからだ。炎の魔術を使うぞ、と思えばおのずと炎のイメージが湧くし、敵を認識することで方向だとか距離だとか、術の強さなどもイメージできる。だからそういう細かいところを盛り込まなくとも短い詠唱でそれっぽい効果が出るのだが、魔晶石を作る場合はそれではいけない。
魔晶石はザックリいえば、魔力の蓄積器官であると同時に与えた生物の肉体に対して「このような生物であれ」と命令できる機構だ。輸送獣の場合、ヤドカリみたいな生き物に警察犬や盲導犬もびっくりの賢さが必要な上、身体機能もその辺の魔獣に襲われない程度には強化する必要がある。人間とはかなり異なる生物だから、「こんな感じ」と言ったふんわりした命令ではまともに機能してくれない。そう言う時に組成術式は非常に便利で、“移動時に振動を感じさせない”だとか“居住空間の温度・湿度管理”だとか“静音性”などと言う「あったらいいな」がパッケージ化してある。
テンションがさらに上がってきた。オプション付け放題とか最高か。
調子に乗ってあれもこれもと組成術式を詰め込んだから、復活した時に伸びていた髪を再びバッサリ切って創り出した魔晶石は、ヨルの魔力をガッツリ吸って複雑怪奇な文様を浮かべていた。見た目からして義眼の時と比べ物にならない。こんなのを蟹に与えて大丈夫だろうか。
(ま、なんとかなるだろ! よっしゃ、製造開始! ポチっとなー!)
新車購入テンション怖い。職場のおば……お姉さまが、初めて車を買うときにテンション上がりすぎてピンクを注文してしまい、翌日「これじゃラ〇ワゴンじゃん!」と正気に戻って慌てて青に変えてもらったと話していた。ラ〇ワゴンはよくわからんが、その気持ちはよくわかる。
オシャカになった軽キャンパーへの想いをたっぷり詰め込んだ輸送獣の製造開始ボタンを押すと、巨大な水槽に培養液が満たされ、中に白く凍結した幼生体が投入される。
(生き物だと思うと愛着もひとしおだな。そうだ、名前を付けてやろう)
誰にも話していないけれど、実はヨル、愛車に名前を付けていたのだ。
「お前の名前は赤兎だ」
呂布や関羽が愛した馬の名だ。馬じゃなくて蟹だけど。あと赤くなくて黒ベースだけど。
幼生体に名前とともに魔晶石を与えると、ドクンと幼生体の体が震え、見る間に黒く染まり始めた。
今はまだ、人間の子供くらいの大きさだけれど、数時間後には立派な輸送獣に成長するだろう。この蟹が引く輸送具の塗装も同時に始まっている。
「立派に育てよ、セキト。ルーティエ、セキトが成長するまでの時間、話を聞かせてくれ」
セキトが成長するまでの間、休憩と情報集でもしようとヨルは隣の部屋へと歩いていく。どこか椅子に座って考えを整理したい。
「ううぅ。魔晶石どころか名前まで……」
その後を、ルーティエがなぜかショックを受けた様子でしおしおとついていった。
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